第106話:ある病院の風景2
肩を掴まれて逃げる事の出来ない俺。この汗は暑いからだな。体がゾクッとするのは気のせいだ。
俺が変な汗をかいてると肩から巴の手が無くなった。
と思ったら巴が俺の前に現れた。思わず一歩下がる俺。そんな俺の顔を巴は両手で固定した。
今、俺の顔はミンクの毛皮…じゃなく、ムンクの叫び見たいになってることだろう。
俺の顔をジーッと見る巴。どうしていいのか悩む俺。
数分間俺の顔を見ていた巴はいきなり俺に抱きついてきた。
呆然としていた俺は一切抵抗出来ずに抱きつかれた。
俺は持っていた缶コーヒーを落とした。再び転がって行く缶コーヒー。
「…まこっちゃん…。」
巴は俺の体に腕を回して顔を胸に埋めている。
「巴、どうした?ってか俺汗臭いぞ。離れろ。」
「いい。気にしない。」
巴は首を横に振りながらまた俺の胸に顔を埋めた。
いや…気になるのはお前じゃなくて俺なんだが。
「でもちょっと汗の匂いがする。」
「だろ?だから離れろって。」
巴は返事をする代わりに腕に力を込めた。節々が痛い俺には中々キツイ強さだった。
「巴、ちっと痛い…。離してくれ…。」
「イヤ!離さない!」
巴の突然の大声に俺は体をビクッと震わせる。
「…巴?」
「イヤ!離したくない!離したらまこっちゃんがまたどっか行っちゃいそうだから!」
俺は何も言えなかった。ただ巴の声を聞いていた。
「イヤだよ…。行っちゃヤダよ…。」
その時俺は気付いた。俺の体に当る物に。熱い俺の体にポタポタと垂れる冷たい物に。
「巴…。泣いてるのか…?」
「泣いてなんかない!」
「だったら見せてみろよ。」
「イヤ!」
「見せろって。」
「イヤ…。あっ…。」
俺は強引に巴の顔を上に向かせた。巴は両目から涙を流していた。
「巴…。」
「泣いてないん…だから…。泣いて…なんて…ック…ウァ〜ン!」
巴は再び俺の胸に顔を埋めた。そして声を上げて泣き出した。
「心配したんだから!まこっちゃんが居なくなっちゃうって!どこか行っちゃって!もう目を開けないかもって!ずっとずっと心配してたんだから!」
俺は何も言えなかった。言えるはずが無かった。巴の言う通り居なくなろうとしてたんだから。
「巴…。俺はお前が10年以上一緒にいた『男』の俺じゃない。今は『女』なんだ。戻る可能性も0に近いんだ。」
「そんなの関係ないよ。まこっちゃんはまこっちゃんなんだから!」
「いずれ『男』の俺は皆の記憶から消えるかも知れない。」
「そんなはずない!嵐だって優さんだって舞ちゃんだって忘れないよ!たとえ皆が忘れても私は絶対に忘れない!忘れないんだから…。」
巴は顔を上げて俺を見た。
「…だから…どこにも…行かないでよ…。居なくなったらイヤ…だよ…。」
巴はそれ以上言葉を発しなかった。いや、発する事が出来なくなったのだろうか。また声を出して泣き出した。
「巴、ありがとう。」
俺は片手で巴を抱きしめ片手で巴の頭を撫でた。
石膏のせいで巴の髪の感触は判らなかったけど巴が落ち着くまで俺はソレを止めなかった。