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悪魔の駆け引き

「彼女のお父様が勤めていらっしゃるお役所で『横領』というものしたらしいんです。

 もちろん、彼女のお父様がするはずはないのですが、公爵家の息子のセタール様や財務長官の補佐をされている伯爵様の娘のサジット様に言われたんです」


 アリアの二つ下の異母弟は、このころからかなりしっかりしているようだった。

 大貴族に飲み込まれないヒロインの父親のことをしっかりと見ているようだ。


 しかし、どうやら典型的なヒロインいじめの場面に遭遇したらしい、と心の中で喝采を叫んだ。


 だが、ついでとばかりに余計なことまで思い出してしまった。


 そう。


 このシーンはゲームの中、そのものなのだ。


 ユリウスのルートで、彼と共に夜会に参加したベアトリーチェがアリアにそう糾弾されるというものだ。

 彼推しではなかったものの、スフォルツァ家をとらずに理路整然と彼女をかばうユリウスに惚れた涼音だった。


 アリアは早くも『悪役令嬢』としてのフラグが折れかけていることに安堵したが、なぜか真犯人を見つけたくなってしまった。


「あら、そんなことで悩んでいらっしゃるの?」


 すまし顔でアリアは二人に言い放った。目の前の二人は唖然としてアリアを見たが、彼女は悪役令嬢としての癖を出してしまっていることに気づいていなかった。

 だから――――


「そんな間抜け顔をなさるから、なめられますのよ」


 おもわず言ってしまった。その言葉に自分自身でも驚いたアリアだが、二人の手前、表面上は意地悪そうな笑みを浮かべたままだった。


 まぁ、あなたがたがそれを望むのならば、それでいいけど、そうではないわよね?


 どう軌道修正かけようかと迷いながらの言葉は、間違ってなかったようだ。二人ともコクリと頷いた。


「さっきの話だけれど」


 アリアはそういえば、と言って本題に戻した。


「私が解決するための手助けをして差し上げましょうか」


 その言葉に驚く二人。

 そりゃそうだろう。ワガママ娘として名高いアリア・スフォルツァが、なんでそんなことを言い出すのか、分からなかったのだろう。


 事実、ユリウスは無理だろう、という視線を向けているし、ベアトリーチェも目が点になっている。


「可能なんですか?」


 ベアトリーチェ・セレネが先に口を開いた。彼女の眼はアリアが本気で言っているのかどうか、見極めをしている眼のようであった。


 アリアは彼女の言葉に驚かなかった。

 彼女の立場ならば、同じことをぶつけていただろうから。


「失礼ながら申し上げると、アリア・スフォルツァ公爵令嬢。貴女は私と同じ年のはずです。その貴女に私の父の件を解決することは可能だとは思えないのです。

 どのようにして『手助け』をされるか教えていただきたいです」



 格上の貴族であるアリアに問う。

 社交界では通常、掟破りとして白い目で見られ、また、社交界の前哨戦とも呼ばれる子供同士の付き合いでも、掟破りとしてタブー視されることだった。


 昔だったら、確実に癇癪を起していただろう。

 しかし、今のアリアは内心、舌を巻きたい気分になっていた。


 九歳児の(アリア・スフォルツァ)では普通なら不可能だと思うわね。


 そう、ベアトリーチェの問いを評価していたのだ。


 アリアはその言葉に戸惑ったような顔をしつつも、大丈夫よ、としっかりとした答えを言った。ここで詰まっていては話にならない。


「もちろん、はっきり言えば、全てが私の力ではないわ。私の母は公爵夫人、社交界へは多少なりとも顔がきくから、そこから地道に解決して見せるわ」


 彼女自身の力だけではないことを、先に明かしておいた。そちらの方が彼女にとっても都合がいい。


「もちろん、私はあと少しすれば行儀見習いもしくは花嫁修業と称して、王宮に上がることになるわ。だから、それに乗じて事前に王宮の事だって調べることもできる」


 ベアトリーチェの眼をしっかりと見ながら言った。


「分かりました、アリア・スフォルツァ公爵令嬢」

 ベアトリーチェは納得したのか、そう言って、優雅にお辞儀をした。隣でユリウスも頭を下げていた。


 やっぱり、彼女はヒロインなだけあってマナーも完璧だわね。


 アリアはゲームの中の彼女と同じ『マナーも完璧、文句なしの美少女』に安堵した。



 その後、アリアはベアトリーチェからいろいろな話を聞き出した。

 また、ベアトリーチェの幼馴染であるユリウスからも、今までに至る経緯を聞き出した――もちろん、本当の父親のことは知らないので、アリアは何も触れなかったが、勘がいいらしいユリウスは顔の似た少女――アリア――に会ったことで、自分が何者であるのか少し察してしまったようだった。



 二人と喋っていたら、ずいぶんと時間が経っていたようで、夕方になったところで、茶会は終了した。

 客人を見送った後、アリアはエレノアに呼ばれた。


「あなたの目的は達成できたの?」


 母親の部屋に入るなりそう切り出されたため、アリアは驚きで一瞬、呼吸をするのを忘れてしまった。

 だが、これから協力してもらうためにも、本当のことを話す必要がある。


「はい」

 彼女は静かにほほ笑んだ。


「私はセレネ伯爵令嬢と、デュート子爵令息を個人的に好きになりましたわ」


 直に話してみるのは重要なことですのね、と少し前置きをした。セレネ伯爵令嬢の方は聞いたことがあっても、デュート子爵令息という初めて出てきた名前に、どういうことかしら、と母親は引っかかったようだが、アリアはそれを気にせず、本題を切り出すことにした。


「ねえ、お母さま」


 娘の何か決意したような視線に母親は微笑みを返すだけで精いっぱいのようだった。

「何かしら?」



「二人と話していて少し気になったのですが、セレネ伯爵様はどのような方なの?」


 すると、一気に母親の機嫌が悪くなったようだった。

 もっとも、彼の評判云々かんぬん、という訳ではなく、アリアが大人の世界に口出しするのが気に食わないのだろう。

 わがままなアリアに戻ったのではないのだろうかと、疑ったに違いない。

 それは分かっていたが、そうせざるを得ない。


 しばらくして、母親は語り出した。


「その方と直接の面識はないけれど、結構、凄腕の持ち主だそうよ。

 確か、前回の国王の南方への視察の時には財務庁の現場監督として同行したそうよ」


 母親の言葉に思いっきり驚いたアリアだった。

 王の視察に同行する、ということは、かなりの頭のいい人ではないと難しいだろう。


「それに、領地の状態と王宮への報告が少しでも違っていたら、すぐに見つけるそうよ。

 納税が不足していたところからは税を取り立てて、逆に多く納税していたところへは、納められたお金を戻したんですって」


 そう区切ったあと、ただ、とエレノアは不自然に言葉をきった。


「ただ?」

 アリアは首をかしげた。


「現財務長官はキャスティン・ハワード侯爵――あのフレデリカの旦那の弟よ」


 母親の言葉になるほどと、アリアは理解した。

 フレデリカ達はある意味、貴族らしい考え方の持ち主だ。だが、当然、セレネ伯爵のような考え方示す貴族もいる。

 彼はその視察への同行の際の一件で、もともと目をつけられていたのが、より明確な憎悪へと変化し、今回の件に至ったのではないかと考えてしまった。


「ねえ、お母様」


 先ほどと同じ言葉を投げかけたが、先ほどとは違って、母親は動揺しなかった。

「何かしら?」


「もしよければ個人的にセレネ伯爵令嬢たちをお呼びしてもよいかしら?」


 娘の言葉に今度こそ、本当に驚いたエレノア。

「あなたにとっての利益はあるのかしら?」

 彼女は目を細めてそう尋ねた。アリアは母親から目を離さずにはい、と答えた。そらしてしまったら、説得力が無くなってしまう。


「私にとっての利益はわがまま娘という汚名を返上することです。

 そうすれば、今後、何かがあったときにこの家――もう少し言えば、私とお母様――が、彼女たちが頼る場所になることで、『正しいことをしたセレネ伯爵を守った』という箔をつけることができます」


 そう言って、母親の様子を伺った。

 レノアはアリアの言葉を深く考えているようだったので、そのまま次の理由を説明した。


「それに、私たちも利用、とは言いすぎかもしれませんが、反フレデリカ派をまとめるのに彼らがシンボルになってくれそうではありませんか?」


 そこまで説明するとエレノアはそうね、と答えた。

 もちろん、彼らが喜んでシンボルになるとは思えない。だけど、それを説得するだけの材料もある。

 まだ何か考えているようだったので、切り札を告げた。


「それに私にとってみれば、かわいい弟が守ってくれているもの」


 その発言には悩んでいたエレノアも唖然となった。


「お母様、気づかれませんでしたの?どうやら、今日、参加されていたユリウス・デュート子爵令息は私の弟ですわ」


 この世の中には血縁関係を『科学的』に証明する手立ては無い。だが、父親と私とユリウスの顔が似ていることなどを言うと、母親は納得した。

 そして、次の瞬間――――


「私はそのユリウスという子を恨む気はさらさらないけれど、裏切った人を許す気もないの」


 と言うと、すぐさま部屋から出て行った。

 どこへ行ったのだろうかと思ったら、次にアリアが母親と会ったときには、ユリウスとその母親の針子を連れていた。

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