【04】Outro
再び二〇一八年のマンハッタン。
「……で、手紙を読んだあと、しばらく道の真ん中に座り込んで、わんわん泣いていたら、農業用のトラックがやって来て……びっくりして腰を抜かしたわ。びっくりしすぎて、思わず泣き止んじゃった」
闇エルフは苦笑する。
「そのトラックに乗っていたのが、ガルシア・ハポン夫妻?」
クーパーの問いに闇エルフは頷く。
「そう。それから、おじさんとおばさんの元で、二人がやってた農場を手伝いながら、いろいろとこの世界の事を学んで……ギターの練習もしたわね。あたし、手がちっちゃいから最初は全然、弾けなかったな……」
そう言って、闇エルフは懐かしそうに目を細めながら、自らの両手を眺めた。
「……それから大人になってからは、世界を転々と……あたし達は歳を取っても外見が変わらないからね。一ヶ所にはとどまれないんだ。たまにおじさんとおばさんのところには帰ってたけどね……ふたりが天に召されてからは、本当に宛もなくフラフラと。マンハッタンに来たのは三年前かな……」
そう言って、闇エルフは肩をすくめる。
「……話はだいたい、こんなところ。何か質問は?」
「えーと、じゃあ遠慮なく、いくつか」
「どうぞ」
「気になっていたんですが、あなたの身分証明はどうなっているんですか? 国籍とか戸籍とか……」
「やっぱり気になる?」
闇エルフが悪戯っぽく笑う。
「いや、別に当局に通報しようとか、そういうつもりはないんでご安心を」
クーパーが冗談めかして言った。
「あはは……そういう身分証明とかはね……」
それは彼女が異世界に来て、ガルシア・ハポン夫妻の元で暮らし始めてしばらくの事。
彼女の元に、黒服の二人組の男が訪ねてきた。
「黒服の男ですか」
「そうよ……そいつらは結構、長い時間、おじさんとおばさんの二人と話していて、その日からあたしは、おじさんとおばさんの正式な養子って事になったの……国籍とか戸籍とかそういうのは、そいつらに頼めばやってくれる。少しだけ手数料は取られるけどね」
そこで闇エルフは髪をかき上げて耳を見せる。
「……それから、認識阻害の魔法も、そいつらから教えてもらった……多分だけど、記憶を消して回っているのも、そいつらだと思う」
クーパーは白エルフのミレス・ブレンダとの面会のあとに襲われた、情報を食べる人工精霊の事を思い出してぞっとした。
「あはは……この辺りは、あまり突っ込んで聞かない方がいいのかな……またあの気持ち悪いやつが出てきたらたまらない」
そこで、引きつった笑いを浮かべるクーパーの顔を、闇エルフは唐突にじっと見詰める。
「どうしました?」
一瞬だけ間が空く。
そして、闇エルフは「別に」とそっけなく答え、目を逸らしてジントニックを口にした。
「あと、他には質問はある?」
「あー、と……これも聞かない方が良いのかな?」
「何? 言って?」
闇エルフがうながすと、クーパーはどこか遠慮がちに、その質問を口にした。
「えっと……そもそも、何でこの話を僕に?」
闇エルフはどこか意味深な調子で、わざとらしく肩をすくめた。
「あたしも、最初は何であんたにこの話をしたくなったのか良くわからなかったけど、たった今、気がついちゃった」
「何にですか?」
クーパーは、きょとんと首を傾げる。
「だって、目元がそっくりなんだもの」
「えっ? 目元……僕のですか? 誰に?」
クーパーは気がついていなかった。
そんな彼を見て、闇エルフは幸せそうに目を細めた。
「ねえ。そんな事より、クリスマスもここで演奏するんだけど、来てくれる?」
「ええ。どうせしばらくは暇だから構いませんよ。闇エルフさんの演奏、凄く素敵でしたし……」
「ロザリア」
「え?」
「あたしの本当の名前」
「ああ……ロザリアさん」
「それでなんだけど、ライブが終わったあと、時間空いてる?」
そう言って、闇エルフは魅惑的な微笑みを浮かべながら、クーパーの顔をじっと見詰めた。
その世界の暦で一〇三〇年の事だった。
冒険者のヘザーとウイリアムとジョシュは、魔女の庭へとやって来た。
世間では未だに発見されていない事になっている、八年前に発生した次元の穴によって流れついたはずの大型の漂流物を求めて。
この頃には、五年前に起こった騒動の記憶もある程度薄れて、エルフの集落マゴットには狩人や冒険者が時おり訪れる様になっていた。
しかし、そんな者達でも、魔女の庭の奥地――特に水竜の滝の滝壺周辺には絶対に近寄ろうとしなかった。
だが三人は魔女の呪いを鼻で笑い、口々に警告を発する地元民のエルフ達を馬鹿にして、滝壺の西側へとやって来た。
「……で、その頭のおかしくなった女聖騎士が副官をぶっ殺した場所ってのが、ここなんだよッ!!」
癒し手のジョシュが突然の大声で話を終えると、魔術師のヘザーは大きく目を見開き悲鳴をあげる。
「もうやだぁー。やめてよね……ウイリアムも何か言ってやってよ」
「俺はお前のでかい悲鳴の方がおっかなかったぜ……ぎゃははは」
戦士のウイリアムが爆笑しながら揺らめく炎に薪をくべた。
彼らは今うずくまった火竜に似た大岩と森の間の土地で焚き火をたいていた。その大岩の裏に滝壺の水際がある。
彼らの頭上には満点の星空が輝いていた。
「……で、そのイカれた女聖騎士様はどうなったんだ? ジョシュ」
「さあね。何でもずっと地下牢に閉じ込められていたらしいが、三年前に親父を殺して、どこかへ消えたそうだ」
そう言ってジョシュは、革袋に入ったラム酒を呷った。
ずいぶんと酔っているらしく、その顔は真っ赤に火照っていた。
「一説によると、異世界へ逃げたらしいぜぇ……へへへ」
ジョシュが嫌らしく笑う。
どこか遠くの梢で梟が、ほう、と鳴いた。
「ジョシュのやつ……あんな話をして……絶対に私に対する嫌がらせでしょ」
ヘザーが頬を膨らませる。ジョシュはというと、すでに酔い潰れて盛大ないびきをかいていた。
そんな彼の能天気な寝顔を見ながらウイリアムが呆れ顔で笑う。
「こいつ、お前の気を引こうと必死なのさ」
「いやだ。キモい。もう、こいつ私達のパーティから追放しようよ……」
「待てよ。腕は確かなんだし、大目に見てやろうぜ」
「ふん。またこいつの事、かばってさ……」
ウイリアムは苦笑する。
「こいつの親父さんには世話になったんだよ。駆け出しの頃……」
ヘザーが「ふん」と鼻を鳴らして立ち上がる。
「待てよ。どこへ行くんだ?」
ウイリアムの問いにヘザーは妖艶な笑みを浮かべる。
「水浴び。あんたも一緒に来てよ」
「おいおい……ジョシュもいるんだぞ? 起きたらどうすんだよ」
実は彼女とウイリアムは、ジョシュには秘密で深い関係にあった。
「それならそれで見せつけてやりましょ」
ヘザーが片目をぱちりと瞑る。そして大岩の裏手へと歩いて行く。
「待てって!」
ウイリアムも立ち上がり、彼女の後を追った。
「冷たーい!」
大岩の裏側で全裸になったヘザーが、じゃぶじゃぶと水音を立てて滝壺の中へと入って行く。
そして、岸から離れて爪先がようやく底に届くぐらいの場所に来ると、水底を蹴って水面に浮かぶ。
彼女の長く波打った金髪が水面に広がる。
月光を帯びて煌めく水滴が白い肌の上を這う。ヘザーの濡れそぼった裸体が、黒々とした水面を静かに割って泳ぐ。
「おーい! そんなに遠くへ行くんじゃないぞ!」
ウイリアムがたまらずに声をかけた。
ヘザーは立ち泳ぎになって岸辺に立つウイリアムの方を向きながら、右手を振って微笑む。
「冷たくて気持ちいいー! あなたも来なさいよーっ!!」
その瞬間だった。
ヘザーのすぐ背後で水飛沫が舞った。
彼女が振り向く。
すると、異形の巨体がいた。
死んだはずの殺人鬼である。
ヘザーは大きく目を見開いたまま凍りつく。
その肉体は二回目の死により、更に邪悪な変化を遂げていた。
顔を覆う、割れたはずの大鴉の仮面は、すでに魔王の肉体と一体化していた。
本来は動かないはずの嘴が上下に開き怪鳥の様な鳴き声を漏らす。
更に右腕が肥大化しており肩口から袖が破れていた。手首から先は大きな肉瘤になっており、そこからチェーンソーの刃が突き出ている。
「おど……もだぢ……」
月光の下、右肩のフジツボの様な穴から排気が始まり、雀蜂の羽ばたきじみた音を奏で始めた。
チェーンに沿って並んだ刃が猛烈な勢いで回転し始める。
ヘザーが絶叫する。
惨劇の幕は、まだ降りていなかった。
終わり
本日でめでたく完結いたしました。裏話、今後の予定などは、活動報告にて。それよりも、まずはここまで読んでいただいた皆様、拙作に貴重な時間を使っていただき本当に感謝の言葉しかありません。
またブクマ、ポイント評価、感想、レビューなども大変執筆の力となりました。重ね重ね、ありがとうございました。




