【06】爆発
岸壁の洞窟の入り口前に、第二班が戻って来た。
ホプキンスはすぐに第二班、そして第三班の残りと共に南の森へと向かう。
それからしらばく経った頃だった。
洞窟の入り口前でクロスボウを構えていたひとりの騎士の眉間に、矢が突き刺さる。
彼は大きく目を見開いたまま、退けぞって仰向けに倒れた。
一気に場が騒然となる。
そして入り口の奥の暗がりから、突如その巨体が姿を表した。
殺人鬼である。
一班の班長のクレスが叫んだ。
「入り口の中に目掛けて射かけよ!」
残りの騎士達は入り口に寄って、次々と矢を放つ。
すると、殺人鬼はくるりと踵を返してうずくまる。
その背中に担がれていた物は、以前に冒険者から奪い取った大きなカイトシールドだった。
何本かの矢がカイトシールドに弾かれ、残りの矢が殺人鬼の頭上や脇を通りすぎてゆく。
しかし、クレスは冷静だった。
「魔術師!!」
クロスボウを撃った騎士が入り口から離れる。
すると既に攻撃呪文の詠唱を終えていた二人の魔術師が入り口の前に並び、殺人鬼へとワンドの先端を向けた。
殺人鬼は立ち上がり、振り向きざまに矢を放つ。魔術師のワンドから雷の帯がほとばしった。
矢が左の魔術師の喉を貫く。
同時に右の魔術師が放った、雷の帯が殺人鬼を貫いた。
強烈な破裂音と共に閃光が洞窟内を明るく照らす。
雷の照射が終わると殺人鬼は膝を突いてゆっくりと、その場に崩れ落ちる。
「やったか?」
クレスが洞窟内を覗き込みながら、部下の騎士二名を促して様子を見に行かせる。
二名の騎士が腰に提げた長剣を抜いて洞窟へと入る。
このとき彼らがもう少し注意深ければ、早くそれに気がついた事だろう。雷の呪文の直撃を受けたにも関わらず、殺人鬼が身にまとっていた物には、一切の焦げ痕がなかった。
そして、片方の騎士が殺人鬼の頭上へと高々と刃を振り上げた瞬間だった。
死んだふりをしていた殺人鬼は素早く起き上がり、剣を振り上げていた騎士の顎を拳で跳ねた。
一瞬にして下顎がひしゃげて首の骨が折れた。無数の歯が赤い涎と共に飛び散る。
「ひっ! 何で魔法が効かないんだ、こいつ!」
そのすぐ後ろにいたもうひとりの騎士が振り返り、逃げようとする。
殺人鬼は殴られて膝を折る騎士を蹴飛ばし、もうひとりの騎士の腰を両腕で掴んだ。
そのまま彼の身体を軽々と抱えあげて、天井に頭部を打ちつけた。
ぐしゃり、という嫌な音がした。
彼の首はおかしな方向に折れ曲がり、力なくぶらさがって揺れた。赤いしたたりが殺人鬼の足元を濡らす。
そこで入り口の外にいた第一班の面々が、
「撃て!」
クレスの号令と共にクロスボウの矢を放った。
殺人鬼は咄嗟に首の折れた騎士を盾にする。
そして針鼠になった騎士の身体を放ると地面に落ちていた彼の長剣を拾い、入り口の外にいる第一班の面々に向かって駆ける。
クロスボウを再装填している時間はなかった。
「あああ……と、取り囲め! 敵はひとりだ! 臆するなッ!!」
クレスの号令によって騎士達は長剣を抜いた。癒し手二人はライトメイスを、魔術師は雷が効かなかったので炎の呪文を唱え始めた。
しかし、天性のマンハンターに勝てるはずもなく、第一班の面々は次々と斬り伏せられてゆく。
殺人鬼には当然、剣術の心得などなかった。
しかし、その攻撃は的確だった。
胸を突き、頭を叩き割り、首を跳ねて、袈裟かけに斬り捨てる……。
その刃は攻撃の開始から最短距離で標的の急所へと辿り着く。ひと振りで確実に致命傷を与えていった。
そうして最後に、地面に転がったクレス班長の胸へと長剣を突き刺したところで、川原から帰ってきた伝令役が少し離れた森の茂みから姿を現した。
「あ……」
殺人鬼と伝令役の視線がかち合う。
少し離れた位置で睨み合う二人。
先に動いたのは殺人鬼だった。
クレスの腹から素早く長剣を抜くと、伝令役に投げつけた。
その切っ先は、綺麗に彼の腹を貫く。
「ぐふっ……」
伝令役は血を吐きこぼしながら、地面に崩れ落ちる。
こうして第一班は全滅した。
一方、南西の通路を進む第四班の残り十五名は急角度な下り坂に差し掛かっていた。
少しだけ左曲にカーブしており、幅も広い。
一行は三列縦隊を組んで慎重に進む。
洞窟内の空気は湿っていて蒸し暑い。水滴のしたたる音が断続的に響き渡っている。
やがて下り坂の終わりが見えてきた。
すると、その時だった。
「まて……」
先頭の中央でランプを左手に持った、三班の班長であるワトキンソンが、訝しげな声をあげ全体の動きを手で制した。
総員が足を止める。
「どうしたんですか……?」
ワトキンソンは部下のその質問に答える。
「あれは、何だ……?」
坂の終わりに何か不気味な物が折り重なっている。
ランプを掲げて光を当て、その不気味なものを観察しようとする。
それは猟犬ほどはある、数匹の爬虫類の死骸だった。
赤褐色の鱗を持ち蝙蝠の様な翼がはえている。それが山の様に折り重なっていた。
腹が上になっており、喉が斬り裂かれている。周囲には蝿の群れが渦を巻いていた。
ワトキンソンは、その死骸が何なのか気がつく。
「あれは火蜥蜴……!」
慌てて明かりを消そうとした。しかし遅い。
喉袋液は火蜥蜴の死後、腐敗と共に溶けだし、特殊な成分の別な体液と混ざりあって可燃性を失う。
しかし、この火蜥蜴達は死後すぐに喉袋を切り開かれていた。
そして気化した喉袋液は空気より重く下方に溜まりやすい。
ランプの明かりが、ばちりと音を立てて火花を散らした。
刹那に巻き起こる轟音と爆風。
凄まじい振動と共に灼熱の空気と炎が噴き上がり、第四班の面々を舐め尽くした。
坂の天井が崩れ落ち、すべてが闇に包まれる。
こうして第四班は全滅した。
滝壺の手前の東側に広がる川原には、既にいくつかのテントが設営されて、銀鬣騎士団の拠点が形成されていた。
そこで待機中の五班の元にも伝令により、正体不明の存在によって第一班と三班に犠牲者が出たという情報がもたらされていた。
しかし、彼らの間には、どこか弛緩した空気が漂っている。事もあろうに五班の殆どの者達は事態を楽観視していた。
ではなぜ、彼らは、犠牲者が出ているのにも関わらず油断しているのか。
その原因は、ホプキンスの存在にあった。
まず、相手はたったひとりとあったので、報告された損害は大きかったが、流石に多勢に無勢で何とかなるだろうと殆どの者が考えた。
更に伝令役の話にあった雀蜂の羽ばたきじみた禍々しい音や、敵が片手でクロスボウの弦を引いたというのは、きっと大袈裟に話しているだけだと誰しもが思った。
何故なら、この銀鬣騎士団では何か失敗をすると、ホプキンスを恐れて話を盛ったり損害を過小申告する事が常態化していたからだ。
なので、どうせ一班と三班が何かとんでもないヘマをやらかしただけだと、五班の面々は高を括っていた。
更に五班の役割はもっぱら物資の運搬と拠点の維持なので、戦いは自分達の仕事ではないという甘えもあった。
自分の役割さえこなしていれば、この銀鬣騎士団では怒鳴られる事はない。
ホプキンスが騎士団のためにと日頃から取り続けていた厳しい態度は、集団にとってマイナスの影響しか与えていなかったのである。
そして、何よりも、そのホプキンス本人がこの場にいない。
これらの要因が五班の緊張感を著しく損なわせていた。
そんな訳で、そのテントの中では四人の騎士が、木箱や樽の上に腰をかけてカードゲームに興じていた。
「……そういやさ、マークよ」
「何すか、先輩」
新米騎士のマーク・ウベルヌは、テーブル代わりの木箱の上に置かれた山札からカードを一枚取って手札に加えた。
すると、彼の正面に座る先輩騎士のヨックが底意地の悪い顔で言う。
「……これは噂なんだが、うちの班長、お前のケツ狙っているらしいぜ……へへ」
マークは凍りつく。
五班の班長は、副官でもあるジョナサン・コールファクスである。熊の様な筋骨隆々とした大男であった。
「……え、何すかそれ」
他の二人の騎士が爆笑した。
マークはその場にいた三人の顔を見渡して慌てる。
「班長って、奥さんと子供、いるんすよね?」
ヨックがほくそ笑む。
「あの人、両刀使いだぜ」
「まじすか……」
唖然とするマーク。
そして彼の右隣の騎士が更に耳を疑う様な事を言い始める。
「そもそも、班長はずっと前から、うちの団長の聖騎士様にオネツだからな。奥さんとの仲は冷えきってる。ま、団長には相手にされていないが」
「嘘でしょ……」
マークは自らの尻穴の危機に震え上がった。
するとヨックが冗談めかした調子で肩をすくめる。
「うちの団長、顔だけは良いからな……まるで、どこぞの王子様みてーにさ」
すると、他の二人の騎士が腹を抱えて笑い始める。
「あははは……王子様! やめてくれ。あんな王子様がいるかよ!」
「じゃあ、やっぱ、お姫様だとでも言うのかよ? ぎゃはははは!」
「やめろ、本当に笑い死ぬ……ひゃはははは。あの悪魔が、そんな上等なシロモンかよ?」
マークはこの任務が終わったら、絶対に田舎に帰ろうと決意した。
その瞬間だった。
川原の南東の方角から凄まじい爆音が轟いた。




