16:魔王城
魔王城の裏庭で、畑から野菜を採り魔物を倒して肉にて、割と平和に暮らしていた。……そう思っていたのは、もしかしたら俺だけだったのかもしれない。
――異変は、何日か経ったときに訪れた。
「ふああぁぁ……」
朝目が覚めて、伸びを一つ。
ゴブリンのベッドを見ると空で、また野菜か何かを探して森に行ったのだろうかとぼんやり考える。ウサギを捕まえようとして怪我をしてなきゃいいけど。
「あ、それか薬草と話してるのかな」
薬草は早寝早起きなので、俺よりゴブリンと生活リズムが合う。だってほら、俺は夜更かしをしたいお年頃だからさ……。
とりあえず顔を洗うのが先だ。タオルを用意してテントを出ると――いるはずの薬草が、そこにいなかった。
「え?」
どういうことだ?
隣に植えていた体力草は、いつも通り。ただ、薬草の姿だけが見えない。
「歩け……ないよな?」
それとも、ゴブリンがどこかに移し替えたのだろうか。
あの薬草は地味に我儘だから、それくらいの無茶をゴブリンに言ってもおかしくはない。ただ、ゴブリンの倍以上ある大きさの薬草を植え替えられるとは思えないけれど。
「んんん~? んっ?」
そしてふと、気付く。
ゴブリンが持ってきた木の実が、一回り大きくなっている。
さらに言えば、木の実の輝くも増して、光沢すら見える。
「……?」
なんだ、一気に成長した? のか?
よくわからない状況に、俺は周囲を見回す。――が、やっぱりゴブリンの姿はない。
このまま帰ってくるのを待ってもいいけれど、なんだか落ち着かない。
ゴブリンの気配をたどると――目の前にある魔王城の中。
「あ、片付けしてるのか?」
植えた実を見つけて以降は、そんなにしていなかったはずだけど。まぁ、すぐそこにいるならそれでいい。
とりあえず様子を見に行ってみようと、俺は魔王城へ足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
「ここに入ったのは、二回目か……」
以前入ったのは、魔王討伐のときだ。
日本に帰るために頑張ってたってのに、いざ倒したら帰れません、王女と結婚しろ……だもんなぁ。嫌になって、いっそ自分が魔王にでもなりたくなる。
別に、この世界に愛着があるわけじゃない。
崩れかけた城の壁を見て、ここまで酷い状態にしてしまったのかと思う。
無人になった魔王城はとても静かで、綺麗な廃墟だ。
「ゴブリンがいるのは、最上階か」
上へ上へと続く螺旋の階段を登り、いったい何があるのだろうと考える。
魔王と戦ったのは、最上階ではなかった。物語であるならば、お姫様の囚われている場所が最上階だけれど――今いるのは、ゴブリンだ。
なんというか、絵にならないシチュエーションだな。
螺旋階段に敷かれた絨毯はぼろぼろになり、埃がつもっている。
……生活が落ち着いたら、綺麗にするのもいいかななんて考える。
「ゴブリン?」
最上階まで来て、いるかー? と名前を呼ぶ。
返事がない。
「何やってるんだ?」
最上階の室内に足を踏み入れると、ゴブリンの後ろ姿。ほかには誰もいないので、一人。
――薬草もいないな。
『…………』
「?」
俺の声は聞こえているはずなのに、無反応だ。
そしてふと気付く。
ゴブリンの足元にある、大量の――薬草。
「え?」
すぐ近くには鍋があり、大量のポーションができあがっていることがわかった。それを木の実に使うのだろうということも、容易に想像できる。
――でも、材料は?
「ゴブリン、お前……薬草がどこにいるか……知ってるか?」
『自分は……』
問いかけに、ゴブリンが反応した。
今日の朝になって、艶やかに成長していた銀色の木の実。
ゴブリンの持っている大量のポーション。そして、散らばっている薬草の葉、葉、葉。
俺はごくりと唾を飲む。
――お願いだから、違うと言ってくれ。