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異世界のいけにえ  作者: 谷尾銀
第一章 異世界〈1022〉
2/27

【01】漂流物


 その世界では時折、次元の穴が開く事があった。

 これを通って異世界から様々な物が流れ着く。

 『beer』や『Cola』や『大吟醸』などと、異界の文字が記されている、未知の物質や硝子で作られた筒や瓶。恐ろしく精密な絵画。その他、用途不明の何か……。

 そういった物は漂流物デブリと呼ばれ、金持ちの好事家や学者の間で、高額で取引されていた。

 こういった漂流物がやって来る時空の穴は大抵小さく、掌を二つ合わせた程度といった大きさが精々だった。

 しかし、それでも、かなりの低確率で、大型の動物が一頭くぐり抜けられるほどの大きな穴が発生する事がある。

 それはフェルデナント王国の北部。

 山深い土地に広がるその森に、かなりの大きさの穴が開くとの予報が、数人の名のある占術師によってなされた。

 その予報は瞬く間に噂として広がり、穴を通り抜けて流れ着いた漂流物を狙って数組の冒険者達が現地へと向った。

 ブラッド・ミチェル率いる冒険者パーティ『飛竜の翼』もまた、そうしたうちのひと組だった。

 

「……この辺りの森って、何て言われているか知ってるか?」

 ヘイグ・ブラウンが焚き火の明かりに照らし出された仲間の顔を見渡す。

 その瞬間、薪がはぜた。遠くの枝でミミズクがひと声鳴いた。

 彼は目元だけを露出した鉄兜にプレートメイル姿で、ウォーハンマーを武器に前線で壁役を務める戦士である。

「何か由来のある場所なの?」

 そう言って膝を抱えながら小首を傾げたのは、セリナ・ヘッケラー。

 短髪で身軽な格好をしている。彼女は斥候スカウトを担当していた。

 セリナの問いにヘイグが答えようと口を開きかけた瞬間だった。

「“魔女の庭”だろ」

 その言葉を発したのは、飛竜の翼のリーダー、ブラッド・ミチェルである。上半身は心臓の辺りを覆う革の胸当てひとつとサラシのみでたくましい肉体を露にしている。腰には曲刀を提げ、毛皮のマントを羽織っている。

 そんな腕利きの剣士であるブラッドの言葉を聞いた、ヘイグがにやりと口元を歪める。

「流石はリーダー。やっぱり知ってたか」

「何さ? 何か云われがある森なの?」

 セリナが二人の顔を見渡す。するとブラッドは干し肉をかじり、水袋をぐいとあおった。

「そんな事よりクリスは?」

 ヘイグは肩をすくめてセリナと顔を見合わせてから言う。

「さぁ。メルディと二人でよろしくやっているんじゃないか?」

 ブラッドが鼻を鳴らした。

「占術師達の予報が正しければ、そろそろ穴が開いても良い頃合いだ……」

 占術師の予報には、少なくはない誤差がある。

 したがって、何日の何時何分、何処其処どこそこに必ず時空の穴が開くと正確にわかっている訳ではない。

 どんなに腕の良い占術師でも時空の穴の発生は、時間にして数日、位置は数千人規模の町ひとつ分くらいの範囲までしか絞り込めない。

 したがって、この近隣では他にも何組かの冒険者パーティがキャンプを張って時空の穴の発生を、今か今かと待ちわびていた。

「……浮わついたままでいてもらっても困るな」

 ブラッドは鹿爪らしい顔でそう言ってから、再び水袋を口にした。

 その瞬間だった。

 悲鳴の後に、怒り狂った雀蜂の羽ばたきの様な音が聞こえてきた。




 周囲に立ち並ぶ木立が夜空を覆い隠していた。

「メルディ……好きだよ?」

「もう……今は仕事中よ?」

 その木陰で男女がお互いに身を寄せあっている。

「……もう、我慢できないんだ。君と愛を語らいたい」

 男は女の肩に手を置いて、その頬に軽くキスをしようとした。

 彼の名前はクリス・ハーベイ。攻撃呪文を得意とする魔術師だ。

 その唇が頬に触れる前に、女は彼の胸に右手を突いて、するりと身を放した。

 彼女の名前はメルディ・カーマインという。治療術を操る癒し手ヒーラーである。

「だーめ。ブラッドに怒られるわよ……ウフフ」

「あんなやつ、知った事じゃないよ……僕は君が欲しいんだ。メルディ」

 クリスが右手を伸ばす。メルディがそれをひらりとかわす。

「ウフフ……もう。本当に仕方がないんだからぁっ」

「待てって」

「やーだ!」

 クリスが更に右手を伸ばす。指先が、メルディの着ている白いローブの袖に引っかかる。

 その瞬間、メルディがバランスを崩す。

「メルディ!」

 クリスは彼女の左腕を咄嗟に掴んだ。

 メルディは、そのまま後ろに倒れる。

「うわっ!」

 クリスも引っ張られ、彼女の上に覆い被さる様に倒れ込む。

 お互いの吐息を感じられる距離で見詰め合う二人……。

「メルディ……好きだよ」

「私も……クリス」

 その瞬間だった。

 突然、二人の頭の方向からガサガサと音が聞こえた。

 クリスとメルディは、はっとして顔をあげ、咄嗟に起きあがる。

 その視線の先にある木々の間から誰かが来る。

「魔物か?!」

 クリスが叫ぶ。メルディは近くの木の枝に引っかけてあったランプを手に取り、そちらの方を照らした。

 すると、その光の中に浮かび上がったのは……。

「何なの……あれ」

 見た事のない異装の者であった。

 まるで木立の中に溶け込むかの様な模様のフードつきのローブを身にまとい、右手には二人が見たことのない奇妙な物・・・・を持っていた。

 異装の者は、ふらふらとおぼつかない足取りで二人の方へ近寄ると、膝を突いて苔むした地面に倒れ込む。

 クリスとメルディは顔を見合わせて駆け寄った。

「クリス……これ」

 メルディは異装の者の傍らにしゃがみ、その背中に手を置いた。

「このローブも、靴も、みんな漂流物デブリだ!」

「ああ……これ、見てよ、メルディ」

 クリスは異装の者が右手に持っていた奇妙な物を持ち上げる。

「これも多分、漂流物だけど……こんなの見た事がない」

 何かの武器だろうか。しかし、それにしては妙に重く、取り回しも悪そうに感じられた。

「ねえ、クリス。この人、もしかすると異世界人なのかしら?」

「かもね。予報では、今回の次元の穴はかなり大きいらしいし」

 過去にそういった異世界人が、時空の穴を通って、この世界にやって来た例は少ないながらも存在する。

 そして、その誰もが素晴らしい知識や技能を持ち、世界の歴史に大きな影響を与えてきた。

「もしそうなら、大変な事だけど……」

 そこでメルディはようやく気がつく。

「クリス」

「何?」

「この人、かなり大怪我をしているみたい」

「メルディ! 治療術だ」

 クリスが言い終わる前に彼女は、倒れたままの大きな背中に右手をかざして呪文の詠唱を始めていた。

 やがて、掌から温かな光がほとばしり、異装の者の身体を包み込む。

 すると、彼が負っていたトラックに轢かれた時の怪我が見る見る間に癒えて行く。

 すぐさま彼は両手を地面に突いて、ゆっくりと起きあがろうとした。

「きゃっ!」

「メルディ!」

 メルディはクリスの元に身を寄せる。二人は共に後ろへとさがった。

 異装の者はクリスが持っているそれに目線を移すと、彼の方へ両手を伸ばした。

「何だ?」

「その変なの、返せって事じゃない?」

 メルディの言葉に、クリスは逡巡する。おかしな形をしているとはいえ武器になりそうな物を返しても良いのだろうかと。

 しかし記録によれば、次元の穴を通って転移してきた異世界人達は、謙虚で礼儀正しい平和主義者ばかりだったのだという。

 それを思い出したクリスは、少しだけ迷ったのちに、奇妙な物を足元の地面におく。

「了解わかったよ。僕達は君の敵じゃあない。君の物は返すよ」

 そう言って、クリスはメルディと共に地面へと置いたその物体から、ゆっくりと距離を取る。

「ねえ、クリス。あの人、私達の言ってる事がわかるの?」

「記録によるとこの世界を訪れた異世界人は、なぜか全員こちらの言葉を理解していたそうだよ。まるで最初から知っていたみたいに」

「でも、この人……何も喋らないけれど」

 二人がそんな会話をかわす間に、異装の者は自らの着ていたローブの前を開いた。

 その裏地には沢山のポケットがあり、そこには様々な工具が差してあった。腰には革鞘に収められたハンティングナイフが吊るしてある。

 異装の者は、そのハンティングナイフを抜き放つ。

「おい! まて。僕達は敵じゃあない。言葉はわかるか?」

 彼の動きに反応してクリスが叫ぶ。

 異装の者がハンティングナイフを振り被る。

 クリスは咄嗟にメルディを突き飛ばす。

 腰に巻いたベルトに差していた魔法のワンドを抜いて、攻撃呪文を素早く唱えようとした。

 単音節ですぐに詠唱が完了し、高い殺傷能力を持つ近距離戦闘用の呪文である。

 しかし、それより先にハンティングナイフの尖端がクリスの右眼に映り込み、そのまま吸い込まれてゆく。

 どすん、という鈍い音。

 鋭利な切っ先が右の眼窩に突き刺さる。鮮血が涙の様に溢れ出す。

 メルディが叫んだ。

「クリスっ!!」

 クリスが右手から魔法のワンドを取り落とし、力なく地面に崩れ落ちる。

 突然の事に唖然とするメルディ。

 異装の者は地面に置かれた奇妙なそれに歩みより、持ち上げる。スイッチを押して、紐を引いた。

 次の瞬間、獣の唸り声の様な音が鳴り、煙が吐き出される。

 平たい板の側面に巻かれた鎖の刃が騒音を撒き散らしながら高速で回転し始めた。

「何それ……何なのよ、それ……」

 薄暗闇を切り刻む、その禍々しい回転を目にしてメルディは恐怖する。

 この凶悪な刃は、神をもバラバラにする事ができてしまいそうだと――。

「何なの……何なのよッ! あなた一体、何なのよーッ!! 私達が何をしたっていうのよぉおーッ!!」

 メルディの絶叫に答えはない。

 なぜなら、その殺しに大した理由などないのだから。

 彼は殺人鬼。

 ただひたすらに、気のおもむくままに殺す。

 それだけだった。

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