17:ポーション
俺とゴブリンの間に、沈黙が流れる。
朝の張りつめた空気がどこか、肌に痛いと錯覚してしまう。
「すごい量の、ポーションだな……どうして、こんな」
ゴブリンは、薬草の葉を天日干しにしてポーションを作っていた。こんな一気に作ることは、不可能だ。それこそ、俺のようにスキルでも持っていない限りは。
……もしかして、ここ毎日ずっとポーションを作っていたからスキルを取得したのかもしれない。魔物が可能かはわからないけれど、不可能だという理由だってない。
『コーキさん、すみません……』
「なにが」
『自分は、どうしてもポーションが大量に必要になって……』
ゴブリンの背中が、震えている。
肩が小さく上下していて、涙声だ。
『それで……っうぅ』
「…………」
そのまま何も言えなくなって、ゴブリンが床に崩れ落ち声を上げて泣く。
いったいどうして、突然こんなことになったんだ。
床に散らばる薬草の葉からは、当たり前だけど薬草の声は聞こえない。あれは本体じゃなければ、交渉術スキルで話すことができない。
ゴブリンからすぐに話を聞くのは、不可能だ。すぐにでも問い詰めたい気持ちをぐっとこらえて、現状を確認するため室内を見回す。
そして目に入ったのは、一冊の本。
「……?」
俺はそれを拾い上げて、表紙を見る。
言語スキルがそれを自動的に日本語へと変換する。
【魔王の日記】というタイトル。
「これを読んだのか」
パラパラとめくり、内容を読む。
たわいない最初の方は飛ばし、最後。魔王が死ぬ前に綴ったページを見る。
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勇者が攻めてきた。
強いということが、よくわかる。
かといって、まだ死にたくはない。
さてどうしようと考えて、ずっと昔から考えていた方法を試してみようと思う。自分の魂の半分だけを体から切り離しておく。
そうすれば、いずれ復活することができるかもしれない。
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「なるほど……」
ただ、そこには魔王の不安もかかれていた。
誰も自分を復活させてくれなかったらどうしよう、というものだ。なんだ、この魔王もぼっちなんだろうかと思ってしまう。
だから魔王は、自分を植物にすることにしたらしい。
すぐには無理だが、長い年月を経てば銀の木の実から復活した魔王が生まれるのだ――と。
「まじかよ」
つまりゴブリンが偶然拾ってきたあの木の実は、魔王の魂半分でできていたものだったんだ。そして魔王を復活させようとして、栄養となる大量のポーションを必要とし作った――ということだ。
俺の倒した魔王、半分の魂だったのか。
やけにあっさり倒せたのも、これで納得できる。
「…………」
そして同時に、思案する。
けれど、答えは一瞬で出た。
魔王を倒すのか――否。
俺に、魔王を殺せば日本へ帰れると嘘をついたやつらのために、魔王を倒すはずがない。せいぜい苦しんでいればいいのだと、俺は思う。
「ゴブリン、そのポーションはもういらないのか?」
『え……お、お、怒らないんですか? 自分は、薬草さんを全部摘んでしまったのに……っ』
「そりゃあ、怒ってるよ」
『っ!!』
俺は聖人じゃないんだから。
薬草とは短い間しか一緒にいなかったけれど、ぼっちの俺にとっては楽しい仲間だった。ただ、それはもうゴブリンも同じような存在なわけで。
ポーションが大量に入った鍋を手で持ち、俺は散らばっている薬草の葉を入れる。
そして同時に、自分の魔力を鍋に注ぎ込んでいく。ゴブリンの弱い魔力では、ポーションが十分な効果を発揮することはできない。
『すごい……キラキラ、ポーションが輝いてる』
「これをもう一回、ポーションに精製し直す……《ポーション調合》」
出来上がったポーションを見て、俺は一人納得する。
《至高のエリクサー》
高純度の魔力を使用して作られたポーション。
魂すら補修することができる。
そして手に持っていた鍋の中身を、バルコニーから地面へぶちまけた。
そこにあるのは、魔王の半身である銀色の実。
そして――薬草がいたはずの、今は何もない地面だ。