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異世界のいけにえ  作者: 谷尾銀
第三章 異世界〈1025〉
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【04】マンハンティング


 その音が聞こえてきたのは、銀鬣ぎんりょう騎士団第一班の五名がロザリア姫を追って洞窟へと入り、しばらく経ったあとだった。

巨大狩蜂ジャイアントワスプか?」

 洞窟の外で待機していた騎士のひとりが誰にでもなく言った。

 その近くにいた別の騎士が首を横に振る。

「この辺りには巨大狩蜂はいないはずだ」

 既に伝令役は滝壺の南の川原にいるホプキンスの元へと向かっていた。更にこの洞窟と通じた入り口が他にないか、第二班と三班が付近を捜索中である。

 そして洞窟の入り口を、クロスボウを構えた第一班の十名が扇状に取り囲んでいる。その後ろに魔術師が二名、癒し手が二名控えていた。

 その彼らの耳に絶叫が届く。

 入り口の騎士達はそれぞれ険しい表情で顔を見合わせる。

 それからしばらくして雀蜂の羽音の様な音が止んだ。

 全員が息を飲んで洞窟の奥を見据える。

 そして、音が止んでからずいぶんと経った。

 ぞり、ぞり、……と何かが地面を引きずる音が徐々に近づいて来る。

「何だよ、この音……」

 何かが暗闇の奥から地面を這って来ようとしている。

 入り口を取り囲む十人は息を飲んだ。

 やがて、その音源が日の光の届く位置に姿を現す。

 それは姫達を追って洞窟の中へと入っていった五人のうちのひとりだった。

「お……おぁ」

 彼は右手を伸ばして大きく呻き、力尽きる。

 その両足は膝上から先が綺麗に切断されて無かった。おびただしい血痕の帯が洞窟の奥から続いている。

 二人の騎士が力尽きた仲間に駆け寄り、洞窟の外へと引きずり出す。

 その回りを他の騎士が取り囲む。

「おい! おい! 大丈夫か……?!」

「はやく治療術を!」

 癒し手達が駆け寄る。

 両足を失った騎士は、震える目蓋を押し上げて青ざめた顔で言う。

「と、鳥……の、ば……化け物」

 再び脱力したあと、彼は二度と目覚める事はなかった。

 治療術は間に合わなかった。




「ここか。姫と元近衛隊長が逃げ込んだという洞窟は」

 洞窟の前から離れた伝令役が、滝壺の南の川原で待機中だった第四班を引き連れたホプキンスと共に戻って来た。

「……現在、第二班と第三班が付近に他の入り口がないか捜索中。我が班の五名が姫達を追って、洞窟内へと侵入しましたが、そのうち四人が未だに帰って来ません。戻って来たひとりは……両足を失い、死亡しました」

 そうホプキンスに報告したのは、洞窟の入り口を見張っていた第一班の班長だった。名前をクレスと言う。禿頭で目の細い中年だ。

「ふむ。それから……?」

「ええっとですね……」

 それからクレスは、ホプキンスに雀蜂の羽音の様な音と共に聞こえて来た仲間達の絶叫について報告する。

 更に生還した騎士の遺した最後の言葉も……。

「鳥の化け物……グリフォンか?」

 ホプキンスは少しだけ思案したのち、洞窟から少し離れた地面に寝かされたままの、両足を失った騎士の死体を一瞥いちべつして言う。

「とりあえず、二班と三班が戻るまで待機だ……このまま、ここを見張れ」

「中の四人は……」

 報告に当たっていた騎士は眉間にしわを寄せる。

「どうせ死んでる」

 ホプキンスは冷たく言い放った。




 銀鬣ぎんりょう騎士団の第二班二十名は断崖沿いを東へ。

 そして第三班は洞窟の南に広がる森を、等間隔で東西に横一列となって探索を続けていた。

 その隊列の西端を歩くクロスボウを構えた騎士が、太い幹の古木の右側を過ろうとした。

 自分の左隣を歩いていた仲間達の姿が古木の陰に隠れて見えなくなる。そこでふと男は気がついた。

 古木の幹に空いていた虚から這い出る大きな影に。

「うわあああっ!!」

 悲鳴が上がった。




 第三班の隊列の西から二番目の騎士が、その古木の右側を通りかかった。

 右隣の西端を歩いていた仲間の姿が古木の影に隠れて消える。

 すると、その途端に悲鳴が轟いた。

 三班の全員が足を止める。

「どうした?!」

 班長のエミリアが声をあげる。彼女は栗毛の女騎士だった。ホプキンスとだいたい同年代ぐらいである。

「マイクが……」 

 騎士のひとりが古木を指差しながら言った。

 マイクとは、古木の陰に消えた、西端を歩いていた騎士の事だ。

 エミリアは神妙な顔でハンドサインを出し三班を集めた。

 ゆっくりと古木へと近づく。

 すると古木の影からクロスボウを構えた影が飛び出す。

 殺人鬼である。

 彼は奪ったクロスボウを撃ち、一番近くにいた騎士の胸に矢を叩き込んだ。

 その騎士が口の端から血を滲ませながら崩れ落ちるより早く、エミリアが「かけよ」の号令をくだす。

 一斉に弦の弾ける音がして十数本の矢が飛び交う。

 殺人鬼は素早く古木の影に隠れてかわす。クロスボウの弦を引いて奪った矢筒から矢を装填した。

 再び古木の影から顔を出し、もうひとりを射殺いころす。

 普通ならクロスボウの弦は先端についているあぶみという輪っかを片足で踏みつけながら、背筋と両手を使わなければ引く事が出来ないほど重い。

 しかし殺人鬼はそれを片手で、いとも容易くやってのける。

 しかも、それだけではなく射撃の腕前も一流だった。

 眼窩に、喉元に、胸に、眉間に……木陰を盾にしながら、淡々と第三班の騎士達に矢を撃ち込んでゆく。

 鈍い音と共に鋭い矢尻が次々と防具を貫き、人肉を穿つ。

 あまりにも早いクロスボウの連射速度と高い射撃精度に第三班は次第に対応できなくなり、総崩れとなった。

 更に七人ほどが射殺いころされたところで、残りの十二人が北へと退却を始めた。

 殺人鬼は更に三人の背中にクロスボウの矢クォーレルを突き刺す。

 そして残りの九人を深追いしようとせずに、再び古木の虚へと姿を消した。




「何だと……このわずかな時間で十一人がたったのひとりに……」

「申し訳、ありません」

 ほうぼうのていでホプキンス達のいる洞窟前まで逃げ帰って来たエミリアは、報告を終えると肩を落としこうべを垂れた。

 ホプキンスはそんな彼女の頬をレイピアの護拳で殴りつけた。

「敵前逃亡とは何たる事かッ! 恥を知れッ!!」

「すっ、すいません……」

 ホプキンスの父親は教会でもそれなりの権力を持つ聖職者であった。ホプキンスが若くして聖騎士の叙勲を受ける事が出来たのも父親の口添えのお陰であった。

 そんな父親は厳格で、家庭では常に強権的な振舞いをする男だった。

 いつも怒鳴り声をあげ、母やホプキンスを事あるごとになじった。時には手を上げる事もあった。

 そして何時も最後には決まって、こう言った。

 『全部・・お前らのためだ・・・・・・・』と……。

 当然ながら父の事が大嫌いだったホプキンスであったが、今の自分が彼とまったく同じ様な振舞いをしている事に気がついていなかった。

「それにしても……その鴉の仮面を被った男は……」

 ホプキンスは整った顔を歪ませて考え込む。すると三班の生き残りのひとりがおずおずと声を上げる。

「あの……団長」

「何だ?」

 ホプキンスは不機嫌そうに返事をした。

「……その、この森の伝説の魔女は、鴉の仮面をかぶっていたといいます……だから」

「貴様! 魔女だの呪いだのの戯言はやめろといっただろうッ!」

「ひっ、申し訳、ありません」

「糞、どいつもこいつも……」

 ホプキンスは舌を打ち、洞窟の奥に渦巻く闇を見据えた。

「第四班は、ここの入り口から姫達を追え」

「しかし、むやみに踏み込むのは危険では?」

 四班の班長であるワトキンソンが困り顔で肩をすくめた。彼はまだ若い細身の男だった。

 ホプキンスは、そんな彼の物言いにうんざりする。 

「良いか? 馬鹿なお前にもわかる様に言ってやる。仮面の男が笛吹き男だとしたらどうだ?」

「あ……」

 ワトキンソンは目を見開く。

「そして、一班の者が遺した『鳥の化け物』という言葉が、その仮面の男の事を指しているならば、この洞窟には他にも入り口があるという事になる……笛吹き男と姫達は洞窟の中で落ち合うつもりなのかもしれない。そうなったら、我々の敗けだ。どうだ? 理解できたか?」

 ワトキンソンはこくこくと頷く。

「わかったのならば、早く行け! グズグスするんじゃあないノロマが!」

「はっ、はい!」

 四班の二十名は、明かりなどの準備を整え、いそいそと洞窟の中へと消えてゆく。

 そんな彼らを見送りながらポプキンスは鼻を鳴らす。

「……二班が戻り次第、三班の残りと共に、鴉男が出現したという古木のあった場所へと向かう。その近辺に洞窟へと通じた入り口があるのだろう。一班はこのまま、ここを見張れ。それから誰か川原で待機中の味方に伝令。五班に状況の報告を……」

 一班と三班の騎士達は勢い良く返事をしたが、その表情は明らかに雲っていた。

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