第七話 回想と邂逅(前編)
◇◇◇◇
それから幾日が過ぎた、ある日のこと。
ガルーダ号について、ナギはいくつか理解した。
まずは大きさである。
自らを客船と称するだけあって、ガルーダ号は確かに大きい。
小さく見積もっても、全長200メートルはくだらない。
だがしかし、その巨体の割に容積はひどく小さい。
それに加えて、乗員の少なさである。
ナギが見た限りでは、船長とカーリーの二人だけであり、これは随分と妙であった。
暇を持て余しているナギである。船内を何度も歩き回っても、どこまでも無人で静まり返っていた。
徒労に思えるナギの散策でも、船体後部に小さなの露天甲板が見つかったのは収穫であった。
もっとも、散策に出る度に迷うナギである。
毎回カーリーの手を煩わせているので、これは何とも締まらない話であった。
さらに言えば、この二人の乗組員も怪しいことこの上ない。
ナギは既に、カーリーの正体がアンドロイドとは聞いていた。
そして同時に、どうもガルーダ号が、カーリーの意のままに動くらしいことにも気付いていた。
…――…――…――…
「この船は、そなたの意思で動くのか?」
ナギが思い切って、本人に直接聞く。
「はい、そうです」
あっさりと認めたカーリー。
「そなたは一体何なのだ? ただのアンドロイドとは思えん」
ナギが一歩踏み込む。
「私は、ガルーダ号専用の人型端末です」
「……うん?」
言葉の意味が分からず、ナギが首を傾げた。
「簡単に申しますと、私はガルーダ号専用に作られた、お持て成し用のアンドロイドなのです。もっと言えば、私の意思はガルーダ号の行動に反映されるようになっているのです」
カーリーが噛み砕いて説明する。
「なるほど」
そうして、取りあえず納得するナギであった。
…――…――…――…
ナギにとって、分からないのは船長である。
この少年船長は、日がな一日、船橋で読書に耽っていた。
船長と言う割に、特に仕事をするわけでもない。
むしろ、単なるごく潰しである。
ナギはどうにも、この船長に違和感を禁じえなかった。有体に言えば、世間知らずに見えたのである。
どこか知らない国の商会か何かのボンボンだろうと、当初ナギは見くびっていた。
お蚕ぐるみで育った自分を棚に上げているので、これは随分と身勝手な分析である。
他ならない王女のナギ自身も、市井の娘と比べたら、世間知らずに変わりはない。
しかしである。時間が経つにつれ、ナギは船長への評価を改めた。
確かに、一端の倫理感や商魂を持ち合わせているし、会話に支障のない船長である。海賊との戦いでは、ナギに対して気遣いも見せた。
ただし、それはこの船長自身が、人間とはこうあるべきだと思って無理やり振舞っているかのようで、言葉の節々に優しさがない。
加えて、浴場や晩餐会での一件のように、性の機微に無頓着だったりする。
年若いことを差し引いても、これは随分と妙であった。
むしろ、こういった無頓着な点こそが、船長の本性であるかに見えた程である。
…――…――…――…
「そなた、この船はどこで手に入れた?」
カーリーの時と同じく、聞いてみたナギである。
「企業秘密」
船長は答えない。
「では、出自は?」
ナギが質問を変えた。
「それも企業秘密」
やはり、船長は答えない。
そこで、ナギは胸元をはだけて、少し扇情的な格好を取った。
「……最近、髪形を変えたのだが」
自慢の長髪を持ち上げつつ、ナギが色目を使った。
ナギは自他共に認める美少女である。相手が同じ年頃の少年であれば、色仕掛けは効果てき面である。とは言え、実際に髪形など変えてはいない。
「いや、変わってないけど? それよりも、ちゃんと服を着ないと風邪を引くよ」
鼻であしらうどころか、淡々と事実を指摘するだけの船長であった。
万事が万事、こんな調子で取り付く島もない。
晩餐会の時、ナギはてっきり、未成熟な身体を馬鹿にされたと思っていた。
しかしこれでは、女に興味がないと言う方が適切である。
何かが人間を演じている――ナギにはそう思えてならなかった。
ただし、アンドロイドではないことは確認済みなので、ナギは船長の詮索を一端保留することにした。
…――…――…――…
「まったく、不思議なことだな」
そうして、これまでの出来事を、ナギがベッドの上で思い返している時である。
いつぞやのように船内放送が流れた。
『ナギ殿下。ブリッジまでお越しください』
声の主はカーリーである。
ナギは言われるまま、ブリッジへと向かった。
◇◇◇◇
ブリッジでは相変わらず船長が鎮座ましまして、カーリーがその横に控えていた。
ただし、今の船長はいつものように本を読んでおらず、モニターをじっと見つめている。
「呼んだか?」
ナギがブリッジへ足を入れる。
毎度迷子になって醜態を晒すナギではあったが、流石にブリッジくらいは把握していた。
「どうした? また海賊か?」
ナギが聞く。
船長が黙ったまま、モニターを指さした。
「何だ?」
ナギがつられてモニターを見る。
「げっ!」
思わず呻いたナギである。
モニター越しには、一隻の軍艦が映っていた。
軍艦は、ガルーダ号に向かって一直線に向かってくる。
果たして、その正体は、ナギの国の艦であった。
「今度こそ、君のお客かな?」
船長が聞く。
「私を捜しているという点では、間違いなかろうな」
ナギが答える。
「味方かい?」
船長が続けて聞く。
「どうだろう……」
ナギは返答に窮した。今回ナギの国で起こった事件は反乱であり、本質的には内輪もめである。敵であろうとなかろうと、装備や外観は変わらない。
もっと言えば、限りなくトップに近い地位のナギであっても、全ての艦艇を把握しているわけではない。
要するに、敵味方の区別が酷くつきにくい。
「あっ!」
ナギが言って、モニターを指さす。
「ここだ。ここを拡大してくれ」
「カーリー」
ナギに請われて、船長が指示を出す。
「了解」
カーリーが答える。画面の一部が拡大された。
「よかった」
掲げられている軍艦旗を見て、ナギが胸をなでおろす。
「味方だ」
ナギの台詞に、ブリッジから緊張が消えた。
ガルーダ号から距離を取って、軍艦が足を止めた。
ガルーダ号も軍艦に合わせる。
「船長。通信が入ってます」
カーリーが告げた。
「ナギ、君が出て」
船長が言う。
ナギが無線機を操作する。
『船籍不明船に告ぐ。貴船の所属と目的を明らかにせよ』
「しょ、将軍閣下?」
男の声に、ナギが顔色を変えた。
『……そのお声は、もしやナギ殿下であらせられますか?』
嬉しそうな声が返って来る。
「……はい、私はこの通り大丈夫です。閣下の方こそ、息災で何よりです」
ナギが答えるも、その顔はどこか暗い。今までの尊大な態度も何処へやら、突然の丁寧な言葉づかいであるが、これは軍の階級を考慮してのことであった。
「どうしたの?」
ナギの変容に、船長が小声で聞いた。
ナギが一端無線を切って、船長に向き直る。
「ちょっと、訳ありな人物なのだ」
ナギが説明を始めた――。




