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2:そうだ、引退しよう

 冒険者を辞めるにしても、まずは勇者であることを辞める必要があると考えた。


「職業は、つかないと適正のあるものが勝手につくんだったよな」


 それだと辞めれない気がする……けど、確か神殿に行くと職業を解除して転職させてくれると聞いたことがある。転職すると、その職業に。転職せず職業解除のみを行うと、しばらくしたのち適性職業になってしまうはず。

 ……でも、俺の顔は知らなくてもイナミって名乗ったら勇者かもしれないって確認される気がする。


「あ、そうか。苗字じゃなくて名前を名乗ればいいんだ」


 俺の名前は伊波幸樹だけど、この世界で使っていたのは少し違う。

 幸いなことに、警戒していた俺はずっと苗字のイナミで通してきた。名前の幸樹を……そうだな、コーキと名乗るのがいいかもしれない。

 それならきっと、神殿も俺が勇者だとは気付かないだろう。


「じゃあ、さっそく城を抜け出すか……《転移》」




 ◇ ◇ ◇



 神殿の場所は知っていたので、ピンポイントで転移することが出来た。

 三つの塔から連なる神殿の作りは荘厳で、白の壁と窓にはステンドグラスがあしらわれている。何人もの参拝者が訪れているのを見ると、この世界の人々にとって重要な場所なのだろう。


「……神殿とか、教会とか、俺には無縁だと思ってた」


 異世界に来ることがなかったら、きっと一生無縁だったろう。

 大勢の人が出入りする入り口から一緒に入り、神殿の中を見回す。吹き抜けの高い天井に、透き通った綺麗な音楽が流れている。


 前を見ると受付の窓口が設けられていて、そこへ行けばいいのだということがわかった。顔を知られているとまずいので、帽子をかぶり俯きつつ受付の列に並んだ。


 待つこと約二十分。

 ついに俺の番がきて、受付のお姉さんに用件を聞かれる。


「転職したいんですけど……」

「はい、転職ですね。どういった職業に転職なさいますか?」


 そういえば、勇者を辞めて何に転職するかまでは考えてなかった。


「……こう、どこに行っても仕事があって、危険が無くてのんびりできて……ええと、家でできる仕事なら最高です!」

「は、はい……」


 言って思ったけど、最低な条件だな……。


「ええと、それであれば料理人などはどうでしょう?」


 どこに言っても需要はありますよと、告げられる。


「飲食はブラックのイメージしかないから却下で」


 過労死してしまう。


「ぶらっく? ええと、でしたら……錬金術師や薬術師なども、簡単な道具があれば家で始めることができますよ」

「おお、それいい!」


 ゲーマーの血が騒ぐ。

 至高のアイテムを創る、これをロマンだ。錬金術だと、アクセサリー類の装備を作ることが可能。薬術師は、回復薬を作ることができる職業だったはずだ。

 どちらも材料を購入すれば、冒険に出なくていいからのんびりできる。


 錬金術師もいいけど、狩に行かないから装備はいらないな。

 薬術師にして回復薬を作っておけば、風邪をひいたときに助かるかもしれない。


「薬術師になります!」

「そんなあっさりと決めてしまっていいんですか……? 正直、回復魔法を使える方が多いので……回復薬もそこまで高値で売れるわけではないですよ?」

「いいんです。俺は回復魔法、使えませんし」

「そうですか」


 攻撃関係のスキルや魔法は大量に取得したけれど、回復系の魔法だけは覚えることができなかった。パーティーメンバーの聖女が支援をしてくれていたが、なんだかいつも回復してもらうのが申し訳なかった。

 なので、自分で回復できる手段があるならばそれが一番いい。


 俺は今日から薬術師だ。


「ちなみに、今のご職業は?」

「え?」


 受付嬢が処理を進めながら、なんとなしに問いかけてきた。

 ここで職業勇者なんて言った日には、すぐさま偉い人が出てきて城に連行されてしまう。それはいけない、ある意味死亡フラグだ。


「…………」

「どうされました?」


 職業を黙っているのは、いいのか、悪いのか、この世界の常識に未だ疎い俺では判断できない。首を傾げて微笑む美人な受付嬢を見ながら、さてどうしようかと考えを巡らせる。


「え、ええと、あまり言いたくないんですが……申告しないと駄目なんですか?」

「駄目ではありませんが、その場合は多めの寄付金をいただくことになってしまいますが……」

「それでいいです」


 お金で解決できるならそれでいい。勇者ですと暴露するより万倍いい。

 俺の言葉に頷き、手元の資料を見ながら受付に寄付金を載せる用のトレイを出す。


「ならそれで処理を進めますね。……寄付金は、黒貨三枚です。申告された場合は金貨五枚ですが……」

「高ッ!」

「やめますか?」

「……いえ、やめません」


 この世界の物価を考えて、日本円にするとだいたいこんな感じになる。

 黒貨:10万円

 金貨:1万円

 銀貨:1千円

 銅貨:100円

 鉄貨:10円

 ざっくり俺が考えただけだけど、そんなにずれてはいないと思う。屋台で串焼きを買ったら銅貨で数枚になるからな。


 つまり転職するのにかかるお金は、三十万円ということになる。

 転職するのにここまでお金がかかるってしらなかったよ。あれかな、日本の就活はスーツ代や交通費がかかるっていうから、それの代わりかな?

 って、そんなわけねぇ!


 しかし勇者とばれたらフラグが立つので、泣く泣くお金を払う。……貯金はまだたっぷりあるから、大丈夫だ問題はない。


「はい、確かに預かりました」

「……みなさん、ほとんどの方が申告されるんですよね? いや、参考までに」

「ああ。ほとんどの方が申告されますが、しない方もいらっしゃいます。……例えば、高貴な身分の方や、投獄されて刑期の開けた方など」

「なるほど……」


 確かに、俺と似たような理由で明かさない人はいるだろう。

 投獄されたっていうのは……改心した盗賊の類か。そういえば、俺も捕まえて国の騎士団に突き出したことがあったけど……改心したらここへきて職業を解除するんだろうか。


 まあ、俺には関係ないか。


「それでは、こちらが職業解除するためのアイテムになります。飲み干してくださいね。その後は、この推薦状を持って薬術師ギルドへ行ってください」

「ありがとうございます」


 受付嬢から渡されたアイテムは、飲み物だった。

 小瓶に入れられた淡いオレンジ色の薬品。


「怪しいな……」


 でも、転職したいしな。

 俺は目をつぶり、それを一気に飲み干した。


 ギルドカードを使い、ステータスを確認する。


 

 伊波幸樹

 レベル:100

 職業:ニート



「ちょ、ニートって酷い」


 せめて空欄にしておけ。

 そう思いながらも、脱・勇者! できた嬉しさを噛みしめながら神殿を後にした。

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