1:最強勇者は日本へ帰れない
楽しんでいただけたら嬉しいです。
突然、異世界へ召喚され――勇者となった自分。
引きこもってゲーム三昧だった俺は、それがひどく嫌だった。安全な日本に帰りたかったのに、魔王を倒さなければ召喚魔法を使うことができないと言われてしまった。
日本に帰りたいがためだけに、ひたすら泣きたいのを我慢して頑張った。聖剣を手に入れ、それでどうにか魔王を打ち滅ぼしたのに――この仕打ち。
「すまない……召喚魔法が発動せず、イナミ、お前を祖国へ帰してやることができない」
「……へ?」
「イナミの衣食住は、国王である私は保証しよう。第一王女であるヘレナと結婚し、この国を守っていってほしいと考えている」
「…………」
王様の言葉が、右耳から入って左耳から抜け出ていく。
これだけ頑張って、苦労して、死にそうになって、強くなって、やっとやっとやっと魔王を倒したのに……日本に帰れない!?
「嫌に決まってる……っ」
「ん?」
ぼそっと呟いた俺の声は、玉座に着く王の耳にまでは届かない。
真紅の絨毯に、両サイドは剣を携えた騎士たち。国のために協力してほしいと、俺に懇願した国王の姿は、もうそこにはなかった。
ああ、どうしようか――。
俺は、伊波幸樹。
日本から召喚された、十九歳の大学生。
魔王を倒さないと日本に帰れないと脅され、死に物狂いで倒し、冒頭に至る。
「ヘレナとの結婚は、褒美だと思ってよい。この国一の美女と謳われている我が娘だからな……」
はい以外の返事を許しはしないという目で、国王が俺を見る。
だけど、俺は魔王を倒した今も国王の言いなりになんてなりたくない。それに、王女なんて傲慢そうな人間と無理やり結婚させられるのも嫌だ。
いったいどこが褒美なのかと、ため息しかもれない。
「……何も、いりません。失礼します」
「!?」
俺が望んでいるのは、平和な日本に帰りたいということのみ。
財宝も、力も、地位も、最強の勇者として魔王を倒す過程で手に入れた。国王に世話をされなければ生きられないことなんて、何もない。
俺が踵を返し扉へ向かうと、「待て」と国王が高らかに声を上げた。
まるで自分の駒から抜け出すことは許さないと……そう告げているかのようだ。いや、実際そう言っているんだろうけど。
両サイドに控えた騎士たちが、腰の剣にその手を添える。
「勇者イナミ、はやまるな。おぬしを返す方法に関しては、私もこれから尽力し探し出す。今はまだ、王城で疲れた体を休ませるのがいいだろう」
「…………」
ゆっくり言葉を紡ぐ国王に、さてどうしようかと思案する。
騎士たち全員を倒して逃亡することはもちろん容易いけれど、それだとすぐに追手が放たれて面倒なことになってしまうんじゃないだろうか。
それならいっそ、夜中になるのを待ってから抜け出すのがいいかもしれない。荒事は好きじゃないから、穏便に行く方法があるならそれがいい。
「わかった、部屋を用意してくれますか?」
「おお、もちろんだ。さあ、ゆっくり休んでくれ」
あからさまにほっとした国王を見て、嫌な気持ちが少しだけ込みあげた。
◇ ◇ ◇
広々とした部屋に案内され、俺は無造作に服を脱ぎ散らかす。別に裸族ってわけじゃないけど、国王の前に出るために着た堅苦しい服はどうしても好きになれない。
脱ぎ捨てたズボンのポケットからギルドカードを取り出して、ぼふんと上質なベッドへと寝ころがる。
「……ステータスオープン」
伊波幸樹
レベル:100
職業:勇者
物理スキル
・身体能力強化
・魔法能力強化
・一閃切り
etc…
魔法スキル
・属性魔法
・召喚魔法
・空間魔法
etc…
ギルドカードは、自分の状態を可視化する機能が付いている。
それを見て、魔法スキル――召喚と空間に目を向ける。さすが勇者といわれるだけはあるのか、俺は様々なスキルを使えるしレベルもマックスだ。
……まあ、ゲーマーだからレベリングが好きだったのは否定しないけど。
「でも、召喚魔法で異世界から人を呼ぶことはできないんだよな」
空間魔法も転移を使えはするけれど、一度行ったことがある場所、さらには五十キロ程度までの範囲と地味な制限もある。
とてもじゃないが、今の俺じゃあ自力で日本へ帰ることができない。
「というか、そもそも王様はどうやって俺を帰すつもりだったんだ?」
召喚は、とても稀少なアイテムをたくさん使って大人数で行った……みたいなことを言っていたけれど。数百年蓄えた魔力をすべて使い切ったって言って――あ。
「魔力を使い切ったのに、俺を返せるわけないね!?」
なんてこった、盲点だった!!
そうか、最初から召喚して魔王を倒させてはいおしまい! っていう予定だったんだ。そうだよ、それならまだ納得できる……。
「つまり俺は、どうあがいても日本には帰れない?」
召喚されはしたから、この世界をくまなく探せば帰る方法もある……かもしれない。でも、そんな危険を犯すくらいならどこかでひっそりと暮らしていきたいというのが正直なところ。
働かずに……っていうのはさすがにまずいけど、適度に稼ぎながらならありだろう。間違っても、王女と結婚して王族になんていう未来は望んでいない。
「となると、いそいでここを抜け出した方がいいな」
そのあとは、どこに行こうか?
この街の人には顔を知られてるから、違う街や国に行くのがいいかもしれない。それで美味しいご飯を食べて、ペットに猫を飼うのもいいかもしれない。
とりあえず貯金はあるから、旅行っていうのもありだ。
「そう考えると、ちょっと楽しくなってきたかもしれない……!」
ふんすと鼻息を荒くする。
「あ、でもそうすると……このギルドカードが邪魔だな」
魔王城まで旅をするにあたり、各街に支部があり便利だから……という理由で冒険者登録をしてある。これを持っている人間は、有事の際に戦力にならなければいけない決まりがある。
たとえば、魔物の大量発生とか災害時の救助とか。
正直、もう魔物と戦う必要はないんだよね。
だってレベルがマックスだから、意味がない。
もし貴重なアイテムを落とすっていうなら話は別だけど、今のところそれらが入用になる予定はない。そもそも、大抵のものは貯金で買える。
「よし……まずは冒険者をやめよう」