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もうひとりの叔母

「その言葉は王家に対する叛意ととっていいのかしら?」



 黒髪の女性、エンマは女性に笑顔でそう言った。

 当たり前だが、そこには一切、感情は含まれていない。



「わ、私は叛意など……」


 エンマににこやかに尋ねられた女性は真っ赤にした顔から真っ青にして、口ごもった。

 ほとんどの貴族たちは静観しており、誰も彼女をかばおうとする者はいない。


 エンマは目を細めて冷たく言い放った。


「お姉さまが降嫁されたのは、名門であるはずのスフォルツァ公爵家が王族に近い立場であったことだけではないわ。ここ数代の当主を含めた一族全員がみな無能だったからよ」


 そう言いながら、彼女は大広間を見渡して誰か(・・)を探し出していた。

 この夜会に来ていてもおかしくない人物、と考えると、フレデリカしか考えられない。

 しかし、彼女はシーズン初めの夜会よりも何かを優先したのだろう。その姿は見当たらなかった。


「そのせいで調子に乗る人間が出てしまったんですから」


 誰が、とは言わなかったが、それは先代のスフォルツァ公爵で間違いないだろう。


「手綱を引き締めるという意味で、昔から有能であったエレノアお姉さまが降嫁し、スフォルツァ家を更生させる、という役割があったのよ。

 見放されたわけじゃないわ。むしろ、その逆だったのよ、お姉さまは。

 ま、でも、今までは誰かさんたちのせいで、おとなしくせざるを得なかったけれど、最近はアリアちゃんのおかげでお姉さまも十分に動けるようになったのよね」


 エンマはアリアに近づいて、頭を撫でた。

 アリアは相変わらず、転生(チート)によって(自分の)運命を変えています、なんて言えず、何とも気まずい思いをしていた。


「エンマ、それくらいにして頂戴」


 そんな気まずいアリアの気持ちに気付いたかのように、タイミングよく母親が妹を呼んで、どこから出したのだろうか、分厚い書類の束を渡した。


「あら。それは、お姉さま?」


 エンマは差し出された書類を受け取り、中身をその場でパラパラと確認した。

 ふーん、なるほどねぇ、と口元だけ歪めながら、先ほどの女性を見る。


「こんなものが陛下の手に渡ったら、大変だわねぇ」


 その女性を始点にして、次々と貴族たちを見るもうひとりの叔母。

 ありがとう、お姉さま、と言って、ディートリヒ王の元へ歩いていくエンマ。

 今のエンマの言葉に何としても彼女を止めるべきだとはわかっていても、止められるものはいない。


 そして、既にシーズン初めの夜会はダンスどころではなくなっているが、誰も咎める者もいない。


 しかし、アリアは別のことが気になった。

「お母様。ちなみに、あれは何だったのですか?」


 そう。

 書類の中身。


 なんでこんなものをこの夜会に持ってくる必要性があったのだろうか。

 アリアだけではなく、一部の貴族たちも気になっているようで、二人の会話に聞き耳を立てていた。


「あれはセリチアへ干渉している貴族の名簿よ」


 母親もアリアに合わせて、女性を見ながら言った。

 どうやら、そのセリチアとつながりのある貴族の一人のようだ。


 ちなみに、セリチアは『ラブデ』内においても出てくる。


 攻略対象の一人であるクロード王子の出身国として。


 確か、彼の兄であるフィリップと仲たがいしていたんだっけ。


 で、どちらかの母親がリーゼベルツ王国の血を引いているから、あまり国内では歓迎されてないんだっけ。そのせいで、もともとはあまり仲が悪くなかった二人だけど、側近たちの意向によって、引き離されたとか何とか。


 実際、その通りで、現王太子であるフィリップ王子の母親は何代か遡ると元はリーゼベルツの公爵家の令嬢であり、第二王子であるクロード王子の母親はセリチアの貴族出身だったはずだ。


 今はフィリップ王子が王太子だけれど、純粋な血統を望む超保守派の貴族や年配の王族たちは彼を廃してクロード王子を国王の座につけたい、という願望があり、反対にクロード王子が王位についた場合、リーゼベルツとの国交の断絶や開戦の危機を危惧した親リーゼベルツ王国派の貴族が反発している、という状況のようだ。


 母親の言葉に聞いていた貴族はざわめき始めた。


「エレノア」


 ざわめき始めた大広間だったが、少したってから国王の声が響いた。

 どうやら、すでにエンマから書類の束を渡され、目を通したようだった。


「何でしょう、国王陛下」


 彼女は自分の従兄である国王の側に自分の妹がいて、その彼女がかなり親しくしている様子を周囲の人たちが知っているとはいえども、きちんと臣下としての礼をとった。

 国王夫妻もエンマもそれを当たり前のものだと分かっていたので、何も驚かなかったし、言わなかった。


「さすがだな」


 ディートリヒ王は鷹揚にそう言った。

 アリアはこの人はずっと前にあのフレデリカにのめり込んだ人間と同一人物のはずなのにやっぱり『国王』なんだ、と少し驚いていた。


 そして、エレノアが国王から賜ったのは短い一言だが、それで十分なのだと、母親はそれ以上のものを求めなかった。


「ありがたき言葉でございます」


 母親がスフォルツァ家に嫁いできた意味。ようやく今になって、実を結んだと言える瞬間(とき)だった。

お読みいただき、ありがとうございます。よろしければ感想・評価・ファンアートお待ちしていますm(__)m

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