彼女の兄
「お見事でした」
会場のすみでアリアを待ち受けていたのは、エスコート役のクレメンス。彼はにっこりとアリアを出迎えてくれた。
そういえば、彼をエスコート役として選んだ理由は二つあった。
一つはスフォルツァ家の親族にアリアと年が釣り合う青年がいなかったこと。もちろん、名門、と付くだけあって、その歴史は古いから、その血は多くの家とつながっている。
だけれど、この時代――王族へさえも無理を通し、この国の根本から腐らせようとしているスフォルツァ家に付き合おうとする人はいなかったのだ。
だから、彼に頼むしかなかった、という理由が一つ。
そして、もう一つの理由。
彼に頼めば、本人たちと会わずとも登場人物たちの情報を集めることができるのではないのか、と思ったからだった。
もちろん、直接、彼にその理由は言わなかったけれど内心では彼がダンスの講師と決まってから、先ほどあげた理由からも、デビュー時のエスコート役をお願いしようと考えていたのだった。
『ゲーム』内ではサポート役なので、悪役令嬢であるアリアとクレメンスが直接、関わるシナリオはない。
しかし、全ての攻略対象やそれにかかわる人間と関わる回数が多いだけあって、会えるかも知れない、とも考えた。
そんな打算だらけのエスコート役の依頼ではあったもの、クレメンスはすぐに承諾してくれた。
そんなアリアはクレメンスの隣にいた男性に驚いた。その風貌に見覚えがあったのだ。
男性の服は王立騎士団の紋章をつけた黒色の軍服。
そして徽章からおそらく階級は――それなりの高位。
彼女の身内で騎士であり、高位の人間を考えると、一人しか思い浮かばなかった。
「これはスフォルツァ家のお嬢さんではありませんか」
彼に声を掛けるべきかどうか迷ったアリアだったが、ありがたいことに向こうから声を掛けてきてくれた。
「ええ、そうです」
彼女は優雅に礼をとった。その姿を見て、緑がかった黒髪の男性は微笑んだ。
「やはり可愛らしく、まっすぐな方でいらっしゃるようですね」
彼はそう言いながらアリアの手を取り、その指先にそっと口づけをした。
そんな彼の素性を考えていたアリアだったが、気が付いた時には彼はアリアの目の前に跪いていた。
攻略対象者にも負けないイケメンの彼が少女に跪く姿は、どうにも他の人には好評のようだ。周囲の貴婦人からはため息が零れ落ちていた。
やめてくれ。さっさとダンスを踊ってきなさいよ。
そう思わず心の中で突っ込んでしまったアリアだったが、そんな彼女の様子に気づいたのか、彼はクレメンスにその場を離れるための許可をとった。
「もちろんだ。ケリをつけてこい」
クレメンスは事前に彼から聞いていたのか、すぐに首を縦に振った。
彼はありがとう、と言ってアリアの手を握ったまま、大広間の外に出た。
「僕はセルドア・コクーン。君の所にいる針子であり、ユリウスくんの母親――マチルダの兄だ」
人気の少ないところで立ち止まった彼は、アリアに改めてそう挨拶した。
当たってた。
彼女は予想通りの名前によし、と心の中で頷いた。ユリウスの件があるのだから、いずれは彼に会わなければ、とは思っていたが、こんなに早く会えるとは思わなかった。
「妹と甥が君の家でお世話になっているようだね」
彼は彼女の手を握ったまま、そう続けた。どうしていつまでも手を握っているのか、気になったが、多分、彼なりの理由があるのだろう。
そう、アリアは思うことにした。
「それはお母さまが決められたことです。なので、私はその決定に関与しておりません。ですので、礼を言われるのでしたら、お母さまにお願いします」
あくまでも二人を家に迎えるという判断をしたのは自分ではないと伝えた。
実際、二人を迎えにいったのは母親であり、アリアは異母弟がいる、と母親に伝えただけだ。
「ご謙遜をなさらなくてもよいのですよ」
しかし、セルドアは騙されてくれなかったようだ。
「あなたが横領の疑われているセレネ伯爵家の令嬢と話したときに、ユリウスに気づいた、と僕は聞いていますよ」
誰がそれを言ったのか。ユリウスかマチルダか。はたまたセレネ伯爵か。
アリアがどう反応しようかと、迷っているときでも、セルドアは柔らかいまなざしを崩さなかった。
「なぜ、私だと思ったのですか?」
アリアはあくまでも、補助の役割を崩さないように心がけていた。
「理由は二つです。あなたがある時をもって変わられ、その姿がどこか大人びているものだったと聞いたこと。
そして、あなたのお母様だけでは、ここまでうまくいくことはなかったでしょう」
彼の口ぶりはまるで母親の性格を知っているようだった。そして、そのモスグリーンの瞳を細めて、言われたことに驚きを隠せなかった。
「なぜなら、彼らは子爵家ではなかったものとされていましたから」
今までとは打って変わり、非常に冷たい声音で告げられたのは、ユリウスとマチルダの扱いだった。
「あのマチルダさんとユリウスが不当な扱い、ですか?」
アリアにはそれがどのような意味なのが分からなかった。
二人がいたのは、マチルダの今の夫である子爵の家。
それは知っていたが、最初にお茶会であったときも身なりは綺麗だったし、スフォルツァ家に来た時も、スフォルツァ家と比較すればあまり質の良いものとは言えなかったが、庶民からすれば充分、きちんとしたものを着ていた。
アリアの疑問を感じとったのか、セルドアは苦笑した。
「ええ、残念ながら」
セルドアの回答にアリアは目を瞬かせた。
彼は、これから、あなたにとって聞きたくないことかもしれませんが、少しだけ彼女の身の上を話させていただきますね。
と言って、アリアの目を見ながら話し始めた。
彼女は一言一句、聞き漏らさないようにしっかりと耳を傾けた。
よければ感想、評価ポイント、ファンアートよろしくお願いします!





