悪役令嬢の改心
「お嬢様、何時だと思われてるんですかぁ?」
どうやらアリアの悲鳴を聞きつけたらしい。メイドの一人が部屋に入ってくるなり、そう彼女を叱った。
確かに今はもう夜更け、もうしばらくすると日付が変わる時間。
こんな時間に周囲の迷惑を考えずに悲鳴を上げたのだ。完全にアリアの失態だった。
「ごめんね、ロゼ」
そう彼女が素直に謝ると、そのメイドは目を丸くして、
「お、お、お嬢様、何か変なもの食べられたんですかぁ」
彼女もまた、夜更けにもかかわらず大声で叫び、他のメイドや侍女、果ては執事までも彼女の部屋に駆けつけて来た。
「で、説明していただきましょうか、アリア」
アリアは母親――スフォルツァ家の当主であるマグナムの妻、エレノアの部屋に呼ばれていた。
彼女が持つ光が当たる角度によっては、紫色にも見える銀色の髪を、ゆるく結っていたことから、もう寝る間際だったのが分かったが、アリアをしっかりと尋問できる態勢に入っていた。
「あなたは今まで、私たちが制止するのを構わずにわがまま言い放題、使用人に迷惑かけるのは日常茶飯事。
しかも、迷惑かけたらかけたで謝りもせず、女王様気取り。なんで、このタイミングで素直に謝るのですか」
母親の叱責にぐうの音も出ないアリアだった。
確かに言われていることは間違いなかったから。
“彼女”が転生したこの世界は『Love or dead ~恋は駆け引きと共に~』――通称『ラブデ』であるが、この“アリア”という彼女の所業は非常に悪い。
まれになんでこの悪役令嬢を蹴落とす必要があるの? っていうゲームも見かけたこともあったが、この『ラブデ』における“アリア・スフォルツァ”という令嬢は完全に悪女だ。しかも、非常に質が悪い。
今までの彼女もこの『ラブデ』の世界にいた“アリア”と同じ性格だったのだろう。
しかし、『私は転生者で、これから起こることすべて知っています』なんて母親に言えるわけもなかった。きっと頭がどこかおかしい子という扱いをされるに違いない。
苦し紛れだったが、
「おそらく、これから起こり得りそうな夢を見たのです…」
と、うつむいて言った。これで多少は信じてもらえるだろう。いや、信じてもらいたい。
だが、これだけでは母親も納得しないだろう。だから、一芝居うつことにした。
「なので、自分を変えていかなくてはならないと思いまして……。まずはお母様に謝りたいんです」
と涙ぐみながら言った。
“アリア”にとって、嘘泣きは普段からしていたおかげで得意だったようだ。涙が、次々に出てくる。精神としては転生前の日本人である相原涼音という人物らしかったが、身体はしょせん、九歳のわがまま令嬢だ。
肉体的にはかなり不便だが、早く慣れよう。そう、心の中で誓った。
アリアがそんなことを考えていると、エレノアは、
「そうでしたか。やっぱり九歳のあなたにはまだ早かったようですわね。あの人は王太子殿下との婚約の話を夕食の時にしていましたし、あなたもそれに乗り気なようでしたが――――少し夢を見過ぎていたのかもしれませんね」
彼女はアリアを抱き寄せ、頭を撫でた。アリアにとって――相原涼音にとっても――その抱擁はとても気持ちがいいものだった。
「とりあえず、落ち着くためにも、今日はもう寝なさい」
そう言ってメイドを呼ばれたアリアは、迎えに来たロゼによって連れられて、自室に戻った。
「では、お休みなさいませ、お嬢様。今度はよい夢を」
アリアをベッドに寝かせたメイドは、布団をかぶせた後、電気を消す時にそう言ってくれた。どうやら母と話している間にでも、メイドが焚いてくれたのだろう、柔らかいラベンダーの香りが彼女を眠りへと誘った。