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8:元勇者ですが、魔物が懐いてくれました

 俺の前にはハヤシライス。

 そしてお腹を空かせたゴブリン。


 その瞳はキラキラしていて、俺の作ったハヤシライスの入った鍋に視線が注がれていた。


「えっと……一緒に食うか?」

『……っ!!』


 俺がそう言って誘うと、それはそれは嬉しそうにゴブリンが首を振った。

 がりと茂みから出てきたその姿はボロボロになっていて、小さな怪我がたくさんある。汚い布切れを体に巻いて、腰には紐で木の棒をくくりつけている。


 魔物とはいえ、この姿をみたら可哀相になってくるな……。


『魔物も弱肉強食なのね……』

『……あはは』


 薬草の言葉に、ゴブリンが疲れ切った顔で笑う。

 魔物は森の中で自由に生きていると思ってたのに、そうでもないのか。なんだか人間も魔物も世知辛いなと思うと、切なくなる。


 そんなときは、ハヤシライスを食べて元気を出すのが一番いい。


『でもコーキ、ハヤシライスってなぁに?』

「ハヤシライスは、このルーをご飯の上にかけて食べる最高の……」

『さ、さいこうの……』


 ………………。


『?』


 俺はどや顔で草とゴブリンに説明をしようとして、重大なことに気が付いた。

 そう、米がないということに。


『ど、どうしたの? そんなこの世の終わりみたいな顔して……私の葉っぱ食べて元気出す?』

『えっ、食べれるの? おろおろ』


 薬草とゴブリンが何か言っているけれど、俺はそれどころじゃない。

 そういえばこの世界に召喚されてから、一度も米を食べていないことに今更ながら気付いた。いつもパンを食べていたことに、どうして違和感を覚えなかったんだ俺……!

 今まではそんなに食へのこだわりがなかったからな。


 でも、これからはここ……魔王城の裏庭で錬金術師をしながらスローライフ生活をするんだ! うまくいけば、米の栽培だってできるかもしれない。


『ええと……』

「ああ、ごめんなゴブリン。本当は、米の上にこのルーをかけて食べると美味いんだけど、米がなくて……。パンにルーをつけて食っても美味いから、今はこれで我慢してくれ」

『は、はい……』


 アイテムボックスから食器とパンを取り出して、ハヤシライスご飯抜きをよそって困惑しているゴブリンに手渡す。草は食べれないので、珍しそうにこちらを見ている。表情はないけど。


 ゴブリンはハヤシライスの入った皿を覗きこみ、珍しそうに目を瞬かせる。次に鼻を近づけて匂いをかいで、びくっと体が跳ねた。


『す、すごくいい匂いがします……!』

「そうだろう、ハヤシライスは美味いからな」


 ちぎったパンをハヤシライスに付けて、口に含む。まろやかなとろみがいっぱい広がり、体の芯から温まっていくのを感じる。

 ミノタウロスの肉も適度に柔らかくて、とても美味だ。


「うん、美味いな!」

『はい、とっても美味しいです……っ!』


 ゴブリンは涙目になりながら、夢中になってハヤシライスを食べ始めた。パンもあっという間になくなってしまったので、俺はおかわり用にアイテムボックスからパンを出してゴブリンへと渡す。


 明日の朝食もハヤシライスだなと思っていたけど、あっという間にからになってしまった。ゴブリンって、小さいけど結構な大食いだったんだなぁと感心する。


『……ありがとうございます』

「どういたしまして」


 ぺこりと頭を下げたゴブリンに、気にするなと笑いかける。


「でも、なんでそんなボロボロで腹を空かせてたんだ?」

『……その、仲間とはぐれてしまって。この森にいるゴブリンは、自分だけなんです』

「え……」


 確かにゴブリンはよく群れを作っていたけれど、はぐれることはそうそうないと思っていた。試しに索敵でこの森いったいを見てみるが……確かに、このゴブリン以外のゴブリンがいない。


「仲間の下に行きたいのか? 俺ができることだったら、まぁ協力してやってもいいけど」

『いえ、大丈夫です。自分は、魔王様のいらっしゃったこの場所にいたいんです……』


 おーっと。

 魔王を慕っていた魔物だったー!! でも、俺を見て驚かないっていうことは、俺が勇者だと知らないんだろう。そのことにほっとしつつも、ちょっとした罪悪感で胸が痛む。


「その、独りじゃ寂しいだろうし……俺と草はここに住もうと思ってるから、いつでも遊びに来てくれよ」


 飯くらいだったら、いつでも用意するから。

 そう、まるで罪滅ぼしかのように俺は告げる。


『むしろ、ここに住んじゃえばいいんじゃない? そうしたら、ゴブリンと話もできるし……私は楽しいよ!』

『薬草さん……嬉しいです』

「ん?」


 盛り上がる二人に、それもいいかも――なんて思ったのは一瞬で、俺は首を傾げた。


「ゴブリン、薬草と喋れるのか?」


 俺の持つ交渉術スキルがないといけないんじゃと、そう思い尋ねる。

 もしかしてこのゴブリン、レアなスキルを持つ超すごい魔物という可能性もあるぞ。ドキドキしながら返事を待っていると、『ああ』と薬草が答えを告げた。


『私が太陽の光を浴びて、力を蓄えたからよ! 人間は無理だけど、私たちが話しかけると、魔物は聞こえることが多いの』


 とは言っても、話しかけることなんて滅多にないけれどと草が言う。


「へぇ、そうなのか……」


 最初に薬草が植わっていたところは、光があまりなく育つにはよくない環境だった。

 力を蓄え、魔物とはいえ喋れるようになったのなら草も嬉しいだろう。


 ということは……ゴブリンがいた方が、俺としては薬術の研究に打ち込める。草の話し相手として、ゴブリンならば問題はない。

 もちろん俺が相手をするけれど、四六時中というわけにはいかない。


「よし、俺たちの家を作るぞゴブリン!」

『ふぁっ!?』

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