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社交界の洗礼

 一方のアリア。

 セルドアと大広間へ戻った後、アリアは母親に呼ばれ、大広間の中央に向かった。

 途中、何人かの令嬢や令息たちに話しかけられたが、下心ありありな雰囲気だったので、笑顔でそれらをかわした。


 しかし、彼女に近寄ってきた人たちの中には攻略対象の一人であり、今日、成人だと聞いていたマクシミリアンの姿はなかった。


 まあ、その方がゲームに巻き込まれる確率は減るだろうし、なにより、避けられた方が平凡に生きられる。


 公爵令嬢とは思えない考え方で、彼との邂逅の回避を喜んでいたアリア。



「お母様」


 プラチナブロンドの髪の女性と話していた母親に声をかけた。

 銀色の絹のような髪の母親と並ぶと、ドレスの色とあいまって、まるでそこだけ雪の化身と言われてもおかしくない姿だった。


「アリア、遅かったわね」


 エレノアは王族たちへの挨拶が終わってもなかなか来なかった娘を心配していたようで、アリアの手を引いた。


「お母さま、遅くなって申し訳ありません。ディート伯爵とコクーン卿といろいろとお話をさせていただいて」


 アリアはほとんど本当のことを言った。

 すると、目の前にいた女性は驚きで目を見開いた。


「ディート伯爵といえば、バルティア公爵家から奪ったって噂されていましたけど、本当でしたのね」


 その女性は口もとを扇で隠しながらだったが、その口調はスフォルツァ家に対する悪意を感じるものだった。


「あらミリィ。バルティア家からうちが奪ったって、どちらから聞きましたの?」


 だが、さすがは元王族であり、公爵夫人である母親。

 目の前の悪意に一歩も引かないどころか、相手のほうが怯みかけているのは気のせいだろうか。


「あちらはうちに対抗して直接、紹介もなしに引っ張っていこうとしたのよ。セレネ伯のご厚意によって正式に紹介されたうちと一緒にしないで欲しいわね」


 母親は目の前のミリィと呼ばれた女性に向かって、一歩踏み出した。

 先ほどまでの和やかな雰囲気が一変して、あたりには緊張感が増しつつある。

 アリア自身の会話ではないが、今後は自分でもこの様な会話をしなければならないのは容易に想像がつく。

 だから、二人の『勝負』をただ見ているだけではなく、しっかりと『観察』していた。


 その女性の口から出たバルティア公爵、という名前に驚いた。

 バルティア公爵といえば、涼音が推していたアランの実家のこと。

 その家で今年、成人するものはいなかったはず。記憶が間違っていなければ、まだデビュー前なのがアリアから見て二つ、アランから見て四つ上の姉とアランだけだ。けれども、アランはまだデビューの歳ではないだろう。だから、目の前の人が言ったのは彼の姉のことだろう。

 もっとも、二年前から準備するという奇特な家ではなく、彼にそちらの趣味がなければ、の話だが。


「でも、あそこの一の姫は貴女の娘同様(・・)、かなりプライド高いらしいって聞いたけど、何も言われなかったの?」


 女性は不躾な目でアリアを見ながらそう言った。

 先ほどは扇で口元を隠していたけれど、もう隠す気はないようだ。


 だから、あえて彼女の視線に怯えた演技をした。そうすれば、ますます彼女はつけ上がって、ボロクソにアリアのことを言ってくれるだろう。


 評判を落とせ。

 スフォルツァ家(王族の遠戚)を貶せば、どうなるのか知ってい・ま・す・よ・ね?


 内心、アリアは心の中でばーかと、目の前の女性を罵っていた。


「ふふふ」


 これには母親も大変、怒っているのだろうことが、その笑みでアリアも気づいた。


 目が笑ってない。


「私の娘はすでに公爵家の一員としてのマナーをしっかりと学んでいますのよ。それもマダム・ブラッサムに認められておりますのよ? そんな威張り散らすようなことはしなくてよ。あなたこそ娘のデビューのエスコート役に、彼の《名前》が得られなかったことを根に持っているのではなくて?」


 エレノアは怖かったねぇと言いながら、怯えたふりをしている娘のことを見て言った。


 目の前の女性はその言葉に真っ青になった。

 彼女には思い当たったことがあるようだ。


「ミリィ――いえ、リュエル伯爵夫人」


 母親にそう名前の呼ばれ方を直された夫人は、震え上がっていた。

 どうやらその意味に気づいたようだ。



「こんなところで話すつもりはなかったけど、あなたはかつて公爵家の姫で、いつかは王族の妃にって夢見ていたみたいだけれど、結局はそうならなかったわよね。

 シシィに王妃の座をとられて、レオノーラにウィリンガミア大公妃の座をとられた。

 そこで王族、もしくはそれに連なる家に望まれるだけの資質がなかったと思わなかったの? まあ、それに気づかなかったから、今の発言があるのかもしれないけれど」


 母親はすっと目を細めて事実を突きつけた。

 今度は女性が怯えていた。アリアと違って、これは演技ではないだろう。


「しかも、名門とは呼ばれずとも、あなたの出身である公爵家と同じ爵位を持たない家にしか望まれなかったのよ。その時点で、なんで名前ではなく力を持つよう努力しなかったのよ。まだ、旦那さんと娘さんがまともでよかったわね。あなたの思惑に乗らずにきちんと生活していているみたいだから」


 最後にエレノアはにこやかな笑みを浮かべながら、そう彼女に言った。もちろん、心からの笑みではないのは明らかだ。


 先ほどから二人のやり取りにほかの貴族たちも注目しているらしく、こちらをジロジロと見ている。しかし、それに気づかない伯爵夫人はそのまま大人しく引き下がるのかと思いきや、顔を真っ赤にして吐き捨てるように、こう言った。


「うるさいわね、王家に見捨てられた姫ごときが」


 その言葉はかなり大きく、少し離れたところに座っていた国王でさえも立ち上がろうとしていた。しかし、近侍らしき人に止められ、かわりに先ほど挨拶したときに隣にいた黒髪の女性がこちらにやってきた。


「その言葉は王家に対する叛意ととっていいのかしら?」

お読みいただき、ありがとうございます。よろしければ感想・評価・ファンアートお待ちしていますm(__)m

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