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契約と交渉

 その言葉が何に関することなのか理解している王子は、いやだから、それはとうまく言葉にできなかったようだ。

「私はすでに『文官』としてここにいますよ?」

 あのときの勝負を持ち出すと、お前なぁと呆れ顔になった。

「私からもいいことを殿下にお伝えしますと、今度、初夏の鹿狩りがありますよね? そのあとすぐに全貴族が集まる最後の夜会がありますが、たしかセレネ伯爵一家はそれが終わり次第、東方の領地に向かうとかなんとか」

 クレメンスもアリアに追撃する。そんなバカな⁉︎ とクリスティアン王子は青ざめた様子で彼を見る。言った張本人は涼しい顔をして、おや、陛下も存じておられるくらい有名な話ですよ? と言っている。ならば本当なのだろうけども、最近ベアトリーチェに会ってないからアリアの口からはなにも言えなかった。


「ならば――――」

 クリスティアン王子のうなり声にええ、そうです、とにっこり笑いながらクレメンスは王子に告げる。


「きちんと告白なさい」


 まるで母親のような言葉だ。だけども、間違ってないだろう。きちんと言葉にするべきだと思う。多分、恋愛以外にも当てはまるのだろうが、アリアにはその度胸がない。


「分かった」

 クリスティアン王子は腹を括ったようだ。クレメンス、そしてアリアを見て頷く。

「何はともあれ、まずはフェティダ領に行くことを考えなくては」

 彼の宣言に二人とも当たり前ですね、と笑う。




 出立日までは時間はなく、クリスティアン王子、クレメンスとアリアの三人で行程の確認、そして今回、『彼』との対談ではどこまで成果をあげなければならないのか、ということを詰めた。


「早速の仕事で申し訳ないが、二人とも頼む」

 クリスティアン王子が頭を下げる。クレメンスはまあ、私は行きませんから、ここで殿下の残した書類を適当に決済しておきますよと言い、アリアも問題ありませんわ、とにっこり笑う。



 だって、最後の攻略対象者であるマクシミリアン・フェティダに会える。彼と会って、少なくとも敵対関係になる事だけは避けるような関係性を作るんだから!



 それは彼らに通じないから言葉にしない。でも、アリアにとってこのフェティダ領への旅はそれが一つの目的でもあった。





 すぐにその日はやってきて、二泊三日だというのに前世では考えられないくらいの荷物を持ってこなければならないアリア。フェティダ領に向かうために用意された馬車は三台で、彼女とクリスティアン王子は同じ馬車、二台目にクリスティアン王子の私物、三台目にアリアの私物を詰め込むことになっていた。

 本来ならば、成人済みであり未婚、婚約者ではない二人が同じ馬車に乗ることはほとんどないが、今回のアリアは『文官』枠で動いている。だからか、同じ馬車で動くという提案が出たとき、誰もそれに疑問を投げかける人はいなかったのだろう。


「遅い」

 クリスティアン王子は馬車の前で待ち構えていた。ただ、言うほど機嫌は悪くないようで、お前がくるのを御者も待ってたぞ、と言って乗りこんだ。


 女性の支度には時間がかかるんです。


 そう言い返そうと思ったのに、矛先が馬車に乗りこんでしまった以上、ぐたぐだ言っていられなく、アリアも乗りこみ、王宮を出発した。

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