サポート役登場
あの日以来、アリアはデビューの夜会に向けたダンスを学んでいた。
今回のシーズンではベアトリーチェはデビューをしないので、ひたすらマダム・ブラッサムとバイオレット氏の講義を受けつつ、アリアの侍女として生活していた。
ちなみに、涼音が前世でプレイしていた『ラブデ』の中では、家庭的事情でベアトリーチェはデビューしていない。
ちょうど今頃には特定の主人を持たない下級侍女として王宮に勤め始めていた。
そんな彼女はある宴会で、接待係として割り振られたのがきっかけで、王太子に酒を注いだ時に彼に一目ぼれされ、彼はベアトリーチェを王妃付きに指名した、というのが王太子クリスティアンのルートだ。
ちなみに、このベアトリーチェの役職名である『下級侍女』。
王宮の侍女という名がつくだけあって、待遇が良いのかといえばそうではない。
没落貴族や裕福な商人の娘が生計を立てるために働く場合や、上級侍女となるためには少し身分が足りない場合になる役職である。
このため、中貴族以上の女性が自分より身分が上の貴族の侍女として修行する場合のお飾りでの役職である上級侍女と比較されがちであり、蔑まれることが多い。
もちろん、仕事内容も違う。
下級侍女の仕事は上級侍女と比較して、貴人の側にいる時間は少なく、上級侍女には逆らうことはできない。
一方の上級侍女は貴人のそばでの仕事となり、着付けや化粧などといった雑務や貴人の話し相手となる。
現実的にはその原因となるセレネ伯爵家の没落の可能性はアリアが今、潰しにかかっている。
もちろんこの先はどうなるかはまだ、わからない。
だけども、困窮のために彼女が下働きと同じ扱いの下級侍女として王宮に勤めなければならない未来はないだろう。もし、仮にセレネ伯爵の冤罪が晴らせなくても、その時はアリアたち、スフォルツァ家も一連托生。
どちらも下級侍女として出仕するほかない。
だから、仮に今後、王宮で働くことになっても、スフォルツァ家の後ろ盾のもとに上級侍女として働けるか、もしくはアリアと一緒に下級侍女で働く、という未来しかない。どちらであっても、アリアがいじめることはないので、少なくともアリアがいじめをした、と認定されることはない、だろう。
「アリア嬢、何か迷われごとでも?」
銀縁眼鏡の若い男性が次のステップを踏み出さないアリアの方を見て尋ねた。
一般的な知識とマナーについては、何とか前世の知識をうまく使えたから問題なかったのだが、ダンスだけは致命的な問題――超絶なまでの運動音痴――があった。
そのため、ほぼ完ぺきと称賛されたマナーの時間を大幅に削って、ダンスの時間に割り当てられることになった。
その担当はセレネ伯爵家の遠縁の親戚であり、母親の知り合いでもあったクレメンス・ディート伯爵という目の前の青年が受け持つことになった。
ちなみにその彼、クレメンスは『ラブデ』において、サポートキャラとして登場している。そのサポートキャラの登場に少しだけガッツポーズをしてしまったアリア。
隠し攻略対象がないゲームだけれど、彼の人気はすさまじいもので、王道キャラであるクリスティアンの次に人気であり、アリアの精神体である相原涼音もアラン・バルティアの次に好きなキャラクターだった。
「ええ、少し。申し訳ありません」
アリアは前世でも苦労した運動について、少しばかりか甘い考えを持っていたが、現実はそうでなかったと、かなり落胆したという恥ずかしい思い出もある。
となるとアレも、もしかして――――――
前世で苦手だったものがもう一つある。
だけれど、公爵令嬢、という立場である以上、それを調べるのには少々、難しい。
まあ、今後の展開に期待するほかないわね。
現実的にそれをしなくてもよくなるように、今は行動するしかない。
こんな高位の貴族に転生って面倒ね。昔の涼音だったら、勉強だってそこそこできればいいけど、今は貴族として恥ずかしくないような教養やマナーを身につけなくてはならないんだから。
でも、知識とマナーを身に着けているから、平民やそれを学べなくなったベアトリーチェ達を見下していい、という論理にはならないわね。
アリアはそう考えながら、練習を続けた。
「なかなかアリア嬢は、私が見てきた中で一、二を争うくらい飲み込みが早いですね」
クレメンスはニヤリと笑いながら、アリアに声をかけた。その軽口にわざと怒ったふりをしてアリアは返した。
「それは、私のダンスの技術がとても下手だったということかしら」
その返答にクレメンスは間髪いれずにそうですよ、と答えた。
アリアは悔しくなりながらも、間違ったことではないので、言い返せずにいた。
「それは否定できませんね」
その言葉に唖然としながら、悔しかったから足を踏んづけてやろうと思ったが、いかんせん、まだ練習を始めて僅か。
彼に足をすっとどけられた挙句、踏んづけようと思った足がもつれ、転んでしまった。
「なかなかあなたもやりますね」
クレメンスは相変わらずニヤニヤ笑いながらそう言った。
アリアは悔しかったが、自ら招いた事故だったので、文句は言えなかった。
「あなたが足を差し出して、踏んづけられる瞬間まで、気づきませんでしたよ。では、今日はこれでおしまいにしましょう」
クレメンスはアリアの頭を撫でながら、そう言った。
「あなたはまだ十歳。なにも急いで王太子の婚約者にならなくてもよいのではないのですか」
今までアリアをからかっていたクレメンスは急に、真剣な表情でそう尋ねた。
しかし、その質問はアリアを驚かせるには十分だった。
何故、彼はそれを知っているのだろう
アリアはその話題を今まで、誰にもしたことはないし、されても、今はまだ、と言うつもりだった。
だけれども、彼は何かを知っている。
得体の知れない気持ち悪さと、自分自身への最終目標を問われているための緊張感が一度に襲ってきた。
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