第八話 疑惑と将軍(後編)
◇◇◇◇
将軍と儀仗兵にに連れられて、ナギが部屋へ案内された。
軍艦の中にも関わらず、奢侈な調度品が沢山置かれており、持ち主の趣味を物語っていた。
「ささ、どうぞ」
将軍に招かれて、ナギが部屋へと足を踏み入れる。
ナギに遅れて、将軍もナギに続いた。
「閣下、実は――」
「そうか」
儀仗兵から耳打ちされて、将軍がほくそ笑む。
将軍はそのまま、素早く部屋を施錠する。
「な、何を――」
「どうですかな? 私の部屋は」
ナギが詰問する間もなく、将軍が自慢を始めた。
「い、いい趣味に見えますが、私の好みではありません」
言葉に嫌味を込めて、ナギが答えた。
「おやおや」
つれない態度のナギを見て、将軍が冷やかすように言う。
「よろしいのですかな? いつまでもそのような態度をとって」
「どういう意味です?」
将軍の挑発的な物言いに、ナギが食いつく。
「もっと殊勝になって、私に庇護を求めなさい。そうすれば、命だけは勘弁して差し上げます」
「なにっ!」
圧倒的な上からの物言いに、ナギの血圧が上昇する。
「ききき、貴様! 無礼なるぞ!」
最早形式上の敬語も忘れたナギである。
「……ひょっとして、ご存じない?」
ナギの態度を見て、将軍が怪訝な態度を取った。
「何のことだ?」
聞き返すナギ。
「あははは! これは傑作だ!」
将軍が大笑いする。
「だから、何のことだ?」
意味が分からず、再度ナギが問いただす。
「貴女のお国はですね、とっくの昔に潰れたのですよ」
「――っ!」
将軍の答えに、ナギは言葉を失った。
「う、嘘だ嘘だ!」
しばらく茫然としていたナギだったが、我に返って必死に否定する。
「そんな簡単に、我が軍が敗れるものか! そもそも、こちらが優勢だったではないか! あり得ん!」
ナギが叫ぶように言う。
「それがあるのですよ」
きっぱりと、将軍がナギを否定する。
「貴女を失ったと思って、わが軍の士気は崩れに崩れたのです」
将軍の言葉を聞いて、ナギは近衛隊との別れを思い出した。
責任感が強く、誰にでも丁寧に接するおかげで、昔から人望のあるナギである。
軍人としては今ひとつ頼りないものの、分を弁えてしゃしゃり出ないナギの評判は高い。
王族の存在意義を、ナギは今の今まで忘れていたのである。
「うっ……」
将軍の台詞に信憑性を感じて、ナギは言葉に詰まった。
「それに、もうご存じなのでしょう? 私が反乱軍と通じていたことを。そして、そんな私にこの艦が与えられたのです。政府軍などちょろいものでした」
「……」
将軍の言葉に、ナギは何も言い返せない。
「さっき儀仗兵から聞いたのですが、あのガルーダ号という船も、こちらが完全に制圧しました。あれ、遺物でしょう? まったく、とんだ儲け物ですよ。例の二人の船員も、独房に閉じ込めております。最早、貴女様の後ろ盾はございますまい。ですが、私にその身を捧げるのでしたら、処遇は考えてさしあげます」
下卑た笑みを浮かべながら、将軍がナギににじり寄る。
身を守ろうと、咄嗟に儀礼刀を抜こうとしたナギである。
だがしかし、その手は空を掴んでしまう。
ナギは今になって、カーリーの所業を思い出した。
「やめろ! 私に近づくな! うわっ!」
ささやかな抵抗も虚しく、ナギは将軍に押し倒されてしまった。
「この変態! ロリコン! ギャーッ!」
いつぞやの食堂での抗議も忘れて、ナギが将軍を罵倒する。
その直後である。部屋の外が「ワーワー」と騒がしくなった。
「閣下!」
ノックもせず、士官が一人飛び込んできた。
「何だ貴様! 今取り込み中だ!」
「それどころではありません!」
将軍が怒鳴りつけるも、士官は怯まない。
「敵襲です!」
「はあっ?」
士官の報告に、将軍が素っ頓狂な声を上げた。
◇◇◇◇
少し時間を遡って、ここは艦内の別室である。比較的大部屋のそこには、机がいくつも並べられていた。奥には厨房が見えた。所謂、艦内食堂である。
「なあ、あいつらどうなるんだ?」
今その艦内食堂で、兵士が同僚に話を振った。
「あいつらって?」
煙草を吸いながら、同僚が聞き返す。
「ほら、今日捕まえた二人だよ」
「ああ、あいつらか」
兵士の説明に、同僚が納得した。
「おかしな話だよな。ちょっと変な形の船だけど、武装も無いたかが民間船だぜ? それに、乗ってるのは女と子供ときた」
「そうだな」
好奇心に満ちた兵士の主張に、同僚も煙を吐きながら同意した。
「第一、あの二人って殿下の恩人なんだろ? 最初は将軍も『お客人』とか言ってたしよ。そのくせ、急に態度を変えたりしてさ。わざわざ拘束する理由が、どこにあるんだ?」
兵士が同僚に聞く。
「俺が知るかよ」
同僚が面倒臭そうに答えた。
「何だよ、つれないな……」
兵士が悲しそうに言った。
「……あ、あれじゃね?」
バツが悪くなって、同僚が煙草を消しながら言った。
「実はあの船が遺物でさ、それを将軍が、ポッケにナイナイしようとしてんじゃね?」
「まさか」
同僚の推理を、兵士が笑い飛ばす。
「だよなー」
同僚も兵士と一緒に笑い始めた。
「じゃあさ、じゃあさ」
今度は兵士の方から話を振った。
「知らず知らずの内によ、実は俺たち、将軍の陰謀に加担させられてる――とかってどうよ?」
「どういうことだ?」
兵士の珍説に、同僚が聞き返す。
「例えばさ、ナギ殿下捜索の任務は実は単なる口実で、将軍の正体は反乱軍のスパイとか……」
「それこそ、まさかだろ」
兵士の推理を、今度は同僚が笑い飛ばした。
「分からないぜ」
兵士が面白おかしそうに続ける。
同僚が新しい煙草を取りだした。
「何せ、この艦は最強なんだろ? もともと将軍には悪い噂があったんだ。士官連中も、何だか最近おかしいしよ。殿下を手土産にしたら、敵に下るのなんて簡単なんじゃねーの?」
「……やめろよ、気持ち悪い。クソッ! このライター、いい加減換え時か?」
兵士の話に薄ら寒い物を感じて、同僚が煙草に火を付ける。しかし、ライターは火花を散らすだけである。
「そうだな……。もうこの話はなしにするわ。あ、俺にも一本くれ」
兵士が話を打ち切って、同僚に煙草をねだった。
「はいよ」
同僚が煙草を渡した時、艦内に甲高い金属音が響いた。
「な、何だ?」
「どうしたどうした!」
二人が立ち上がった時、食堂に別の兵士が飛び込んできた。
「大変だ!」
別の兵士が言った。
「何があった?」
同僚が聞く。
「敵襲だ!」
「何だって?」
「一体どこから?」
別の兵士が言うと、二人が聞いた。
「それが、もう艦内にいるらしい」
別の兵士の報告に、二人は唖然とした。しかしすぐに立ち直り、二人揃って食堂をさっさと後にする。
ちなみに、この二人の推理は至極的を射ていたのであるが、彼らが真相を知ることは終ぞ叶わなかった。




