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異世界のいけにえ  作者: 谷尾銀
第一章 異世界〈1022〉
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【02】失踪事件


 雀蜂の羽ばたきじみた音はすぐに止んだ。

 ブラッド・ミチェルら飛竜の翼の三人はすぐさま準備を整えて、悲鳴の聞こえて来た方向へと向う。

「何なんだ。あの音は……巨大狩蜂ジャイアントワスプか?」 

 先頭のヘイグが、眼前に広がる薄暗闇うすくらやみを見据えながら言った。

「……それはないな。この森に巨大狩蜂はいないはずだ」

 冷静な声音で、ブラッドが見解を述べた。

 すると、背後を警戒していたセリナがいぶかしげな声をあげる。

「じゃあ、いったい何なのさ?」

 その疑問にブラッドは肩をすくめて答える。

「さあな……ただ」

「ただ?」

「……俺は、こういったあやふやな物言いは大嫌いだが、あえて言う」

 ブラッドは逡巡してからその言葉を口にする。

「嫌な予感がする」




「おい! あれを見ろ」

 ヘイグが立ち止まり、前方を松明で照らした。

 彼の右隣に並びブラッドは目を凝らす。

 すると木の幹を背にして地面に座るクリスの姿が、灯りの中に浮かび上がっている。

 彼は糸の切れた操り人形の様に力なく四肢を伸ばし、うなだれていた。

 その右眼にはハンティングナイフが柄をはやしており、明らかに死んでいた。

「短剣か。魔物の仕業じゃねえな……多分」

 ブラッドが誰にでもなく呟いた。そのまま三人は周囲を警戒しながら、クリスの元へと向かう。

「じゃあ、あのジャイアントワスプの羽ばたきみたいな音は……?」

 そのヘイグの問いに、ブラッドが首を振る。

「さぁな……それより、この短剣、恐らく漂流物デブリだ」

 ブラッドは屈み込み、ハンティングナイフを抜いた。すると、その拍子にクリスの身体が右に傾いでゆっくりと倒れる。

 次の瞬間だった。セリナが叫ぶ。

「上だっ!」

 何かが真上の木立から落ちて来る。

 三人は咄嗟に別々の方向へ散開した。

 直後、鈍い音と共に地面に叩きつけられたのは、額から鼻下まで真っ二つに割られたメルディだった。

 落下の瞬間に首がおかしな方向へと折れて、かち割られた頭蓋から桃色の脳漿のうしょうが地面に勢い良くこぼれる。

「メルディ!」

 セリナが悲痛な声をあげた。

 それとほぼ同時だった。

 彼女の背後に降り立ったその巨体が、着地の瞬間に左拳を振り下ろした。

 凄まじい打撃によって脳天を穿たれ、白眼をむいたセリナは意識を失い、地面に崩れ落ちてうつ伏せになった。

 その後頭部を厳めしい黒ブーツの踵が思いきり踏みつける。

 ぱきり、と頭蓋骨の砕ける音がした。

 ブラッドは、そのセリナを踏みつけた相手を観察して分析する。

 木立の様な模様のフードつきのローブを身にまとい、右手には二人が見たことのない奇妙な物を持っていた。

 痩せてはいたが背丈は巨漢のヘイグよりも大きい。

 そして冷静な観察を続けるブラッドとは対照的に、ヘイグは腰に吊るしていたウォーハンマーを右手に取って振り上げながら、そのローブ姿の襲撃者へと突っ込む。

「うおおおおおおッ! 貴様!」

「まて! ヘイグ。距離を取れ!」

 すっかり頭に血がのぼっているらしく、ブラッドの言葉を聞き入れない。

 ヘイグは大股で踏み込み、ウォーハンマーで、フードに覆われた頭を殴りつけようとした。

 しかし、襲撃者は、その寸前でヘイグの手首を掴んで捻りあげる。

「うぐおっ!」

 ヘイグはウォーハンマーを地面に落とした。

 同時に強烈な前蹴りを腹に喰らい、彼はふっ飛ばされて尻餅をつく。

「糞ったれ!」

 ブラッドが短剣を投擲する。

 襲撃者は左手でウォーハンマーを素早く拾い、短剣をはじき飛ばした。

 ヘイグが立ち上がろうとする。その頭部にウォーハンマーが投げつけられる。鉄兜が軽くへこみ、ヘイグは意識を失った。

「糞が。やってくれるじゃねえか……」

 ブラッドは毛皮のマントを脱ぎ捨てると、曲刀の束に手をやった。腰を低く落とし、目の前の敵を見据える。

「……てめえ、異世界人か?」

 ブラッドが問いかける。しかし、襲撃者は何も答えない。

 ブラッドは次に襲撃者が右手にぶら下げている奇妙な物に目線を向けた。

「そのみょうちきりんなモンが、てめえの得物って訳か……」

 襲撃者は何も答えずに、奇妙な物体のスイッチを押して紐を引いた。

 獣の唸りの様な音。

 そして、けたたましい雀蜂の羽ばたきじみた音が鳴り出して、無数の刃が高速で回転し始める。

 ブラッドは「ひゅう」と口笛を鳴らして、ほくそえむ。

「あの音の正体は、それって訳か……」

 襲撃者はその禍々しい回転なす刃を高々と振り上げる。

 同時にブラッドが一気に間合いを詰めた。

「喰らえ!!」

 ブラッドは地面を覆う苔に靴底が埋まりそうなくらい、右足を力強く踏み込む。

 同時に曲刀の刃を鞘の中で滑らせながら抜き放つ。

 そのまま曲刀の切っ先を襲撃者の首元めがけて振り上げる。

 必殺の居合術だった。

 しかし襲撃者は上体を反らせてギリギリのところでかわす。フードの端が少しだけ斬れた。

 刹那、回転する刃がブラッドの右脇にめり込む。血煙が舞った。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、ああ……」

 ブラッドは身体を激しく震わせながら泡立つ血を吐きこぼす。

 回転する刃は、深く深く、彼の脇腹を斬り刻む。

 ブラッドは曲刀を地面に落とす。回転する刃が抜かれ、彼は力なく両膝を地面に突いた。

 傷口の奥の折れた肋骨と引き裂かれた臓物が、湧き出す深紅の流血に埋もれる。

 次の瞬間、回転し続ける凶刃が彼の首筋に振るわれた。

 間もなく彼の首は胴から離れ落下する。

 ブラッド・ミチェルは両肩の間から血潮をあふれ返らせて地面に横たわる。

 次の瞬間だった。

「うおおおおッ! よくも!!」

 復活したヘイグが再びウォーハンマーを振り上げて、殺人鬼に襲いかかる。

 しかし、殺人鬼は極めて落ち着き払った様子で、ヘイグの顔面をチェーンソーの刃を突いた。

「ぐひょおッ!」

 露出した目元を囲む鉄兜の枠と回転する刃がぶつかり、金の火花が散る。

 しかし、すぐに火花は赤い飛沫へと変化する。

 一瞬でヘイグの右と左の眼窩がんかが一直線に繋がる。

 ヘイグは再び仰け反って倒れた。兜から血があふれる。




 この世界の暦で一〇二二年の夏。

 フェルデナント王国の北部に広がる森林地帯、通称“魔女の庭”へと漂流物回収に向かった冒険者二十八名が忽然と姿を消した。


 彼らの行方はようとして知れない――。

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