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異世界のいけにえ  作者: 谷尾銀
第一章 異世界〈1022〉
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【04】ラブラブスローライフ

 人骨で作られた燭台が、その空間を煌々と照らしている。

 それらは、すべて漂流物デブリ目当てに魔女の庭へ集まって来た冒険者達のなれの果てだ。台座の中央にある石棺の周囲を取り囲む様に配置されている。

 石棺の蓋は開かれており、手作りのドレスに着替えさせられた彼女が横たわっている。

 そこへ、外に出ていた殺人鬼がやって来た。

 右手にはオイルランプ。左手には、沢山の色とりどりの花を握り締めて……。

 殺人鬼は石棺の中にそっと、その花を置いた。花は少しだけ萎れていた。

「……あら。帰って来ていたのね」

 殺人鬼が頷く。

「そう。私のために。とても、良い香り……」

 殺人鬼は彼女の上半身を優しく抱き起こすと、棺の縁にその背中を持たせかけた。

「ありがとう。ねえ……」

 殺人鬼は首を傾げて、彼女の顔を覗き込む。

「私も、今日は外の空気を吸いたいわ……お出かけする前に、髪の毛をすいてくれないかしら?」

 殺人鬼は頷き木板で作った櫛で、彼女の玉蜀黍とうもろこしの髭の様な髪をゆっくりとすく。

「とっても上手よ。いつも、ありがとう」

 殺人鬼は照れた様子で首を横に振った。

「……灯りは、私が持つわ。行きましょう」

 殺人鬼は、彼女の右手の指にオイルランプの紐を絡めた。

 そして、彼女の身体を両手で抱きかえる。

「川のせせらぎの音が聞きたいの」

 殺人鬼は静かに頷く。

 そのまま、洞窟を後にした。




 傷痕の様に細い三日月が雲間に輝く夜だった。

 そこは、魔女の庭の北東。

 渓流のせせらぎが聞こえる木陰に腰をおろし、揺らめく炎を眺めるのは、若いエルフの狩人でゴーギーと言った。

「しかし、オライアンのじじい、マジでキメエよな」

「何が『近頃、森がおかしい』よ……そんなんでいちいちビビるかっての!」

 そう言ったのは、同じく若いエルフのフラン。彼女はゴーギーの腿の上に

頭を乗せて彼の顔を見上げながら笑う。

 二人ともマゴットの生まれで、恋人同士だった。

 その右手の薬指には、お揃いのリングを嵌めている。

 因みにオライアンとは、マゴットで道具屋を営む年長のエルフの事であった。

「……そういや、気がついていたか?」

「何が?」

 フランはきょとんとしながら言葉を返す。ゴーギーが悪戯っぽく笑いながら言った。

「オライアンのじじい。お前の尻ばっかり見ていたぜ! へへへ……」

「いやだ、もう……キモー!」

 二人はしばらく爆笑し、それが落ち着いて来た頃合いだった。

 フランが身体を起こし、ゴーギーの首に両手を回した。

 焚き火の熱で少し火照った頬と、潤んだ瞳。

 愛しの彼の顔をじっと見詰める。

「ねえ……」

「何だよ。こんなところでかよ」

「駄目?」

「構わねーけど?」

「じゃあ、耳、触ってよ……」

 揺らめく炎に照らされた二人の影が、どちらからともなく、近づいて重なろうとした瞬間だった。


 ……らーん、らーん、らーらっら、らーらーらららららっら……


 調子外れな、それでいて上機嫌な鼻歌が、渓流のせせらぎの向こうから聞こえてきた。

「聞こえたか、フラン……」

「うん。誰かが歌ってる」

 二人は真顔で耳をすます。鼻歌は尚も続いている。

「川原の方だな」

 ゴーギーの言葉にフランが頷いた。

「もしかしたら、例の泥棒かもしれないわね……」

 ここ何ヵ月かの間、マゴットでは盗難事件が相次いでいた。森の中で怪しい人影を見たという者もいる。

「取っ捕まえてやろうぜ」

 ゴーギーは立ち上がり、弓と矢筒を肩にかけた。

「魔女の幽霊だったらどうする?」

 フランが悪戯っぽく笑いながらゴーギーを見上げた。彼は鼻を鳴らして答える。

「んな訳ねーだろ」

 この世界では、いわゆる不死族アンデッドモンスターは伝説の中の存在となっていた。滅多にお目にはかかれない。

「馬鹿言ってねーで、行くぞ」

「うん」

 フランも立ち上がり、裾や尻についた土をはらう。魔法のワンドを腰のベルトに挟んで、左手にオイルランプを持った。

 顔を見合せ無言で頷き合うと、二人は鼻歌の聞こえる方向へ向かった。

 そうして、木立の向こうに川原が見えて来ると、フランはオイルランプのシャッターを閉じた。

 木陰を渡り歩きながら、そっと川原へと近づく。

 歌声は依然として、二人の耳に届いていた。それは病気の獣の様にかすれて不気味な声だった。

 ゴーギーとフランは、姿勢を低くして川原と森の境目にあった茂みの近くまでやって来る。

 そして、そっと顔を上げた。


 ……らーん、らーん、らーらっら、らーらーらららららっら……


「何だよ……あれ……」

 あまりにも異常な光景に、ゴーギーの顔色が一気に青ざめる。

 その瞬間だった。

 川原にいたそれ・・と、目が合ってしまった。




「 ……らーん、らーん、らーらっら、らーらーらららららっら……らっらっらー、らーらら、らーらららー……」

 殺人鬼は頭の中で鳴り響く、その歌声はとても美しいと感じた。

 これまで、生きて来た中で聞いたどの声よりも清んでいた。

「うふふ。ありがとう……歌が上手って、誉めてくれて。……らーん、らーん、らーらっら……」

 殺人鬼は彼女を抱き締めたまま、踊る様にくるくると回る。

 青ざめた月明かりの下、くるくると、くるくると、くるくると……。

 しかし不意に彼は、近くの茂みの中で何が動く気配を感じた。

 ぴたりと足を止めて、そちらに視線を向ける。

 すると、茂みの中に潜んでいたエルフの男と目が合った。




「もっと頭を下げなって……」

 フランがゴーギーの右手を下に引いた。

「も、もう無理……気がつかれた」

 ゴーギーが脅えた声で答えながら、ゆっくりと立ち上がる。

 その視線の先には、木立の様な柄のローブを身にまとった巨体がいた。

 フードを目深に被っており、その人相はわからない。

「ハイ。元気?」

 ゴーギーが、引きつった笑みを浮かべながら右手を上げた。

 巨体はゴーギー達に背を向けると、両腕に抱えていたものをゆっくりと地面におろし、再び正面を向く。

「何あれ?」

 フランが、隣で立ち尽くしたままのゴーギーを訝しげな表情で見上げて問う。

「わからない……何だ、あれは。案山子か?」

 すると、巨体が足元に落ちていた岩を両手で掴む。仔山羊の頭ほどはある。

 ゴーギーは、この時、まったくの無警戒だった。

 何故なら、あんな大きさの岩を投げても普通は届く訳がない。もしも、投げつけてきたとしても、あっさりかわせる。

 彼と、そいつとの間には、普通ならば誰しもがそう判断するほどの距離があった。

 だから、ゴーギーには、その岩を投げつけられるという発想そのものが浮かばなかった。

 彼は岩がゆっくりと振り被られる様を、特に何もせずに眺めていた。

「ねえってば……」

 ゴーギーの隣でしゃがみ込んだままのフランが、再び彼の右手を引いて揺り動かす。

 すると、その瞬間だった。

 鈍い轟音。

 まるで雷鳴だった。

 フランの顔を頭上から降り注いだ温かい液体が濡らす。

 彼女の手から、ゴーギーの右手がすり抜け、彼の身体が物凄い勢いで後ろに倒れる。

「ゴーギー!!」

 彼女は咄嗟に彼の方を見た。

 すると、ゴーギーの額の右側が、まるで爆発したかの様に欠けていた。首が折れて、赤く染まった頚椎けいついが露出していた。肉と頭蓋の欠片がそこらに散らばっている。

 その彼の後方にある木の根元に、仔山羊の頭ほどはある岩が転がっている。血塗れの毛髪が頭皮ごとへばりついていた。

「いっやあああああああッ!!」

 フランは立ち上がり絶叫した。

 巨体が大股で、フランへと迫って来ていた。

 フランはベルトのワンドを右手で抜き去ると川原の方へと向き直る。

 高速で、その呪文の詠唱を完成させる。

 ワンドの先端で、巨体を指した。

「死ねッ!!」

 その瞬間、閃光が瞬き巨体を包み込む程度の小さな爆発が起こる。

 もうもうと煙が立ち込めた。

「やた……やった。殺した! 殺したぁああ!」

 フランは両目を大きく見開いて、狂気じみた笑みを浮かべる。

 しかし、すぐに、その煙の中から巨体が何事もなかったかの様に姿を現した。

 まったくの無傷で、身に着けている物にも焦げ跡ひとつない。

 フードが頭から落ちているだけだった。

 そのフードの下に隠れていた頭部は鴉を模した仮面で覆われていた。

「嘘! 嘘よ?! 何なのよッ! いったい、何なのよおぉーッ!!」

 フランは踵を返して逃げようとした。

 しかし、ゴーギーの死体につまずいて転んでしまう。

「うぐっ!」

 フランは、頭が半分欠けたゴーギーに、覆い被さる様に倒れ込む。

 愛する彼の半壊した顔面が目の前にあった。

「きゃあああああああっ!」

 フランは再び悲鳴を上げた。

 その彼女の髪を五本の骨ばった指が鷲掴みにする。

「嫌……やめて……やめてぇええ」

 長い右腕が泣き叫ぶ彼女を羽交い締めにする。

「やめ……やめて……助けてッ!! 離して!!」

 半狂乱になりながら、バタバタと四肢を振り乱す。しかし、びくともしない。

 フランは、なおも叫び散らす。

「ヤるなら、ヤりなさいよ! クソ短小のあんたの粗末なモノ、噛み千切ってやるからぁッ!!」

 殺人鬼は彼女を羽交い締めにしたまま、近くの木の側に連れてゆく。

 そして、喚き続ける彼女の後頭部を掴み、持ち上げる。

「痛いッ!! 離せッ!! 離せ……」

 そのフランの瞳に、先の折れて尖った枝の先端が映る。大型犬の足ほどの太さはある。それが徐々に近づき、大きくなってゆく。

「ちょっ、やめ……お願い……やめて……やめてぇええええええッ!」

 絶叫。

 その大きく開かれた口腔に、尖った先端が飲み込まれる。

 フランが枝を両手で掴みながらひたすら激しくもがく。

 腹部が大きくうねり、胃の中身が逆流しようとしているのがわかった。

「やめへ……やめへお……やめへおぇえ……」

 しかし、抵抗むなしく、枝の先端は内側から彼女の延髄えんずいを貫いた。

「あ……が……がっ、あ……ご」

 フランは身体を激しく痙攣させる。

 やがて、その動きが弱まってゆく。

 彼女のブーツの先から、吐瀉物の混ざった鮮血がしたたり落ちた。




 殺人鬼はフランとゴーギーの薬指にはまったリングに気がついた。まずはフランの物を抜き取ろうとする。

 しかし、突き指でもしたのか腫れており、上手く取れない。

 仕方がないので、腰に差していたハンティングナイフで薬指を根元から切り落とす。

 何とかリングだけを抜き取ると、切断した薬指を放り投げた。

 次に頭が砕けたまま動かないゴーギーの薬指からも、同じ様にリングを抜いた。

 そして、いったん川原に戻ると地面に寝かせていた彼女に降りかかった小石や砂を払う。それから、その右手の薬指にリングを嵌めた。

「……まあ。素敵な指輪ね。ありがとう」

 自分の指にもリングを嵌めようとしたが、サイズが合わずに上手くいかない。仕方がないのでコートのポケットに入れる。

「これから、お片付け? 良いわ。ここで待ってる」

 殺人鬼はゴーギーとフランの死体を処理しようと彼女に背を向けた。

「待って」

 殺人鬼は足を止めた。


「そのぶら下がっている彼女、私のお友達・・・になってくれるかどうか訊いてみてくれない?」

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