第十五話 船長とカーリー(前編)
◇◇◇◇
「こちらです」
ナギを案内して、カーリーが言った。
「おお……」
大きな扉を前にして、ナギが感嘆の声を漏らす。
ナギが連れて来られたのは、全く未知のエリアであった。
それもそのはず、ここは立ち入り禁止区画である。
以前のナギが入れなかった、ガルーダ号の深部であった。
軍艦で言えば、ちょうど戦闘指揮所(CIC)に当たる、奥まった場所である。
もっとも、好奇心旺盛なナギの行動力は侮れない。
当然ここにも、侵入を試みていたナギであった。
ただその時は、施錠された無数の隔壁を前に、諦めざるを得なかっただけである。
しかしながら、今回ばかりは勝手が違った。
カーリーの歩調に合わせ、廊下の隔壁は二人を案内するかのように、次々と開いていった。
そうして辿りついたのが、この扉の前である。
「ここは何処だ?」
「ガルーダ号の中枢です」
ナギの疑問にカーリーが答えた。
その直後、大きな音を立てて、扉が左右に開き始めた。
「船長はどこだ?」
「……」
ナギの問いにカーリーは答えない。
「ささ、中へ」
まだ扉が開いてる途中で、カーリーが言った。
カーリーはそのまま、先陣を切って中へ入っていく。
「ま、待ってくれ」
ナギが慌てて、カーリーに続く。
ナギが入った直後、扉は再び閉まり始めた。
扉が閉まりきって、室内が真っ暗になった。
「ど、どうした?」
何事かとナギが慄く。
「少しお待ちください」
カーリーが宥めた直後、灯りが入った。
部屋の様子が詳らかとなった。
広い部屋の中央には、金属製の太い柱が一本立っている。
周囲にはコンピューターが無数に設置され、人が入れるくらいのシリンダーガラスが、十本置かれていた。
全てのシリンダーガラスには、多数のパイプが繋がっており、中には液体が満たされている。
「何かの研究室か?」
ナギが聞く。
「そうです」
カーリーが肯定した。
「私は死んだはずの船長に会いたいのだがな?」
ナギが眉を顰めた。
「船長はここにおります」
「いや、だから――」
あくまで態度を崩さないカーリーに、ナギが苛立ちを覚えた時である。
『カーリーの言う通りだ』
部屋中に声が響いた。
「え? ど、何処から?」
ナギが慌てて、周囲をくまなく見渡す。
部屋の隅にはスピーカーが置かれている。
『ここだよ』
スピーカーが鳴ると同時に、今度は中央の柱が動いた。
柱を覆っていた金属の覆いが上がっていき、中から他より大きいシリンダーガラスが現れた。
「うっ……」
シリンダーガラスの中を見て、ナギが息を飲んだ。
液体に浮かんでいる物は、人間の脳味噌である。
しかしよく見れば、それは集積回路や基板の塊であって、人工物であることが窺えた。
「なるほど、それが本体か」
全てを理解したかのようなナギである。
『説明の手間が省けそうだな』
声が嬉しそうに答えた。
『私が人間ではないと、いつから気付いていたのかね?』
「実を言うと、拾われた最初の時からだな。元々そなたらの――ガルーダ号の噂は聞いていた。暴れ回る奇妙な巨船の話は、都市伝説となってあちこちに伝わっている。だがな、話の出所は遥か昔に遡る。中には、その巨船こそが人類を救済したとの、神話染みた物すらあった。と言う訳で、実在するなら、人間の仕業ではないと思ったのだ」
『それだけだと根拠が薄いな。ガルーダ号がその巨船だと限るまい。それに、あの時わざわざ指を齧って、血を見せただろう?』
「確かに」
声が尋ねてナギが答えていく。
「確かにあの時、そなたは自分が生身だとは言った。だが、人間だとは一言も言っていない。もっとも――」
ナギが続けた。
「確信したのは、そなたの死体を見てからだ。頭の内容物が、いやに少なかったからな」
『ふむふむ。続けてくれ』
声はナギの仮設を否定しない。
「ところで、サイボーグの定義とは何だ?」
ナギが突然話題を変えた。
『……サイバネティック・オーガズム。簡単に言えば、生物と機械との融合体を意味する。それがどうかしたかね?』
声が答えながら聞き返した。
「私たちも一般的にそう聞いている。もっと言えば、機械の身体に人間の脳味噌を載せた物がそれだ。だがな――」
ナギが言葉を区切った。
「これは前々から思っていたのだが、逆のパターンもあったのではないか? 生身の身体に機械の頭脳を載せた、〝逆サイボーグ〟とでも言うべき存在が。むしろ、そっちの方が多かったのではないか? そうだとすれば、サイボーグの生き残りが見つかりにくいことも、全て説明できるしな。人間の肉体とは言え、機械が制御するなら、それは十分に兵器足り得るだろうしな。……まあ、とにかく、そういう諸々を考慮してだ。このガルーダ号は、最初から完全な無人船だと思った訳だ」
『……素晴らしい。大した慧眼だよ、ナギ殿下』
ナギの推理を声が称えた。
「ここまで来たからには、全て教えてくれるな?」
『いいとも』
ナギの申し出を、声は気前よく受け入れた。
◇◇◇◇
『お察しの通り、私が船長の正体だ。ここから肉体を遠隔操作していた』
声の主こと船長が語る。その声は以前と比べて、子供っぽさがまるで無い。
「……随分と落ち着いているな。口調が全然違う」
ナギが指摘する。
『生身の感覚をフィードバックさせたせいで、内分泌の影響を受けていたからね』
船長が答えた。
「なるほど。では、この船の目的は何だ?」
ナギが本題に入っていく。
『その前に、君は〝播種船〟というものを知っているかね?』
「は?」
ガルーダ号が唐突に聞き返して、ナギが面食らう。
「……いや、知らん。聞いたこともない単語だ」
少し考えて、ナギが答えた。
『元々はSFに出てくる用語なのだがね。そうか、知らないか……。じゃあ、〝方舟〟は知っているかな?』
ガルーダ号が質問を変えた。
「ああ、それなら知っている」
ナギがパッと顔を上げた。
「旧約聖書に出てくる、ノアの方舟だな」
『その通り。〝播種船〟っていうのはだね、それを科学の力で再現した物のこと』
ナギの答えを、ガルーダ号が肯定した。
「ふむ、話が見えてきたな」
顎を擦りながら、ナギが納得した。
「では次に、あのカーリーは何だ?」
『それは、君が知っている通りだよ』
ナギの質問に、船長が答える。
『彼女――カーリーは私の外部端末だよ。言ってみればバックアップだが、私たちは二つで一つの存在だ。本来の職分を考えると、彼女の方を船長と呼ぶべきかもしれない』
「えーっと……」
ガルーダ号の説明は、ナギに混乱を与えた。
『その辺りも踏まえて、全て説明しよう。いいかな?』
ガルーダ号が聞く。
ナギがコクリと頷いた。




