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悪魔の裁判

「ねぇ、スフォルツァ公爵令嬢。君のことが話題になっているようだね?」

 会食後のサロンでいけしゃあしゃあと告げてきたのはクロード王子。あんたのせいでしょ、と睨むとおお怖い、と大げさに言うが、むしろ周りの視線が怖かった。ただでさえ隣国の王子様とお近づきになりたい人が多いのに、その張本人が黒い噂しかなかった公爵令嬢を離さないから。

 そんな視線にうんざりしたアリアは話題を変えることにした。


「そういえば、一つ聞きたかったのですが、はじめてお会いしたときに『何回か襲われた』とおっしゃいましたが、犯人の目星はついていないんですよね?」


 アリアの質問によく気がついたよね、と笑うクロード王子。さっき会食の前にディートリヒ陛下に一応は話しておいたけど、物証もなしに捜査をするわけにはいかないって突っぱねられちゃってね、と真剣な顔をして言う。


 そこでアリアはことの難しさに気付いた。


 隣国の王子という立場であるクロード王子をリーゼベルツは手助けしてやらねば国を侮られてもおかしくない。しかし、ある意味純粋な国内()であるクロード王子を助けることによってそちら側を刺激することになりかねないから、うかつにリーゼベルツは手出しをできないのだろう。

 もちろん、それを直接言えるわけがないので、ディートリヒ陛下は物証が云々と言ったのだろう。


 彼もそれは分かっているようで、断られたというのにさっぱりとしている。でも、彼は自身で解決できるものならしたい、そんな意思が見受けられる。


「確かに物証と呼べるものはないし、護衛くんたちが僕が目にするよりも早く追っ払ってくれちゃったからどんな姿をしていたのかも知らない。でもさ、意外と抜けていてさ、彼ら、匂いを残してたんだよ」


 クロード王子が言う内容に引き寄せられるアリア。

「匂いっていうと……」

 彼女が食いついた部分にご名答、と笑うクロード王子。


「プロの殺し屋は身元をバラさないように匂いを残さない。でも、彼らは匂いを残していた。ということは手慣れてない人か、もしくはその人に罪をなすりつけたいのか」


 彼の推測に頷くアリア。リーゼベルツやその南側であるスベルニア帝国ではほとんどの貴族はその実家もしくは婚家独自の香水を使用する習慣がある。だから、身元特定されやすいと同時に、それを使った詐欺事件も多く存在する。その一方で身元特定されやすいから仮面舞踏会なんていう習慣はない。


「ちなみにどんな香りでしたか?」

 アリアは全て覚えているわけではないが、聞いてみることにした。もしかしたら知っているかもしれない。


「――――イリスやバラ、ベチバーのような甘ったるい匂い」


 そのクロード王子の答えにアリアはため息をついた。それをメインに使っている家は一つしかないから。そして、それを使ってクロード王子への襲撃を決行し、セリチア王国のみならずリーゼベルツ王家に喧嘩を売ろうとしている人物に心当たりがあったのだ。


「ねぇ、殿下」


 出来ることならばクリスティアン王子が成人を迎えるこのシーズン前に解決してしまいたい。そして、そのチャンスが一度だけある。


「一つお願いしてもよろしいでしょうか?」

 アリアは久しぶりに小声でお願いをした。すると、クロード王子はその内容に驚くと同時に、もちろんさ、と頷いてくれた。




 翌日の昼餐会。


 この日は昨日の夕食会と同じく前駐在大使は参加せず、新大使であるクロード王子のためのものだった。今回もアリアは侍女としてではなく、公爵令嬢として参加していた。しかも昨日の一件のおかげでクロード王子のお気に入りと認識されていて、席も幾分か彼に近いところになっていた。


 コース形式での食事のため、いつ彼が動くか分からなかったが、意外と早く動いた。

「そういえば、フェティダ公爵殿」


 自分よりも序列が高い公爵であるスフォルツァ家やバルティア家を差し置いてクロード王子に話しかけられたフェティダ公爵は、驚くと同時にしてやったりという顔になった。

「なんでしょうか」

 いったい、どんな用だと少し訝しげではあるものの、やはり嬉しさのほうが勝っているようだ。アリアは話に興味ありませんよ、という体で食事を進めていく。隣に座っている両親は話の内容が気になっているようで、ちらちらと双方の様子を探っている。


「その方が付けられている香水の香りが気にいったから少し分けてくれないか」


 クロード王子の言葉に少しだけ目を見開き、固まったものの、ああ、なるほどですな、と返すフェティダ公爵。一瞬、親戚になりたいという意味なのかと思ったに違いない。


 残念なことにセリチアではそういう習慣はないのよねぇ。


 多分、彼が考えていることを推測してみた。


「可能であれば、今すぐに頂けますか?」

 クロード王子はダメ押しで聞くと、他国の王子に自家の香水を献上できると知って舞い上がっている公爵は喜んで、と答える。まさか自分が罠にかけられているとも思わずにこやかに。


 従者が持っていたようで、会場内に入ってくる。その後ろからもう一人来たが、誰も止めるものはいなかった。


「こちらとなります」

 公爵家の従者が差し出すとなるほどねぇ、と言って、入ってきたもう一人の人物に渡した。


「どうだい?」

 クロード王子が聞くと、クロード王子の従者は無言で頷く。



「やっぱりか」



 彼はハハハと笑った。


「どういうことだ?」

 一番上座に座っているディートリヒ王が訝しげに尋ねる。その質問に対して、にっこりと笑みを返すクロード王子。そっとフェティダ公爵の方を見ると、ただ『香水をくれ』と言われただけなのに、わなわなと震えているではないか。


「僕を襲撃しようと企んで、失敗した人物ですよ、この男。そうですよね、デビト・フェティダ公爵?」


 フェティダ公爵を見るクロード王子はまるで悪魔ような笑みを浮かべていた。

 当然ではあるが、言われた方のフェティダ公爵は面白くないのだろう。震えながらも必死になって反論している。


「たかがそれだけで私を犯人扱いにするのですか。なかなかセリチアの王族に舐められているようですな、我が国も」


 フェティダ公爵が虚勢を張っているのがよく分かる一言だ。しかし、ほかの貴族たちはどちらにつくのか決めかねているようで、クロード王子とフェティダ公爵を交互に見ている。

「いやぁ、それだけじゃありませんよ」

 クロード王子は先ほどの従者に持ってきてるよね、と尋ねると何か小さいものを手渡されていた。


「ええ、これです。これを私の従者が犯人が逃げたときに奪ったようで」


 彼はその小さいものをハンカチで包んだ状態でディートリヒ王に渡した。それを開いた王はため息をついた。

「フェティダ公爵、これを見てもまだそなたではないと言い切るか」

 王の侍従がハンカチごと受け取り、フェティダ公爵のもとへ向かう。


「それは先王の即位二十年のときに作られたものだ。裏にそなたの家色である黄色の石と家紋であるバラが細工されておる。どうかな?」


 ディートリヒ王の言葉にフェティダ公爵は観念したような表情をしたが、発した言葉は真逆のものだった。


「ふん。あの女がセリチアの第二王子ならば、上の王太子と比べりゃ、警護は簡易だ、だからどんな形であれ、傷つきゃリーゼベルツとセリチアの戦争になる。そうすれば、こちらはどさくさ紛れに動くことができる。そう簡単に言うから襲撃したまでのこと。全ての元凶はそこにいる娘のせいだ」


 憎々しげな言葉と同時にアリアを指差した。

 まさかこの公爵に指差されるとは思わなかったので、どうしようかと思ったが、先にクロード王子が助け舟を出してくれた。


「スフォルツァ公爵令嬢が元凶というと?」


 自分で反論しないのかと周囲からは見られたが、クロード王子は止まることをしなかったし、アリアも彼のほうがこういう場には慣れているだろうからと、任せることにした。


「ふん、とっとと王太子殿下の婚約者になればいいものの、なにが下級侍女で経験を積みたいんです、なんだか。公爵家の令嬢たるもの、どうせ数年でやめるのだから、上級侍女、それももっと王族のそばで働けばいいものを」


 フェティダ公爵の言葉は非常に不快で、途中でふざけるなと言いたくなった。おそらくはあの女のせいだろうが、この男も同罪だろう。しかし、彼の言葉は最後まで聞くことができなかった。大きな音がなったので、音のもとを見ると、ディートリヒ王が拳を叩いたようだった。


「私の息子、クリスティアンとアリア・スフォルツァ公爵令嬢の件は、当該家との今までの関係上、こちらから断っている。それはどんな立場の人間であろうとも口出しは不要だ。むろん、本人であるアリア・スフォルツァ公爵令嬢本人にもだ」


 今までとは違って強い口調でそう宣言された。


 それは周りからするとダメ公爵令嬢という烙印を押されたようにも見えるが、アリアとしては最高の宣言である。これで王家ともおさらばできるに違いない。そう思える宣言だ。


「まあ、どんな理由であろうとも、セリチアの第二王子である人物を襲撃しようとしたのには間違いない。連れて行け」


 ディートリヒ王は控えのものに言って、フェティダ公爵を連行させていった。

 その隣に残されていたのは紺色の髪の少年だった。彼の瞳は残念というものでもなく、悔しいというものでもなく、ただ一点、アリアのほうを無感情で見ていた。

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