第八話 疑惑と将軍(前編)
◇◇◇◇
軍艦がガルーダ号に近寄って来る。
全体的に平面で構成されているその軍艦は、デザインとしてはガルーダ号に似ていた。
大きな艦橋には、フェーズドアレイレーダーが備わっている。
ちなみにこの軍艦、戦闘艦の割に、大砲を数門しか持っていない。
これは何も、武装が貧弱だからではない。どちらかと言えば、高度なテクノロジーの証左である。
コンピューターで管制される以上、大砲の絶対数は必要がない。
撃てば必中なであるから、後は連射あるのみである。
それに、主な武装がミサイルであれば、必然的に大砲も必要がない。
「この艦こそが、わが国が誇る唯一の発掘兵器なのだ」
「……イージス艦だね」
ナギの自慢に、船長がボソリと言った。
ナギご自慢の軍艦が、ガルーダ号に接舷した。
「では行こうか。カーリー、今から君が船長だからね」
「心得ております」
船長がカーリーに念を押した。
最初は意気揚々と、ナギを自ら迎えに来ようと申し出た将軍であった。
しかし生憎と、ガルーダ号には目立った取っ掛かりがない。
そういう訳で、ナギ率いる全員で軍艦へと移乗することとなった。
ガルーダ号が桟橋代わりに、軍艦へ向けてタラップを伸ばした。
船内にもう一度、ドンと軽い衝撃が走る。
「うわっ!」
歩いていたナギが、バランスを崩した。それをカーリーが支える。
「あ、ありがとう」
礼を言うナギであったが、その顔には緊張が見えた。
「どういたしまして」
対して、答えるカーリーは余裕綽々である。
ナギを先頭にして、三人が一列となって、軍艦へ乗り込んだ。
儀仗兵が艦舷に整列し、三人を出迎えた。ちなみに、今の船長は水夫の装いである。
三人がデッキに降り立つ。
「通してくれ」
男の声がすると、儀仗兵が道を開けた。
儀仗兵の間から出てきたのは、眼光が鋭い、痩せぎすの中年男である。
中年男の制服には飾緒と勲章が、沢山つけられていた。
「おおっ! 殿下、よくぞご無事で!」
中年男が跪いて、ナギの両手を取った。
「お、お出迎え感謝します」
将軍を労うナギであったが、その顔は少し引き攣っている。
さもありなん、将軍の顔は色と欲に塗れていた。
「ゴホン! ときに将軍閣下」
ナギが咳払いをして、将軍の手を自然に払う。
「紹介します。彼らこそが、私の恩人です」
控え目に佇んでいるカーリーと船長を、ナギが紹介した。
「お初にお目に罹ります、将軍閣下。私、客船ガルーダ号の船長を務めております。カーリーとお呼びくださいませ。この度は王女殿下にご乗船いただき、光栄の至りに存じます」
カーリーが敬礼をしながら雄弁に語った。いつもの無愛想な態度は何処へやら、親しみやすそうな笑みすら浮かべていた。
船長はと言えば、黙りこくったまま、カーリーに合わせて敬礼している。
この時、ナギは船長の名前を聞き忘れたことを思い出していた。
「これはこれは」
将軍が答礼する。
「先程の発言をお詫びします」
「気にしておりません」
将軍が謝罪して、カーリーが答えた。
「そう言っていただければ助かります。ナギ殿下をお連れ頂き感謝します。早速ですで恐縮ですが――」
将軍が続ける。
「何処のどなたかは詳しく存じませんが、殿下の恩人とあっては、無碍に扱う訳にはいきません。是非とも当艦にご逗留ください。ささ、こちらへどうぞ。皆の者、彼らをご案内しろ」
言うや否や、将軍が儀仗兵に指示をした。
「え? ちょっと!」
「ナギ殿下はこちらに。客人は部下が丁重にもてなします」
ナギが抗議するも、将軍は聞く耳を持たない。
「それはそれは」
カーリーも船長も、特に抵抗の意思を見せない。
「ご丁寧にどうも」
カーリーが礼を言って、船長と一緒に儀仗兵に着いていく。
ナギと船長一行は、こうして完全に分断されてしまった。
第二節
一方で、儀仗兵に連れられた船長たちである。
「まだですか?」
「もうすぐです」
「もう随分と歩きましたが?」
「申し訳ありません」
カーリーが聞いて、儀仗兵が答えていく。
船長はと言えば、だんまりを決め込んでいた。
二人は案内されるまま、どんどんと階段を降りて行った。
よもや客室などあるはずもない、船底へ向かっている。
「こちらです」
言って、儀仗兵が立ち止まった。
儀仗兵の指し示す場所には、扉が一つあった。
「お客人は、こちらでお待ち下さい」
二人が儀仗兵に連れられたそこは、たしかに船室ではあった。
ただし、客室と言うには余りにもお粗末だった。壁や床は塗装が禿げ、錆びた鉄の地肌がむき出しである。
天井を通る配管からは水が漏れていて、湿度もやたらと高い。
止めとばかりに、申し訳程度に置かれたベッドである。マットには黴がこれでもかというくらい生えたそれは、スプリングまでが飛びだしている。
要するに、ここは独房であった。
「ささ、ご遠慮なく」
「はいはい」
儀仗兵に勧められるまま、二人が不用心に室内へ足を踏み入れる。その途端、無情にも外から扉が閉められた。
船長がドアノブに手をかける。しかし、ドアノブはピクリとも動かない。
「外からカギをかけられたようですね」
カーリーが言った。
「カーリー」
静まり返った室内で、船長が切り出した。
「果たして、これは一般的に、お客を迎える作法と言えるのかな?」
「いいえ、まさか」
首を傾げる船長に、カーリーが断言した。
「少なくとも、我々を拘束する算段なのでしょう。ついでに言えば、ガルーダ号も一緒に」
カーリーが続けた。
「ふむ……」
顎に手をやって、船長が考え込む。
「ここで考えるべきなのは、ナギ王女の立場だろうね。我々だけで逃げるのは、いつでも出来ることだ。だがしかし、果たしてそれが、彼女のためになるのかどうか――」
「お考え中失礼しますが」
ぶつぶつ言う船長を遮って、カーリーが口を挟む。
「何だい?」
「仮にも主筋の恩人と言える我々を、こうも無碍に扱う理由がどこにありましょう。ナギ殿下の仰られるように、あの将軍、何やら良からぬことを企んでいると見て、間違いないと思われます」
カーリーの意見に、船長は「なるほど」と相槌を打った。
「そう言えば、ナギ殿下は将軍に不信感を持ってたね」
ガルーダ号でのやり取りを回顧して、船長が言った。
「でもさ、あの将軍が裏切り者と断定するのは、少し早計じゃないかな? ひょっとしたら、我々だけ信用できないだけかもしれない。『身分の高い貴人に下賤の者が近づくな』って具合にさ。人間社会にはよくあるのだろう? そうだとすれば、いきなり暴れるのはどうだろうか……」
「……船長」
グダグダと決断を渋っている船長をカーリーが遮った。
「身分とか立場を抜きにして、やって良いことと悪いことがあります。あの将軍は確かに、我々を客として扱うと言いました。信用できないのでしたら、最初から然るべき態度を採るべきです。そもそも、我々は彼らの臣民ではありません。約束を反故にされた時点で、礼を尽くす義理はこれっぽっちもありません。それにですね――」
カーリーはそこで言葉を区切った。
「続けて」
船長がカーリーを促す。
「商売は、舐められたら終わりです」
「そうか」
断言するカーリーを見て、船長が納得する。
「よし分かった」
船長が決意を固めた。
「カーリー、思いっきりやれ」
「お任せあれ!」
船長の指示を受け、カーリーが右肩をグルグル回しながら、扉に近づいていく。




