選んだ答え
「めんどくさいわねぇ」
アリアを取りまく環境はこの数日、数ヶ月の間に大きく変わった。
クロード王子がリーゼベルツへ赴任したことに続いてクリスティアン王太子の成人、そして、ベアトリーチェの成人。
『ラブデ』にはなかったベアトリーチェの成人もあったが、クロード王子の赴任やクリスティアン王太子の成人はゲームの中でも描かれていたし、何よりもクリスティアン王太子がベアトリーチェに一目ぼれしたのは、誤差の範囲内だ。自分の行動次第で運命が変わるだけなんだから。
ゲームの登場人物であと出てきてないのは、のちのち平民宰相となるはずのウィリアムだ。彼の動向はいまだにつかめないが、名前が変えられなかったベアトリーチェがすっと見つかった。だから、彼も意外と身近なところにいる可能性もある。すでにクリスティアン王太子やクロード王子とコネクションを持ってる以上、そんなに慌てる必要はない。
「地道にいきましょう」
すでにユリウスはスフォルツァ家の当主、ベアトリーチェは上級侍女という安定した立場についている。アランがこの先、どのようにスフォルツァ家に影響を及ぼすのかわからないが、次は自分の立場を安定させよう。こないだクリスティアン王太子と賭け事をした。それに費やしてもいいんじゃないか。
結局、その日の晩に侍女長に呼びだしをくらったアリアは夕食後、侍女長の部屋に行くと思いがけない人物に出くわした。
まさか、今日一日で王族コンプリートするとは思わなかったわねぇ。
そう。その部屋にはなぜか王妃殿下と彼女の第二子、ダリウス王子がそこにはいた。ダリウス王子は『ラブデ』の中には出てきてない。まだ、成人はしてないものの、兄のクリスティアン王太子と非常に似ていて、もし背丈が一緒ならば、見分けがつかないだろう。
「まずは私から。今日の話は侍女令から聞きました。最初、あなたの熱意には感動いたしましたが、ここまであなたを巡って騒動が多発するのはどうしようもありません。なので、身分相応に上級侍女としてこれから働いてほしいわ」
侍女長の言葉に頷くアリア。覚悟は決めていたものの、やはり下級侍女として過ごせなくなるのは非常に悔しい。
「私も聞きました。言いたいことは侍女長と同じですが、私にはあなたを下級侍女として任じた責任があります。辛い思いをさせて申し訳なかったわね」
侍女長の次に王妃が頭を下げて謝罪した。どうやら、任命責任ということでわざわざ来てくれたようだった。確かに最初にアリアを下級侍女に、と言ったのは王妃だ。だけども、建前というものがある。アリアは王妃にお気遣いいただきありがとうございます、と言って、頭を上げてもらった。
「本当ならば、上級侍女の配属先は私と侍女長だけで決めていますが、もし、あなたの希望があるようでしたら、最大限配慮します。希望の配属先はありますか?」
王妃はどうやらアリアの希望を聞いてくれるようだ。だったら、とダメ元で頼んでみる。
「では、クリスティアン殿下付きにしていただきたいです」
彼女の希望に目を見開く一同。まだ、政治の「せ」の字も知らないはずのダリウス王子でさえ、驚いている。
だが、もちろんこの希望には理由がある。
「先日、陛下から私を殿下の婚約者にしないという発言をいただいております。ですが、まだ殿下が婚約者を作っていないのもまた事実。虫除けであるともに、たとえどんな恨みがあろうとも殿下へ矛先は向けられないので、二重で私が盾となれるわけです」
アリアの発言に言葉が続かない王妃たち。確かに身分的にはほかの令嬢たちの攻撃からの盾にはなれるが、万が一、アリアの身にあった場合、非常に大問題になりかねる。
だからこそ王妃もすぐに頷くことができなかったのだ。
むしろ、これにはアリアも素直に頷くと考えてないし、むしろ、それへの代替案を待ち望んでいる。
「さすがに公爵令嬢、しかもリーゼベルツ王国の筆頭公爵令嬢をそんな危険に晒させるわけにはいかない。だから、そうね。あなたを王宮侍女から罷免します」
王妃の宣言に唖然とする侍女長。アリアを上級侍女につけて、何かの役に立ってもらおうと考えていたのだろう。
「それ以降の話は私一存では決めることはできませんから、追って沙汰します」
もしアリアの考えていることと王妃が考えていることが一緒ならば、確かにそれは王妃の一存では決められない。どんな内容になるのかわからなかったが、素直にはい、と頷いた。王妃は今からそのことを話し合いにいくのだろうか、すぐに立ち上がり、ダリウス王子とともに退出しようと扉のほうに足をむけた。部屋から出る直前、アリアのほうを振り向き、優しくほほえんだ。
「今までありがとう。これからも私の相談相手としてときどきでいいから、付き合って頂戴ね。今日はもう遅いから、明日の朝に退出なさい」
最後に告げられたのは、今までの感謝と『これからも例の件よろしくね』というお願いが混ざったものだった。まさか侍女として生活するために王宮に戻ってきて一日で自宅に帰されることなんて、誰も思わなかっただろう。
まだ荷ほどきをしていなかったアリアだけども、シーズン明けの夜会前の帰省前においていったものもある。自室に戻ったあとに少しだけここで過ごした一年間を振り返った。楽しくなかったかといえばそうではない。だけども、自分がしたかったことを十分にできたかと問われれば、できてないとしか答えることはできない。
片付け終わったあと、ベッドに横になったが、目を閉じても眠れそうになかった。だからといって久しぶりにあのノートを見ようかとも思ったが、それを開く気にもなれなかった。結局、今までのことを振り返っているうちに、窓から朝日が差し込んでいた。





