第七話 回想と邂逅(後編)
◇◇◇◇
ナギ曰く、この将軍なる人物は、確かに味方で間違いはなかった。
だがしかしこの将軍、普段から淫らな噂が絶えず、ナギを見る目もどこか妄りがましい。
ついでに言えば、武功こそは本物であるものの、常に造反の疑いが絶えない人物ですらあった。
詳しい状況が分からない今である。
味方の軍艦旗を掲げているとはいえ、ナギにとっては、出会いたくない手合いであった。
「――そういう訳なのだ。ど、どうしよう」
途方に暮れるナギである。
ここまで来た以上、ガルーダ号の仕事は完遂されたと言える。
「契約は、まだ履行中だよ」
船長がぽつりと言った。
「え?」
ナギが聞く。
「最初に、君から言ったんじゃないか。君を故国へ送ること――これが当初からの契約内容だ。ここはまだ洋上だよ」
「ありがたい申し出だが、向こうが納得するか分からんぞ? 万が一にも、そなたらの身に何かあっては、申し訳が立たん」
船長に感謝しつつも、ナギは遠慮した。
ガルーダ号の強さを見ているとは言え、目の前の軍艦は正真正銘の戦闘艦である。
その戦力は、海賊などとは比べ物にならない。
双方とも遺物である以上、ガルーダ号にアドバンテージは無いと見える。
「大丈夫、大丈夫」
船長が気楽に言う。
「全て交渉次第ですね。もっとも、ナギ殿下が、お心を強くお持ちいただくことが条件ですが」
横からカーリーが割って入った。
「任せておけ!」
ナギは自信満々に胸を張った。
◇◇◇◇
『殿下の御身を、そのような得体の知れぬ連中に任せる訳には参りません。ささ、どうぞこちらへご移乗ください』
「閣下、彼らは私の恩人です。言葉に気を付けてはもらえませんか」
将軍の要望を、ナギが強めに嗜める。
『し、失礼しました。なれば、せめて無事なお姿をお見せ下さい』
「えっと……」
将軍の押しは強く、ナギは言葉を繋げない。
『今さっき殿下が仰られた私の非礼、彼らに直接詫びさせていただきたい所存でもありますれば。殿下、何卒!』
「あ、はい。そうですね」
将軍の押しは存外に強く、ナギは簡単に屈してしまった。
『それでは殿下、後ほどお会いしましょう!』
「え、ええ。楽しみにしています」
こうして通信が終わった。
「……すまない」
突き刺さる二人の視線を感じながら、ナギが涙目で詫びた。
「じゃあ、準備に取り掛かろうか。後は僕たちに任せなよ」
ナギを責めるわけでもなく、船長はそれだけ言って立ち上がった。そのまま傍らのロッカーへ足を運ぶ。
「これでいいかな?」
ロッカーから服を取り出して、船長がカーリーに聞いた。
「よろしいかと」
カーリーが答える。
「よし、それじゃあ……」
言うや否や、船長が服を脱ぎ始めた。
「待て待て待て!」
ナギが慌てて押し止める。
「何故、態々着替えるのだ?」
ナギが聞く。
「こんな外見じゃあ、何かと説得力がないだろう? よしんば理解されても、子どもだと舐められるのがオチだ。君の件で、それは学習した」
「ほう……」
船長の答えに、ナギは少し感心した。
非常識に見える船長でも、状況はよく理解していた。
「今からはカーリーが船長だから、そこのところよろしく」
下半身が半裸のまま、船長がナギに向き直った。
「馬鹿っ! そんな物見せるでない!」
赤面したナギが、慌てて背を向ける。その癖に、時折後ろを気にかけているのは、思春期故の不安定が理由である。
「一体全体、何をうろたえているんだい?」
ナギに比べて、相変わらず性に無頓着な船長であった。
しかしながら、問題はカーリーである。
アンドロイドの彼女とて、外見はただの女に過ぎない。
力こそ全てとなったこの時代、世間では再び男が優位に立っている。
女軍人ナギの立ち位置は、身分あっての物である。
そういう意味で、人選をカーリーに変えても、見くびられるという点では変わらない。
「大丈夫なのか?」
ナギが諸々の説明を加えながら、不安を吐露していく。
「ナギ殿下」
答えたのはカーリーであった。
「何だ?」
ナギが聞く。
「お腰の物を拝借したく」
「うん? ああ、ほれ」
カーリーの要求に従って、ナギは佩いていた儀礼刀を渡した。
「ちょっと失礼」
受け取るや否や、カーリーが刀身をスラリと抜く。カーリーはそのまま、剣先を指先で摘んだ。
「な、何をいきなり?」
「それっ!」
たじろいだナギを無視し、カーリーが力を込めた。
儀礼刀が折れずにグニャリと曲がった。
一応刃が付いているとはいえ、焼き入れがない証拠であった。
それでも、曲がりなりにも鉄製の刃物である。
「えっ……?」
「私の腕力は、人間の何十倍もあります」
呆気にとられるナギを尻目に、カーリーが言ってのけた。
正に、ゴリラ顔負けの怪力である。
もっとも、ナギが呆けた理由は他にもあった。
御仕着せに過ぎないとは言え、件の儀礼刀を気に入っていたのである。
「ははは、何とも頼もしいな……。よろしく頼む」
肩を落として、ナギはそれだけを言った。
ナギの危惧するところは、腕っ節の有無ではない。
この場合必要とされるのは、外見から滲む威圧感である。
しかしながら、今のナギにはそれを指摘する気力はなかった。




