第四話 紹介と告白(前編)
◇◇◇◇
「……うん? ここは?」
少女が目を覚ますと、そこは見慣れない部屋である。
ここ最近の少女にとっては、二度目の知らない天井であった。
部屋は白一色で染められていて、壁際には薬品棚が置かれている。
「病院? それにしてもどうして?」
腕に刺さっている点滴針を見て、少女は混乱した。
「えっと、確か私は艦にいて……」
少女が記憶を辿っている時である
突然、部屋の扉が開いた。
「な、何者!」
少女が誰何した。
現れたのは、士官服の少年と、少女を助けた航海士の女である。
「ご心配いりません。ここは医務室です」
丁寧な口調で少年が言った。
「ここはどこだ? 艦長は? 私の近衛隊はどうなった?」
少女が捲し立てる。
「えっと……」
少女の剣幕に、少年が気圧される。
「ちょっと耳を貸して」
少年が女に言った。
「どうなっている?」
少年の耳打ちである。
「おそらくは、一時的な記憶の混乱でしょう。辛い目に遭った時、人間はしばしばそれを忘れるのです。脳に異常はありません。すぐに戻ります」
女が淡々と説明した。
「そう」
少年が納得して、少女に向き直る。
「貴女は漂流されていたのですよ。覚えておいでですか?」
少女の記憶を誘導するように、少年が聞いた。
「漂流? ――そうだった。私の乗っていた艦は、あの時撃沈されて……」
そこまで言って、少女は考え込む。
「ああっ! 思い出したぞ! 私は漂流していたのだ。最初は抵抗があったが、生の魚は存外悪いものではなかった。やはり食わず嫌いは良くないな。いやいや、今はそんなことどうでもいい」
少女の一人漫才を、少年と女は黙って見守っていた。
「そうすると、ここはあの時の船か!」
全てを思い出して、少女が言った。
少年と女が揃って頷いた。
「ようこそ、客船ガルーダ号へ。貴女は久しぶりのお客様です」
少年が歓迎の言葉をかける。
「そうか、助かったのか……」
安堵して、少女はもう一度眠りに落ちた。
◇◇◇◇
それから数日後である。
「ほう、結構いい部屋ではないか」
目を覚ました少女は、客室に通されていた。
綺麗に洗濯された軍服を着て、少女は室内を見分する余裕さえ見せている。
部屋の四方は木張りの壁に覆われており、赤い絨毯は染みがなく毛が立っていた。
高価な調度品も相俟って、シックな雰囲気を醸し出している。
「それにしても――」
一通り見終わって、少女が呟いた。
「奇妙なものだな」
少女が締め括る。
それもそのはずで、客室と言う割には、窓が一つも無い。
もっとも、客室に限った話ではない。
医務室からここに至るまで、少女が外を見る機会は一度もなかった。
全てが人工の光で統一され、その大きさに比べて船内全体が妙に狭苦しい。
「これが噂に聞く謎の巨船か。てっきり都市伝説の類かと思っていたが……。はてさて、海の上で都市伝説とは、どうなのだろう?」
少女が自問自答している時である。
扉がコンコンと鳴った。
「私です」
少年の声である。
「どうぞ」
「失礼」
少女が答えて、少年が部屋へ入る。
「お加減はいかがですかな?」
少年が聞く。
「悪くない」
少女が答えた。
「ああ、これは失礼。ご紹介が遅れました。私、この船の船長であります」
少年の発言に、少女は目を白黒させた。
「なに! あっちの女人ではないのか? ……っていうか、そなた、その歳で船長なのか?」
「ははは、よく言われますよ」
不躾な質問を、少年こと船長がさらりと流す。
「御身分に過分なほど、ただならない事態とお見受けしました。よろしければ、事情を伺っても?」
船長の問いに、少女は少し考えてから口を開いた。
「まあ、どうせバレているとは思った。察しの通り、私の身分は高い」
「なるほどなるほど」
少女の自己紹介を、船長は気分良く聞いていく。
「ひょっとすると、そなたも知っているかもしれないが……。この海域に一つの国があろう。私はそこの第一王女だ。名をナギと言う。ついこの間、クーデターが起きてな。恥ずかしながら、落ち延びてきたのだ」
「……はい?」
船長の声が裏返った。
◇◇◇◇
「そうすると、今の貴女は……」
船長が言いよどむ。
「ああ、ただの無力な子供だな。そういうわけで、今すぐそなたの恩に報いることは難しい。いやはや、すまんな」
少女ことナギが補足した。
「はあ……」
船長が肩を落とす。
「そんなに落ち込むな。こんな美少女と一緒なのだぞ。それだけでも、儲け物ではないか。そういう訳で、しばらく住まわせてくれ」
「なんともまあ、図々しいお子様だね」
厚かましいナギの申し出に、船長が憚りなく応じた。船長の口調ときたら、完全に素に戻っている。
「むっ!」
船長の変わりように、ナギは機嫌を損ねた。
「よりにもよって、お子様とは何だ。これでも、私は一国の王女なのだ。そなた、不敬であるぞ」
ナギがふんぞり返る。
見た目は同年代の二人である。
少年の不躾な物言いに、ナギが身分を盾にするのは当然であった。
「さっき自分で言ってたけど、それはもう過去の話じゃないの?」
ナギの主張に、船長が確認するように聞く。
「期待した僕がバカだった」
悪態を重ねる船長。
「いいい、言っておくがな……」
いい加減に、堪えかねたナギである。
「全く当てがないわけではないぞ」
「うん?」
ナギの発言に、船長が食いついた。
「詳しく聞かせて」
船長の目が、爛々と輝いていた。