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騎士の誓い

「妹は昔、大貴族の行きつけの仕立て屋で働いていました。

 八年前のある晩、とある貴族に強引に犯され、ユリウスを身ごもり、出産をしました。

 その時は僕はまだ、騎士団の中でも下っ端の騎士でした。

 だから、僕が貴族相手にできることは何もない事を分かっていたのでしょう。妹は最初、犯されたことを家族の中で唯一、王宮勤めであった僕にでさえ言いませんでした」


 そこでセルドアは区切った。

 アリアは過去の話をまさか、このデビュー夜会で聞くことになるとは思わなくて、驚くことしかできなかった。


「彼女が体調不良を訴えた時には、もうすでに妊娠三か月目を過ぎてました。

 医者からは身籠っている子供の命を絶つことはできないといわれました。仕方なくマチルダは子供を産むことを決意しましたが、当時は父親が誰かわからなかったので、かなり悩んでいましたよ」


 セルドアはアリアの方を見つつも、どこか遠いところを見ていた。そんな彼にアリアは無意識のうちに近寄って、手を握ってしまった。


「その後、彼女はユリウスを産みまして、もともとの職場である服屋に復帰した後に、ある子爵に見初められ、結婚しました。

 しかし、すぐにユリウスのことが知られ、『淫乱な女』とか、『どこの馬の骨とも知れぬ男と寝れる女』とか言われ、夫婦間の営みさえなく、ただそこにらへんにいる侍女と同じ扱いをされたそうですよ」


 セルドアはアリアの手を振りほどき、彼女に背を向けて、唾を吐き捨てながら言った。

転生前のアリアだったら、そのような話を聞くことはなかっただろう。


 でも、この世界はそんなナマヤサシイ世界ではない。

 時には不条理なことだって、数多くある。


 それに目を瞑るだけでは生活できない。


 今はその時ではないか。


 だからこそ、彼の話を聞いて、可能であれば少しだけでも彼の気持ちを楽にしたいと思った。だから、無意識なのだろうか、彼に振り払われても、小さな体はそばに駆け寄って、すでに三十にちかいであろうその大きな彼の背中をなでた。


 しばらくして、落ち着いたようだった。彼はハッとした表情でアリアのほうを向くと、

「申し訳ありませんでした、レディ」

 と謝った。


 やはり、彼がアリアの手を振り払ったのは、無意識だったようだ。

 そうでなければ、謝らないだろう。


 アリアはそんな思いをそっと胸の中にしまって、


「いいえ。可能であれば聞かせてくださいませんか、最後まで」


 そう少し微笑みながら言った。すると、セルドアはええ、そうさせていただきます、と軽く頭を下げてから、続けた。


「マチルダと結婚した男は普段、何も言いません。ですが、家の中にいるとき、二人きりの時に彼女に先ほどのように言い続けていたそうです」


 彼の言葉に胸が苦しくなった。


 マチルダがそう言われてしまった原因を作ったのは自分の父親。

 それなのにも関わらず、スフォルツァ家に来てくれ、さらにはユリウスを嫡子として育てることになるだろう。

 そうなれば、貴族としての生活をしていかなければならない。

 母親であるマチルダがそれを望まなくても。


 涼音として生きていた時にも、似たような事件が後を絶たなかったのを今でも覚えていた。


 今までは関わらずに済んできた。


 でも、今は画面越しに見る話ではなく、現実での話に恐怖を抱いていた。



 そう。


 自分は加害者の家族なのだ。

 そして、目の前には被害者の家族がいる。


 どうすれば良いのだろうか。


 アリアが彼の言葉に何も言えずにいると、セルドアはふう、と息をついて、ニッコリと笑った。


「でも、それをあなた、アリア・スフォルツァがあの茶会でユリウスに気づいてくれたことによって妹は救われたのです。あの地獄のような子爵家から」


 彼の言葉にアリアはあっけに取られた。


 まさか、彼からそんなふうに思われているとは思わなかった。

 もちろん、最初に彼が言った言葉は覚えていた。


 だけれど、そこまで言ってくれるとは思わなかったのだ。


 今、鏡を見たら、どれくらい間抜けな顔をしているんだろうか。


 アリアは自分でも間抜けな顔をしていると、理解できた。


「だからこそ、あなたにお願いがあります」


 セルドアは再び跪き、アリアの手を取った。


「あなたはいままでわがままな令嬢としてふるまっていましたが、ある時を境に、変わられたと聞きました。

 最初はまさか、と疑いました。

 だから、せめて、今のあなたには困っている人が近くに寄っていけるような、そして、本当のことを本当であると、嘘を嘘であると見抜けられるような大人になっていただけませんでしょうか」


 セルドア自身に他意はないのだろうが、端から見るとなんだかイケナイ関係に思えてきたのは自分だけだろうか。


 ほんの少しだけどうでもいいことを思ってしまったアリアだが、それに小さく頷いた。

 そして、なにも言わなかったが、彼女はセルドアの肩が震えているのに気づいた。大人の肩に回すのには少し短い腕を背中に回して撫でた。


「レディに気を使わせてしまって、申し訳ありません」


 セルドアは少し息を吐いてから、微笑んだ。

 もう先ほどまでの暗さはそこにはなかったし、肩も震えていなかった。



「あなたには感謝しきれません。もちろん、私は王立騎士ですので、すでに国への忠誠を誓っておりますから、あなたにそれはできません。ですが、あなたには無償の愛――もちろん、たとえですが、それを捧げましょう」


 そう言うなり、彼は腰に佩いていた剣を鞘ごとアリアに差し出して、彼女の左手にその剣を持たせた。


「私はあなた、アリア・スフォルツァ公爵令嬢に生涯、無償の愛を捧げます。いかなる時も、貴女に降りかかる災いを取り除く手助けをさせてください」


 その宣誓にただ、アリアは見惚れてしまった。セルドアは目を細めて笑い、

「レディに幸運が訪れますように」

 そうささやいて、彼女の頭を撫でた。


 その後はすっと立ち上がったセルドアは、さぁ、あいつが心配しない間に戻りましょう、と言って、手を繋いだまま、二人は会場の中へと戻っていった。

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