第四話 紹介と告白(後編)
◇◇◇◇
「事態は収束したわけではない。王政府軍は一端散り散りになったが、すぐに反攻を開始した。
今となっては、むしろ優勢とさえ聞き及んでいる。
王権の再興とて、決して夢物語ではないのだ。
私を故国へ連れていけば、相応の見返りは期待できよう。
いや、何も、紛争に加担してくれと言っているのではない。味方に合流してくれさえばいい」
船長が問いただすと、ナギが滔々と理由を述べた。
「なるほど。一ついいかな?」
ナギの説明に納得して、船長がもう一度聞いた。
「な、何だ?」
少女が聞き返した。
「その当てとやらが外れたら、一体どうするつもりなんだい? 何か担保でもあるのかな?」
「それは……」
船長の追及に、ナギは目を泳がせた。
「その時はだな……、ええい! その時は、この身を好きにしろ! 元の肩書が肩書だし、自慢ではないが、私は容姿には自身がある。人買いに売るなりすれば、それなりの金になろうぞ!」
啖呵を切ったナギであったが、足はガクガクと震えている。
「分かった分かった」
ナギの覚悟に、船長が絆された。
「良かった。これで契約成立だな」
ナギが胸をなでおろす。
「それじゃあ、僕は船橋に戻るよ。君は、取りあえず体を休めな。もう少し元気になったら、船内を好きに見て回ればいいさ。ようこそ、仮のお客様」
改めて、ナギを歓迎する船長であった。
「あ、ちょっと待ってくれ」
さっさと立ち去ろうとした船長を、ナギが呼び止めた。
「何かな?」
船長が振り返って聞く。
「後になって、約束を反故にするのはナシだぞ。厄介払いとばかりに、海へ放り出されては堪らんからな。あとだな……、私の裏をかいて、敵に引き渡すとかも出来れば勘弁してくれ」
矢継ぎ早に、不安を暴露するナギである。
「君ね――」
船長が呆れて続ける。
「ずいぶんと厚かましいと思ったら、潔かったりヘタレだったり……。一体何なんだ?」
「……し、思春期の女は不安定なんだ。分かってくれ」
船長が聞くと、ナギが恥ずかしそうに返した。
◇◇◇◇
「暇だな」
「そう」
「この船には何かないのか?」
「何かって?」
「……遊戯施設とか」
「そんなもの無いよ」
ナギと船長の不毛な会話が続いていく。
救助劇からしばらく経った、ある日のブリッジであった。
「それにしても、この狭苦しくて分厚い窓は何だ? まるで防弾ガラスだな。まったく、これではよく見えんではないか」
小さい窓に顔を押し付けて、ナギは外を眺めていた。
漂流していたナギにとっては忌まわしいはずの海原でも、喉元を過ぎれば何とやらである。
「あー、それにしても暇だ。何とかならんか?」
「だったら――」
駄々をこねるナギに、船長が提案する。
「前も言ったけど、そんなに暇なら、船内を見て回ったらどうかな? 慣れている僕には分からないけど、君にとっては面白いかもしれない」
「おおっ! それもそうだな」
船長の勧めにナギが乗った。
図らずとも客として迎えられたナギは、既に全快して、クルーズを満喫中であった。
「では、散策に勤しむとしよう。行ってくる」
ナギが言って、ブリッジを後にする。
「そう言えば――」
出て行くナギを見届けて、船長が切り出した。
「――ということがあったんだけどね」
船長が語ったのは、ナギとの客室での経緯である。
「なるほど」
聞いているのはやはり、航海士の女である。
「おそらく真実でしょう。ナギ王女の容貌は、データベースと一致します。もっとも、データベースとは言っても、噂話を切り貼りしたお粗末な物ですが……。クーデター云々は初耳でしたが、これも致し方ありません」
淡々と答える女であったが、相変わらず突っ立ったままである。
「まあね」
船長が相槌を打った。
「今時、碌なメディアもないしね」
「御意」
船長が言って、女が同意する。
…――…――…――…
この時代、人々は海を拠点としている。
世界の滅びはあっさりと訪れた。
温暖化による海面上昇の末に、寸土を巡っての大戦争が起きたのである。
情け無用のサイボーグ兵士が暴れ回り、制御を失った自立兵器が、目に付く人間を手当たり次第に殺して回った。
最終的には無数の核弾頭が国を焼き、世界を火の海に包んで、騒動は終結した。
太古からそびえる霊峰は削られ、極地からは莫大な氷が溶けていった。
ただでさえ、上昇していた海面である。
水位は一気にせり上がり、陸地の悉くが海へと沈んだ。
かつての集権的な国家は、こうして失われた。
今となっては、各海域の権力者が群雄割拠する有様であった。
さながら海洋版の封建社会である。
ある者は申し訳程度に残った岩礁を、またある者は船舶やメガロフロートを拠点に、国を作って好き勝手に治めている。
マスメディアはもちろんのこと、コンピューターネットワークすらも、もはや遠い過去の存在である。
そもそも、勢力間の交易も疎らであった。
お互いの状況は、アナログの広域通信機を使って把握するしかない。
ちなみに封建社会であるからには、下剋上は当たり前の物騒な時世である。
ナギの経験談は相応に説得力があった。
…――…――…――…
「あの時は、情緒が少し不安定に思えたけど」
船長がナギの様子を思い出す。
「よほど辛い目に遭ったのでしょう。加えて、あの年若さでしたら、むしろ当然と言えます」
女が答える。
「そういうものか」
「そういうものです」
船長が「そうかい」と納得した、その時である。
「あ」
女が何かを察した。
「船長、その不安定な王女にトラブルです」
女が言った。
「何があった?」
船長が聞く。
「迷子です」
「何だって?」
船長には、女の言う意味が分からない。
「ナギ王女が船内で迷っています」
「ふむ」
女の搔い摘んだ説明に、船長が顎を撫でた。
「君が行ってやって。その方が早い」
船長の命令である。
「畏まりました」
女が出ていくのを見届けて、船長は再び読書に戻った。