第十五話 船長とカーリー(後編)
◇◇◇◇
『昔々の話だ。
戦乱の真最中、ある国を脱出した軍属の科学者グループがいたらしい。
彼らの崇高な目的のため、建造された艦が私なのだ。
泥沼の戦線を、ただひたすらに突破することをコンセプトとする脱出用の兵器だ。
彼らは自らをデータ化し、私の中に保存したそうだ。
時が来れば、再生することを見越してね。
そういう理由で、ハイテク時代に蘇った〝方舟〟と表現するには随分と相応しいだろう?』
「――っ! そ、そんなことが出来るのか?」
ガルーダ号の昔話に、ナギが驚愕する。
『記憶を持った個人をデータ化して再生することは、私たちにとって、難しいことではない。部屋の隅にあるシリンダーガラスを、君も見ただろう。あれがその人体再生装置だよ』
ガルーダ号に促されて、ナギが後ろを振り返った。
「しかしそれは――」
『分かっている』
ナギの台詞を、ガルーダ号が途中で遮った。
『果たしてそれは本人なのか、だろう?』
ガルーダ号が聞くと、ナギが首肯する。
『確かに、記憶があったとしても、それが同じ魂を持った人間ではない。過去の超文明でも、生命の本質は終ぞ解明できなかった。だがね、あの時代では、採るべき手段は限られていたのだよ』
「……そうか」
ガルーダ号の話に、ナギはすっかり聞き入っていた。
『私たちの国は、もう人が生きて脱出出来る状況ではなかった――らしい。
想像してみてくれ。
夥しい放射能の嵐の中、自立兵器の猛追を振り切る修羅場を……。
人類絶滅を危惧した彼らは、全てを未来へ託すことにしたのだ。
複製された人間が例え自分ではなくとも、知識は伝えることが出来るからね』
ガルーダ号は、そこで一端言葉を区切った。
「……聞いてもいいか?」
少し間を置いて、ナギが口を開いた。
『どうぞ』
ガルーダ号がナギを促す。
「何故さっきから、矢鱈と伝聞口調なのだ? そなたが無人船である以上、今ひとつ説得力に欠けるぞ」
ナギの疑問は、的を射ていた。
『被曝のせいだよ。
汚染された海域や、荷電粒子砲から散々受けた被害は、彼ら科学者連中の想像を超えていた。
私の防御力でも、放射線の透過は完全には防げない。
メモリーにダメージに受けてしまったのだ。
彼らのデータは、肉体のそれは別として、人格の方は全て失われた。
恥ずかしい話だが、私自身の記憶も酷く断片化している。
待機モードのカーリーだけは無事だったが、彼女の本分は、再生した人間の世話にある。
膨大な人体再生データなど、最初から持っていない。
彼らの計画と私の任務は、こうして失敗に終わったのだ』
「なるほど。それではもう一つ」
ガルーダ号に納得しつつ、ナギが続けた。
「そなた、一体何がしたい?」
『よくぞ聞いてくれたね!』
ナギの質問に、今度はガルーダ号が食いついた。
『私はね――』
韻を踏んで、ガルーダ号が続ける。
『人間になりたいのだよ!』
◇◇◇◇
「は? 今何と?」
ガルーダ号の発想に、ナギは着いていけない。
『戦乱が終わって、私は長いこと海を流離っていた。ちょうど以前の君と同じようにね』
ナギを尻目に、ガルーダ号が続ける。
『そして、そんな私を襲ったのが、例えようもない孤独だった。半身たるカーリーは別にして、同類の人工知能には巡り会えず、ずっと独りだったのだよ。そんな時、ひょっこりと現れたのが、運よく生き延びた人類だった』
「あー、確かに漂流は辛いな……」
同意するナギに、ガルーダ号は『そうだろう』と言って、持論を垂れていく。
『とは言え、放っておけば餓死寸前の漂流者が大半だ。それを見て、ふと思ったのだ。私の任務はまだ続いている、と』
「ふむ?」
『私の使命は、究極的には人類の救済だ。最初のうちは、カーリーに漂流者を拾わせて、住みやすい場所へ運んだりしていたな。望んだ者たちには、再生した記憶の無いクルーを赤ん坊のまま引き渡したりもした』
「……おい、ちょっと待て」
『そのうちに人類は増えていって、再び国家を築くようになっていた。
中には海賊になって、私に敵対する者も出てきた。
もっとも、そういう輩は皆殺しにしたがね。
でも、そこまで欲深くなると、守ってやった人間ですら、もう単純に運ばれるだけでは満足しなくなっていた。
サービスとやらを求めるようになったのだ。
そうとなれば、兵器としての人工知能の俯瞰ではなく、同じ人間目線で世界を見なければならない。
そういう経緯があってだね、あくまで客船事業を足掛かりに、私は人間になることにしたのだ。
その最初のテストケースの相手が君だったってわけだ。
ああ、それにしても、あの身体だけは残念だった。
もう少し育ったら、この人間大にリファインした、この電子頭脳を積めたのに……』
「そなたは――」
突然詳らかになる人類史に、ナギは圧倒されていた。
「まごうことなき方舟なのだな」
ようやく、ナギはそれだけを言った。
『ありがとう。さて、今度は私からの質問だが』
礼を言って、今度はガルーダ号が振った。
「な、何だ?」
ナギがたじろいだ。
『何故君がここにいる? 国に帰ることが、君の目的ではなかったのかね? 単に推理劇を披露したかった訳ではなかろう?』
「そ、それは……」
ガルーダ号の質問に、ナギが答えあぐねいた。
『私の秘密をここまで暴いて、生きて帰れる保証がどこにある? あのままお姫様の立場で収まっていれば、安寧だったろう? そこまで考えられないほど、君は馬鹿ではないはずだ。命を賭してまで、君を駆り立てる物は何なのだ?』
ガルーダ号が畳みかける。
「……私は」
意を決して、ナギが口を開いた。
「私は、自分を変えたいのだ」
『は?』
ナギの告白に、今度はガルーダ号が面食らった。
◇◇◇◇
「前にも言っただろう? 思春期の少女――私は不安定なのだ。私はそれを何とかしたい」
『今正に、現在進行中に見えるが?』
ナギが言って、ガルーダ号が茶化す。
「ぐぎぎ……!」
『すまなかった。続けてくれ』
ナギが睨んで歯噛みすると、ガルーダ号が詫びた。
「まったく……。つまりだな、今まで私は、父の――王の敷いたレールを歩んできた。まあ、昔はそれに反発を抱いたものよ」
『うん?』
脇にそれたナギに、ガルーダ号は要領を得ない。
「聞いてくれ」
ナギが続ける。
「今の境遇が恵まれていることは、私自身よく理解している。今さらレールを外れようとは思わんよ。子供の頃はともかく、親には感謝している。だがな――」
ナギが言葉を区切って顔を伏せた。
『続けて』
ガルーダ号がナギを促した。
「だがな、やっぱり、これから先のレールは自分で敷いてみたいのだ。そうすることで、私はやっと一人前に近づける気がする……」
ナギが顔を上げて言った。
『だから、自ら安住の地を捨てて、冒険に赴きたいと?』
ガルーダ号が聞く。
「そうだ」
ナギが答える。
ナギとガルーダ号の間に、沈黙が流れた。
電子機器の冷却ファンだけが、ブーンと唸りを上げていた。
そして、五分ほど経った時である。
『いいだろう。君の心意気を認めよう。ようこそガルーダ号へ』
ガルーダ号から切り出した。
「おおっ! それでは!」
『私も、新しい身体の制作に専念せねばならない。丁度、席次が一つ空くことになるな』
「横合いから失礼します」
盛り上がる二人に、カーリーが割って入った。
「うおっ!」
突然の第三者に、ナギが驚いた。
今までずっと、静かに控えていたカーリーである。
「船長がお認めになるなら、私から申し上げることはありません。ところで、ナギ殿下」
カーリーがナギに振った。
「何だ?」
ナギが聞く。
「お父君に許可を貰いましたか?」
「……」
カーリーが聞くと、ナギが黙りこくった。
「やっぱり……」
カーリーが呆れかえる。
「何を始めるにしても、けじめをつけるべきです。取りあえず、お国に引き返しましょう。全てはお父君の許可を頂いてからです。このままでは、私たちが誘拐犯にされかねません。いいですね?」
「分かった分かった。あー、お許しを頂けたらいいなー」
カーリーが念を押すと、ナギがあっさり同意した。
ナギが見せる余裕の謎に、ガルーダ号もカーリーも、その時は気付かなかった――。




