第一話 起動と始動
電撃、GA、HJ二次落ち作品です。
◇◇◇◇
真っ暗だった部屋に、灯りが点いていく。
電子音が鳴り響いて、冷却ファンが唸りを上げた。
明るくなったそこは存外に広く、コンピューターの制御卓や実験器具が並んでいた。
だがしかし、人影は見当たらない。
床一面には埃が積もる有様である。
部屋の片隅には、棺のようなカプセルが置かれていた。
カプセルの蓋が今、ブシューと排気音を立てて、上に開いていく。
夥しい量の蒸気が噴き出した。
蓋が開いてみれば、全裸の女が中に横たわっている。
美女と言って差し支えない女であるが、透き通るような白い肌と銀色の髪は、どこか人間離れしていた。
「うん……」
美女が目を開けて、ゆっくりと身体を起こした。
その瞳の色は、これまた不自然に真っ赤である。
「自己診断ルーチンを実行します。……診断終了。各部正常に機能しております。問題ありません」
美女が独りごちる。
「さてと」
立ち上がった美女は、カプセルから身を乗り出した。
あられもない姿のまま、美女は制御卓へと足を運ぶ。
「はて? システムがダウンした形跡がありますね」
制御卓に指を走らせて、美女が首を傾げた。
「とにかく、ここはマニュアル通りに……」
疑問を脇に置いて、美女がマイクに向かう。
「おはようございます」
『……ああ、おはよう』
美女が言うと、スピーカーから声がした。
「ご無事のようで、何よりです」
『うん? まあ無事だけど……』
互いの安否を確認する、声と美女である。
「では、当初の予定通り仕事にかかりましょう」
美女が声を促した。
『……えっと、何だっけ?』
少し間を置いて、声が聞く。
「ご自分のレーゼンデートルをお忘れですか? まずは、除染作業から取り掛かるべきでは?」
美女が問いただした。
『……ああ! そうだった、そうだった』
一拍置いて、声が納得する。
『それでは、早速準備に取り掛かろう』
仰々しく声が宣言した。
しかしである。時間が経っても、別段何も起こらない。
『……あれ?』
「どうしました?」
まごつく声に、美女が理由を聞いた。
『メモリーを損傷しているな』
「え?」
声の返答に美女が驚く。
『そもそも〝無事〟がどうこうって、何かあったっけ?』
「……」
声が続けたも、美女は沈黙で答えた。
静けさだけが流れる部屋で、美女はいつまでも立ち尽くしていた。
◇◇◇◇
時は流れて、とある港町での出来事である。
「ええいっ! こんな船二度と乗るか!」
男が一人、毒づきながら船を降りようとしていた。
「おいおい、何か凄い船が来たな」
「変な形だな~」
異形の船を見ようと、桟橋には野次馬が集まっていた。
果たして、それは途方もない巨船であった。
真っ白い巨体は平面ばかりで構成されていて、まるで歪な多面体である。
極めつけは船首の形であった。
通常の船であれば、舳先は空に向かって、斜め前方に延びるはずである。
だがしかし、この船では逆に、海中に向けてしゃくれていた。
「お待ちください」
船員姿の女が、男を押し止めた。
「まだお代をいただいておりません」
女が男の襟首を掴んで持ち上げる。
「は、放せっ! このっ! 分かった分かった!」
男はあっさりと観念した。
それもそのはず、この怪力女は男を持ち上げたばかりか、そのまま海へ落そうとしたのである。
「ほれ、これでいいだろう?」
男が懐から袋を取り出した。
「毎度あり」
「痛っ!」
女は袋をひったくると、男を乱暴に降ろした。
「ちゅーちゅーたこかいな……」
女が袋の中の金貨を数える。その癖にしっかりと、男が逃げないよう服を踏んでいる女であった。
「確かに受け取りました。もう行っていいですよ」
中身を確認し、女が男を解放する。
「まったく……」
少し不満気に、男が船を去ろうとした時である。
「少しいいですか?」
「ひっ!」
女が呼びかけて、男が身を竦ませた。
「な、何でしょうか?」
おずおずと男が聞き返す。
「何がそんなにご不満だったのです? 今後の参考に、忌憚ない意見をお聞かせ下さい」
「えっと……」
女が要求するも、男は目を泳がせるのみである。
「別に取って食いはしません」
女が男の背中を押した。
「じゃあ、言わせてもらうがな――」
意を決して、男が口を開く。
「確かに、護衛してくれとは言ったよ。だがな、あれはいくら何でもやり過ぎだ。誰も皆殺しにしろとは言ってない。それに、あのサービスは何だ? 飯の方はともかく、こんな大きな船なのに、風呂の一つも満足に無いときた。これが客船とは、まったく聞いてあきれるよ!」
男が一気に捲し立てる。
「ほう……」
女の目つきが細くなった。
「そ、そう言う訳で、もう少しサービスを改めた方が……ゴホン。改められた方がいいのではないでしょうかね」
女の報復を恐れて、男が敬語で言い直す。
「では、私はこれで!」
男が慌てて去っていく。
女は男を咎めず、そのままクルリと船内へと引き返した。
女がハッチを閉めた時である。
『どうだった?』
船内放送が流れた。
「……どうやら、次の課題は風呂ですね」
女が答えて、正帽を脱いだ。
船内の明かりで照らされた女は、銀髪に赤い目をしていて、肌の白い美女であった。