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無意識というものは怖い

「そして、アリア・スフォルツァ」


 アリアは自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったので、当然ながらかなり驚いた。

 母親に背中を押されたので、周囲の視線を感じながらも前に進んで、再び礼をとった。


「そなたも今回、大いなる働きをしてくれたみたいだな」


 その言葉にさらにざわめきが大きくなったのを感じたが、気づかなかったことにした。まだ、アリアには誰が味方になって誰が敵になるのか判断がつかなかったし、そもそも、自分の手柄では一切ない。

 もっとも後日、また変な噂を立てられるのは間違いないだろう。

 そう思うと、げんなりするが。


 だが、ここで変に謙遜するのも良くないことは分かっていた。


「恐れ多いことでございます」


 アリアの言葉にディートリヒ王がくすくすと笑うのが聞こえた。


「丁度よい洗礼にもなったようだしな」


 うっかり『洗礼』を『先例』と聞き間違えそうになったが、そうではないだろう。ディートリヒ王の言葉に全くだよ、と心の中でぼやいてしまったアリア。


「――――ええ、お母様がいらっしゃらなければ、乗り切ることはできませんでした」


 ここでもエレノアを立てた。いや、立てるしかなかった。


「ハハハ。その謙虚さは意外にも美徳だな」

 国王は心から笑っているようだった。

「そうですわね。エレノア様の娘ですので、謙虚さも聡明さも持ち合わせているのでしょう」


 先ほどと同じようにエンマに話しかけたのかと思ったら、そうではなかったようだ。

 隣に座っている王妃と話していたのだ。思わず顔を上げてしまったアリアが見たのは、にこやかに国王と話している王妃、シシィだった。

 先ほどとは別人ではないかと思ってしまうくらいの笑みだった。


 しかし、彼女も知っているだろうに。


 自分がある日突然、性格が百八十度変わったことを。


 それを知っていて『エレノア様の娘ですので』というのはいささか理解できなかったが、今はそれを問うことはできなかった。


「そうだな。クリスティアンの妻にふさわしい謙虚さと聡明さだな」


 国王も、自分の従妹の娘に感心していた。


 しかし、アリアはその言葉で思わず声に出してしまうところだった。




 だから。


 私は転生者だから、こんな大胆なことができるわけだし、そもそも、あなたの息子の嫁になんかなりませんよぉ。



 しかし、アリアの鉄壁の理性とマダム・ブラッサムから習った淑女という仮面のおかげで、この場で取り乱すことなく、余計に国王夫妻からの好感度は高まってしまったことにその場では気付かなかった。




 結局、その年のシーズン初めの夜会は散々な状態になり、退出者が続出したため、夜会自体が自然とお開きとなった。国王をはじめ王族が、すごすごと帰るさまを見てにやにやと見守っている姿が最後まで残っていたアリアには確認できた。


 うん。王族怖い。


 絶対にこんなところに嫁ぐもんか。


 アリアは心の中で何度目かになる決心をした。

 まあ、あの状態で続けようとはだれも思わないし、実際には聞かされていた時間よりも早く終わった感じだったので、特に驚くようなことではなかった。





 そして、波乱の夜会から一週間後。


「褒美として、スフォルツァ公爵令嬢には王妃であるシシィの下級侍女として仕えて、より一層の社交の知識を身につけ、交流の場を広めてほしい」



 アリアは王宮へ上がって、国王夫妻から『褒美』を聞かされたのだった。


 いや、もちろん、王宮に侍女として仕えることが当面の目標だったが、これが『褒美』とはどういうことだと、頭を抱えた。


「お待ちください」


 本来ならば、臣下であるアリアに国王への口答えは許されていなかったものの、国王の突飛な発言に思わず言ってしまった。

 すぐに失言に気づいたアリアは、すぐさま今の発言を取り消すべく、頭を下げた。


「も、申し訳ござ……――」


 その謝罪は途中で遮られた。


「面白いな」

「ええ、面白い子ですわね」


 国王夫妻のやり取りに許可を得ていない、という事も忘れて、頭を上げてしまった。

 彼はアリアを見ながら、にやにや笑っていた。


「そなたが男児ならば、どれだけ面白い(・・・)ことになっていたことだか」


 その笑みを崩さないまま言われた言葉に、アリアは首をかしげた。王妃も笑っていることだから、多分ロクなことではないだろう。


 直感でそう思ってしまった。


 逃げたい。

 もう王宮で働けなくてもいいから、逃げさせて。


 ここにきて、アリアは完全にチェックメイトの状態だった。



「そのだな。そなたが男児ならば面白かっただろうに、と言ったのは、文字通りの意味だ」

 国王の言葉にすっと背筋を伸ばしたアリア。


「そなたは今の貴族の子息たちと同じくらい、もしくはそれ以上に知識や世渡りのコツを知っているようだからな」


 こないだも、怯えた演技は見事だったからな。

 ディートリヒ王の言葉に、あれが演技だとバレてたんですか、と自分の演技の甘さを反省した。


「そなたと同年代の貴族の子息がもう間もなく官吏見習いとして、参内する。

 まずは今年がデビュー(成人)だったフェティダ公爵の息子をはじめ、すでに成人を済ませているベゼリア侯爵、スレイディナ侯爵、バアラシアナ伯爵の息子あたりがそろそろ未来の大臣や宰相候補として、内務に配属される。

 本来ならば、あと二年後には成人を迎えるバルティア公爵の息子にも、文官として仕えてもらいたかったが、彼たっての希望もあって、武官としての道を歩んでもらう。もちろん、近衛騎士になってもらうつもりだよ」


 アリアはまた、面倒なことに巻き込まれる、と理解した(諦めた)

 でなければ、こんな貴族の家庭事情を話したりしない。


「さっきも言ったとおり、その彼らと肩を並べられるくらい君は外の事情にも詳しいみたいだが――――いかんせん、男児でなければ官吏になれない、という悪法のせいで、そなたの活躍を妨げることになってしまったよ」


 そんな法律があったのか。

 聞いたことがあったかもしれないが、そもそも『女なんだから侍女として王宮に上がる』ということがアリアの中でも前提条件として考えられていた。


 しかし、その答えにアリアは瞠目した。

 彼女が今回、見たこと、行ったことは、女性同士のネットワークなら使えることだが、男性社会において使う価値のあるものではないと、これもまた、無意識に思ってしまっていたから。

お読みいただき、ありがとうございます。よろしければ感想・評価・ファンアートお待ちしていますm(__)m

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