背けた視線
初めて小説というものを書いたものになりんす。
下手くそっす。
ご愛嬌。
2050年、日本の企業が「物の情報の可視化」することができるオーグメンティッド・リアリティ・コンタクトレンズ(ARCL)を開発した。
その後3年間でARCLは急速に普及し、総人類の約半数が使用するようになった。
開発成功の当初は全ての情報を持っている媒体が存在し、その媒体を通じて全てのARCLに情報が送られていたが、改良されたことにより個々のARCLが独立し、情報の交換を行う事ができるようになった(管理媒体は存在する)。例えば、自機器が持っていない情報を持った他機器と向かい合う(目を合わせる)ことで他機器から新しい情報が送られるという事ができる。
生活に便利を極めた。
ARCLの主な機能は、見た物が「いつ」「どこで」「誰が」「どのように」作ったのかがわかること。または、ナビゲーションのように目的地への道筋が表示されることである。
ただ、もう一つの機能に問題があった。それは「人の情報」を見ることが出来る機能だ。
その人が嘘をついているかついていないかはもちろんのことだが、特定個人をみた他機器のARCLにはその人の行動記録が残っているので、整理をすればその人間の全てがわかる。
そこで、改良され、情報の意図的ブロックも可能となった。
これが2055年の出来事だ。
そして2058年、G20を始めとする多くの国がARCLの着用を16歳以上に義務するとした。
この話はその10年後の話。
部屋を出るのは2週間ぶりだろうか。彼は都会を包む空気に舌打ちをしながら、日光が鋭く反射する歩道を歩いている。
「待ち合わせは駅前のドトール・・・」
誰かと待ち合わせをするのは初めてだろうか。
いや、初めてではないかもしれない。小さい時に1度、いや少し大きくなった中学生くらいか、はたまた親と小さい時にやっぱり待ち合わせをした気がする。(今となっては18年も昔のことだが、彼も周りの人と同じようにこの世に生を受けた。昔から周囲と溶け込むのが苦手で友達はいなかった。だから、『待ち合わせ』とは無縁の人間であった)
そんなことを考えながら歩いているうちに彼は道に迷ってしまった。家を出て5分しか経っていないはずだ。それなのに、見たことのない看板。見たことのないビル。見たことのない家ばかりである。
家の近くなら迷うはずがないと大勢は言うだろう。しかし、彼はそうなっても仕方がない。
彼は家から徒歩5分程度のコンビニエンスストアしか活用しないからだ。確か、2週間前の外出先もそのコンビニエンスストアだ。
自分のための今の行動ならば時間に間に合わなくても仕方がない。ただし、今回は人との待ち合わせだ。
彼は長らく使っていなかったARCLを起動した。
最初に彼の体温、体内水分量が表示された。次に今日の天気、気温、湿度。
彼のARCLは1つ前の型で、オブラートで目を覆われているように錯覚する。
それが彼には外に出るにあたって都合が良いのだ。目を合わせなくて済むからだ。
起動して僅か18秒、待ち合わせの場所への道筋が表示された。ここからちょうど15分の道筋だ。
そもそも、なぜ彼が彼にとっての遠出をしているのか。
それは昨日の出来事である。
彼はいつも通りVRゲームをしていた。
午後の5時くらいだっただろうか。彼のパソコンに1件のメールが送られてきた。
『初めまして。今沢縋さん。あなたに用があって連絡しました。
いきなりで驚いたでしょう。あなたのパソコンには普段Amazonか楽天からしかメールがこないのですから。まあ、ほとんどの方が今の時代パソコンなんて使いませんけどね。
とにかく、明日の正午、駅前のドトールに来てください。話があります。あなたの''人生の障害''について。』
彼はこのような手のものにひっかかる様なマヌケではなかった。
しかしそれは最後の1文が無ければの話だ。倒置法で強調してある。おそらく相手もそこで釣るのが効果的と考えたのであろう。
彼はその事をよく理解した上で待ち合わせ場所に向かうことにした。
そして、今に至る。
待ち合わせ時刻の2分前。駅前のドトールに着いた。
刻一刻と迫る時針に食らいつこうと走った。走るのは数年ぶりだった。
滴り落ちる汗を拭い、目の前の店の自動ドアの前に立つ。そっと、呼吸を整える。
"人生の障害"とメールには確かにかいてあった。彼には思い当たる節がある。
その件の話ではないかという不安からの焦燥を隠せないでいる。
無情にも自動ドアはスムーズに開いた。
店内に入ると涼しい風が彼を包む。 辺りを見渡す。が、誰も声を掛けてはこない。「自分はメールの送り主を知らないが、相手はこちらを知っている」と相手のメールでの口ぶりから彼はそう考えていた。
入口からこちらは見えにくく、こちらからはよく入口が見える位置にある席についた。ちょうど手前から6番目で、柱に挟まれている席だ。
客入りは良く、約30席の3分の2は埋まっている。広々とした空間にはコーヒーの香りが漂っている。しかし、緊張している彼にはどうでも良かったら。
10分くらい経っただろうか。セルフサービスの水の3杯目を飲み終える頃、そいつは現れた。
一目見た瞬間、そいつがメールの送り主だと彼はわかった。店内に入ってきたスーツ姿の女の公開情報が、彼のARCLに「メールの送り主は私です。」と表示されているからだ。
あちらからは見えない、と踏んで選んだ席だったが、女は入った瞬間にこちらに気付いたようだ。
「僕に話ってなんですか」
女が席に着くなり、彼は真っ先に質問をした。相手のペースに乗せられるとまずいと思ったからだ。
女は何がおかしいのか三白眼を不気味に歪ませニタニタと笑っている。
少しの間待っていたが、女は笑っているだけで一向に口を開こうとしない。
彼は声色を変えてもう一度聞く。
「僕を呼んだのは何故だ」
それでも答える気が無いと言ったようにニタニタ笑っている。
彼は"人生の障害"の事が気がかりでしかなかった。彼が想定する最悪の場合では刑務所生活が待っているだろう。
堪忍袋の尾が切れ、立ち上がり声を荒げようとした瞬間。
女が口を開いた。
「あなたを呼んだ理由、ですか?それはあなた自身が一番お分かりなのでは?」
確かにその通りである。前述の通り、心当たりはある。
遊び半分だった。ゲームの延長戦だった。誰もが着けているARCLを使ってイタズラが出来ないか考えただけだった。自分が作ったものを父母に褒めて欲しかった。
「確かに、僕には心当たりがある」
「ですよねぇ。あなたはトロイの木馬型ARCL用マルウェアを開発なさった・・・。実に素晴らしい」
「は・・・?」
彼にとって予想外の一言であった。
彼が予想していたのは女は警察官でマルウェアを開発した自分を逮捕しに来たと。もしくは、記者で揺すりに来たと。
彼は驚いた。と同時に憤りも込み上げてきた。なぜなら、そのマルウェアを作ったことにより、自分の人生は破綻した。そいつを素晴らしい。そういったのだ。その女は。
彼は女を睨みつける。
女は困ったように。
「待ってくださいよ。確かにあなたはそのマルウェアで両親を不幸に陥れました」
「黙れ」
彼の静止が聞こえないのか女は続ける。
「ですが、そのマルウェアは素晴らしいですよ!ARCLの情報ブロック機能の削除だなんて!」
「黙れ」
女は嬉嬉として語る。
「そんなこと誰が思いつきますか!?実に素晴らしいです!両親が互いに隠していた秘密を見せ合わせるだなんて・・・」
「今すぐに黙れ」
彼は怒りを露わにした。
「確かに僕が作ったマルウェアは傑作だ。見えない情報を見えるようにするからな。感染させるのは目を合わせるだけで済む上に、トロイの木馬だから発現させても気づかれることはない。現に僕の両親は気づかなかった」
「よくお分かりで」
「でもな、隠していた情報が出るのはどういうことかわかるか?」
「素晴ら・・・」
またもや人情味の無い答えをしようとしたのですぐさま遮る。
「そういう事じゃない。僕の両親は共に不倫をしていたんだ。それが僕のマルウェアによって双方に明らかになった」
彼は自分が今まで誰にも明かさなかった心の癌を吐いた。
「僕は別に彼らが愛し合っていなくても構わなかった。僕が愛していたのは両親そのものではない。両親と一緒にいる空間だ。それを僕は自ら壊した。怖いんだ。見えない情報があることが。なんでも見えるはずのこの世界でも見えないものがある。それだけで気がどうにかなりそうなんだ」
彼は項垂れた。過去の誤ちのフラッシュバックと同時に疲れが出たようだ。
しかし、女は話など聞いていなかった。
「あなたのマルウェア、発現させてもいいですか?今すぐに。いや、しますね?」
彼は何を言われているのかわからなかった。
両親を不幸にしたマルウェア。
そして、彼が家から出られなくなった原因であるマルウェア。
「何を言っているんだ?あの悪魔を使用するだって?そんな馬鹿げた話がはないぞ。あいつは俺が処理したはずだ」
女は満面の笑みでこう返した。
「我々が回収致しました」
目の前が真っ白になった。不幸の元凶を処理しきれていなかったことに。
しかし、彼は一つの望みに掛けて口を開いた。
「自己伝染、自己繁殖は出来ないはずだ」
そう、トロイの木馬は通常自己伝染と自己繁殖が出来ないのである。
インターネットにおいてイタズラや犯罪に使用される【マルウェア】。
マルウェアと一口に言っても、実に様々なものがある。最も単純なマルウェアの分類は「ウイルス」「ワーム」「トロイの木馬」である。
まず、ウイルスとワームは自己伝染機能と自己繁殖機能を持ち合わせているという共通点があるが、ウイルスが他のプログラムに寄生しなければ存在できないのに対して、ワームは宿主を必要とせず単独で存在できる。
そして、彼が作ったトロイの木馬は自己伝染機能と自己繁殖機能を持っていない。
つまり、彼の作ったマルウェアはばら撒くことは出来ないのである。
女が言っていることはハッタリである。と彼は結論付けた。
しかし、その希望は女の一言によって掻き消されてしまう。
「改良しました」
満面の笑みで女は言った。
「自己繁殖と自己伝染の機能をつけ足しました。三年前にはすでに社会に出回ってます。つまり、あなたが作成した三年後です。マルウェアは人々の目から目へ飛び移り、繁殖を広げました。一週間前にはARCL着用人口の99,9・・・・・・%が感染しました。非感染者は、私と私の関係者、そしてあなたです。しかし、なぜあなたが感染しなかったのか。それはあなたは対人恐怖症だからですよね。あなたは誰とも目を合わせる事ができない。よって、感染していません。」
彼は自分が対人恐怖症だということを悟られたくなかった。彼は自分が異常だと分かっている上で人と目を合わせることができない。
何としてでも自己の病を悟られてはならない。だから、彼は女と目を合わした。
「どうだ・・・これで俺は対人恐怖症などではない・・・」
彼は理屈っぽいこの女に反論されると思った。しかし女はあっさりと自分の非を認めた。
「確かにそうですね。ありがとうございます」
何が【ありがとうございます】なんだと思いながらも彼は安堵した。それは、自分がまだ社会と馴染むことができる、という自分への暗示をかけることに成功したからだ。
女はショルダーバッグからおもむろに何かのスイッチを取り出した。
「それは、なんだ?」
昔、多く普及していたiPhoneのような形をしたものの上に〈on〉と書いてある。
「見てわかりませんか?起動スイッチですよ。マルウェアの。押しますよ」
「ま、待て!待ってくれ・・・」
彼の反旗も虚しく女は起動スイッチを押した。[ピコン]と言うような安っぽい音が鳴った。
「さあ、世界収束です」
まず始めに聞こえて来たのは店内からの怒号。
店長と思しき人が叫んでいる。
「お前!勝手に俺の金を盗んでやがったのか!」
「違いますよ。誰がそんなことするんですか」
冷静に応えているのは眼鏡をかけた大学生くらいの好青年。
「俺のARCLには映ってんだよ!【71日前、郷田圭の財布から2万円盗む】ってな!白状しやがれ」
それまで冷静に対応していた好青年の顔は青ざめだした。
「いや、、違うんです。やってないです、、」
「いーや、違わねえ。説明しろ」
「ブロックしたはずなのに映るわけないだろ!?!?」
と言った具合に。
店外、いや世界中でも同じようなことが起きていた。友達同士での軽い嘘は小さなものだったが、ひどいものでは殺人についての情報も見える人がいた。もちろん、不倫なども。
女はその光景に口を綻ばせていた。
恐る恐る彼は女に尋ねた。
「どうして、こんな事を・・・?」
「単なる娯楽ですよ」
顔色一つ変えずにそう答えた。彼には全く意味が分からず、軽蔑の目を女の方へ送った。
しかし、女は笑いながらこう言うのであった。
「今沢さんがこのマルウェアを作った時の感情と同じ気持ちだと思いますよ」
そして、女は続けた。
「それと、あなたにはある仕事があります」
「仕事とは・・・なんだ?」
「この世界を壊れないようにすることです。今、この世界は一気に情報で溢れました。これでもうお分かりでしょうか?」
女は期待した風な顔で彼に尋ねた。
しかし、当の彼は全く理解していなかった。
「どういう事だ?」
女は期待外れと言いたそうにため息をついた。
「世界に情報が溢れすぎるとARCLの管理元がパンクしてしまいます。そうなると、娯楽が長く続きません。だから、捌け口が必要なのです。そう、、、あなたのような空っぽの頭が」
彼は全てを理解した。
その瞬間、彼の頭に膨大な量の情報が次々に詰め込まれた。幼き頃の美しき思い出は泡沫の様に弾け飛び、その代わりに全世界の情報が入った。某大統領の汚い人間関係や、有名アーティストの薬物etc。
彼がここに呼ばれたのは口止めのため。マルウェアの発生源を知っている一般人は彼のみ。それと同時に娯楽を続けることができる。
そして、情報を送るためにはARCLの接続が必要。だから、目が合った時、女は【ありがとうございます】と言ったのだ。
全てのパーツが組み合わさったが、彼自身の記憶は溶けるばかりだ。
彼の脳はキャパシティを超え、パンクした。
ある雪の降る年。異国の少女は笑顔で周囲の大人に挨拶をする。
しかし、その挨拶に返す声はない。目を合わせることも。
少女は挨拶をすることを諦め、身だしなみを整えようとする。だが、いくら探しても鏡はない。家、店、どこにも窓ガラスすらない。
やっと自分を写すことが出来たのは鏡ではなく、凍った湖の表面であった。
これでやっと身だしなみを整えられる。少女は喜び、ゆっくりと氷に写った自分の顔に視線を向ける。
少女は眼を背け、どこかへ駆けていった。
初めて小説というものを書いたものになりんした。