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~伴奏 お米大好き! ゼニシエンタ!~  作者: 粟生木 志伸
第一章 北の都の女の子
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第3話 険しい道程

 北都の中央にある石畳で出来た大きな広場は、食料品の市場だ。そこら中に、赤、青、黄色といった様々な色をした天幕が、雨を凌ぐために張られている。そして、火の灯った蝋燭が、その天幕を点々と照らしていた。


 賑やかである。夕飯時ともあって、そこは食材を買い求める人々の雑踏で、ごった返していた。天幕の内には、どっさりと山積みされた様々な野菜や果物。鳥や豚、牛といった肉類や、瓶に詰まった魚の塩漬けを置いているところもある。それを売りさばこうと、売り子が通り過ぎていく人たちに愛想よく声を掛けていく。


 ただ、北都周辺で採れるものを、置いている店は少ない。主に、『東都とうと』から持ち込まれたものが多かった。東都は、トゥアール王国の東に位置する都で、そこは肥沃な大地が広がっており、主に農業が盛んな地域だ。収穫量は国内最大。そして多種多様である。そのため、『食の都』と呼ばれるほど。


 そして、その食料品を交易品として、質の良い炭である北炭や陶磁器などを求め、商人たちがやってくる。最近は、様々な色の着いた『色彩硝子しきさいがらす』という硝子を扱った品も人気が高い。


 これは、北都にとっても、有難い話である。ここも昔に比べ人が多くなった。自給自足が難しくなってきていたので、東都から来る食料は欠かせないのだ。


 この広場は、そんな食品を売る以外に、料理にしてそれらを出している露店もある。そこは、天幕の下に四、五人は一緒に座れそうな食卓と、床几しょうぎの小さな椅子が並べられていた。食卓は、長方形で太くて丈夫そうな十得竹を枠で組み立て、細めの十得竹を天板にして敷き詰めてる。


 椅子も、同じようなものだ。四本脚と枠を太めので、台座が細めのものを使って作られている。それが何組か固まって置かれていた。そして、そこに座って、楽しげに食事をとっている者達もいる。寒くなってきているので、暖かい料理が人気だ。


 お酒を飲む所も近くにあった。この広場を取り囲むように、二階建ての古ぼけた煉瓦造りが、軒を連ねている。そこの一階は酒場になっているところが多く、もう既に明るい灯で照らされた陽気に動く影が、中から見える。語り歌でも歌いながら踊っているのだろう。 


 ここは、色んな食が溢れていた。しかし、この風景もそろそろ終わりを迎える。雪が降れば、積もるのが北都である。広場にも、こんもりと積もるため、市は畳まれてしまう。すると、今度は子供たちの遊び場に早変わり。雪合戦や雪洞を作ったりして、色々と遊ぶ。雪が解けて再び市が立つ春まで、この広場は彼らのものだ。


「うう……」


 そんな広場を忌々しげに見つめる少女が一人。ゼニシエンタである。北天神社がある坂を下りてくると、この場所に出てくるのだ。


「ここは、地獄よ! 悪魔の住まう場所よ!」


 活気があり、賑わいを見せる市場。しかし、食いしん坊さんの彼女にとっては、非常に目の毒、鼻の毒となる場所なのである。だが、ここを通るのが家までの一番の近道。気が沈み、できるだけ早く家に帰りたかったため、ここを通る選択をしていた。


「うう、辛い! でも――!」


 ここにいても、家は近づいて来ない。覚悟を決めて、両手で口と鼻を隠しながら俯き、この市場の中を突き進んでいく。しかし、彼女にとって、美味しそうな食材を見たい嗅ぎたいという、この如何ともし難い誘惑を抑え込みながら突破するのは、至難の技であった。


「はあああん! あれは、『白根しろね』じゃない! しかも、太くて大きい! 今年は当たり年だったのね!」


 歩き始めて間もなく。早速、ちらりと視界に入った食材の虜になるのであった。しかし、何とも幸せそうな顔である。恍惚の表情というべきか。眉や目尻が下がりに下がっていた。口の端から涎も出ているが。


 白根は、その名の如く白い根野菜だ。野菜特有の甘味もあるが、辛味もある。長さや太さは、大人の腕くらい。しかし、育ちが良いと、太さだけがどんどん増していき、大きいものだと三本分にはなる。彼女によれば、それに該当しているらしい。


「煮ても良いわ。漬物にしても良い。葉っぱは、おひたしね。あと、おろした白根を、焼き魚にかけて食べると美味しいよねえ……。はあああああん……」


 もちろん、彼女はそのまま生でもいける。何本でもいける。そして、うっとりとしているその頭の中は、白根で作れる美味しそうな料理の姿が浮び、止めどなくその数を増やしていった。


「ごるるるる……!」


 すると、彼女の食欲に答える正直なお腹。地の底から響いてくるような音が聞こえてきた。


「はっ!? 私は何を――!?」


 彼女は何とか正気に戻り、涎に気付いてそれを手の甲で拭う。だが、そこに気付けるなら、近くにある目にも気付いてほしい。皆、「変な子がいるなあ」と道を避けて通っている。しかし、そんな余裕は今の彼女にはないようだ。そのまま一人芝居は続ていった。


「ちいっ! 負けるもんか! そう簡単に私を誘惑できる――、あああん、あそこにおわすのは、果物界の重鎮、『桃瓜ももうり』様!」


 それは、東都名物の一つだった。両腕でも抱えきれないほどの大きな浅緑の瓜で、玉というよりやや楕円に伸びた縦長である。硬めの外皮は薄く、そのまま食べることもできる。


 白い果肉は、桃のように甘く柔らかくも、しっかりとした食べ応えがあった。そして、その果肉の中には、米粒のような黒い種が、散らばっている。それが、口の中で潰れると、甘さに合わさり甘酸っぱい味も堪能できた。食べて二度美味しいと評判の果物で、庶民の果物として愛されていた。


 とはいえ、その庶民には結構お高い果物だ。だが、それはそれ一個の値段だとしたらの話。他の果物に比べたら数も少ないし、大きさもあるので値が張る。しかし、大抵は切り分けて売っているので問題はない。でも、彼女は丸ごと一つ齧り付くのが、未だ果たせぬ夢なのである。そのためか、敏感に反応を見せ我を失った。


「ごるん! ごるううん!」

「はっ!?」


 しかし彼女は、再び正気に戻ることに成功。どんどん大きな音を上げていく、そのお腹のおかげである。


「ああ!? 私は何やってるのよ!? これじゃあ家に帰れない――、はああああ! お肉! お肉の匂いがするううう!! 久方ぶりのおおお!!」


 それは、露店で料理されていた牛の焼肉だった。香ばしいタレと一緒に、お肉が鉄板の上で焼かれ、鼻孔から入ったその匂いが、彼女の脳天とお腹を直撃した。


「ぐおおおおおおん!」

「はっ!?」


 もう、お腹で鳴る音なんかじゃない。螺旋大孔から聞こえてくる、獣が叫ぶような呻き。いや、猛獣の雄叫びそのものである。しかし、その轟音に助けられ、彼女は三度理性を取り戻した。


「うう! 我慢よ、我慢するのよ! お金なんて無いんだか――、はあああん!」


 そして、彼女は同じことを繰り返していく。周りの人たちに、「あの子は、何してるんだろう?」とか「今日は螺旋大孔の風音がよく聞こえるなあ」とか思われながら。結局、急いでいたはずの帰路は、遅々として進む事はなかった。



**********



 広場を抜け少しした所に、ゼニシエンタの家はあった。そこは、様々な商品が道沿いに陳列されている商店街だ。その中で焼き物の小売を営むのが、彼女の実家。お皿や湯呑といった食器などを主に取り扱っている。


「た、ただいま……」


 声に力がない。何とか我が家へと辿り着けはしたが、その時にはかなり憔悴していた。顔がげっそりとしている。


(やっぱり、多少遠回りしてでも、あそこは通るんじゃなかった。あれは、拷問だったよ……)


 彼女は、そう後悔していた。


(でも、ほんっっと、美味しそうだったなあ……。うう……)


 その悲しみの思いをお腹で鳴らし、若干ふらつきながら、家の中に入っていく。すると、舌足らずな女の子の声が奥から聞こえる。


「あー! ねーたん帰って来たー!」


 ゼニシエンタを出迎える赤紫色の髪をした小さな姿が、奥にある部屋からひょっこりと顔を覗かせた。髪は首の辺りまで伸びており、前髪を三つ編みにして纏めている。


 この子は彼女の歳が離れた妹だ。マジェンテフという。今年で四歳。元気いっぱいに駆け回るが、よくこけて生傷が絶えない女の子だ。最近は大人びた事をしたがる、おませさんになってきた。


「おかえいー! ねーたん!」


 マジェンテフは、嬉しそうにゼニシエンタに向かって走り始める。可愛いものだ。自分の帰りをあんなに嬉しそうに。そんな愛らしい妹を受け止めるため、残り少ない体力を使い両手を広げた。


「マジェンテフ、ただいまー……」


 すると、その妹は、自分の鳩尾あたりを目掛けて頭から突撃した。


「どーん!」

「ぐっぼおっ!?」


 空きっ腹にこれは効く。もう少し強ければ、その勢いに耐え切れず、盛大に尻もちをつく羽目となっていただろう。


「おかえいー!」


 悪気はないのだ。満面の笑顔になった妹を両手で抱え込み、よろめきながらも弱々しい笑顔を作って答える。


「た、ただいま……。マジェンテフ……」

「うん!」


 勢いよく頷くマジェンテフ。無邪気なもんである。こんな顔されたんじゃあ、怒る事も出来ないよね。ゼニシエンタがそう思っていると、マジェンテフのいた部屋から、青い髪と黄色い髪した頭がぴょこぴょこと飛び出した。


「あ、お帰りー! おねーちゃん!」

「…………りー」


 黄色い髪をした女の子に続いて、青い髪をした女の子もぼそりと呟いた。マジェンテフと良く似ているこの二人も、ゼニシエンタの妹だ。しかし、髪色と髪型は、まるっきり違っていた。そのため、それぞれ受ける印象も随分と変わってくる。


 黄色い髪をしたのがイエオーシカ。髪を両耳の上ぐらいで纏め、二つの三つ編みが左右の肩まで伸びている。今年で四歳。三人の中で、一番おしゃべりさんだ。そのためなのか、滑舌も良く舌足らずな部分も少ない。そして、この歳でしっかり者、いや、ちゃっかり者であると、家族の皆から認められている。


 青髪の方は、シシアン。肩の辺りまである髪を一つに纏め、おさげの三つ編みにしている。二人に比べると、ジト目だ。ただ、家族の前以外では大人しくて、人とはあまり話そうとしない。その傾向が強い。


 しゃべる言葉は、家族の前でも今みたいに少なかった。だが偶に、普段では考えられないような行動力を発揮することがある。こちらも今年で四歳。本や絵本が大好きだ。


 三人とも四歳。そう、彼女たちは三つ子なのだ。そして、この二人もゼニシエンタ目掛けて、走り始めた。


「ちょ、ちょっと!?」


 やばい! このままじゃあ――! そう思ったが、時すでに遅し。二人は、彼女の前に辿り着くと、マジェンテフを避けるように両脇へ別れ、同時に頭から突っ込んだ。


「ずどーん!」「……ん!」

「ごっぼおお!?」


 既にふらふらであったゼニシエンタに、止めの鈍痛が脇腹を抉りように打ち込まれる。そして、限界へと達していた体を支える力を使い切り、ゆっくりと後ろへと倒れていく。結局、彼女は盛大に尻もちをつく羽目となってしまった。


ったああ……」

『あはははは!』

「こ、こらあー! あんたたち! 笑うんじゃないの!」

「きゃあ! にげおー!」「にげろー!」「……ろー」


 倒れたゼニシエンタが手を振り上げると、きゃっきゃと笑いながら三人は奥の部屋へと逃げ出した。


「もう! あの子たちはああ! ――はあ。お腹空いた……」


 彼女はパタリと振り上げた手を下した。最早、怒る気力すら湧かない。それでも、何とか立ち上がって、お尻に着いた埃を払う。すると、後ろから女性の笑い声が聞こえた。


「ふふふ!」

「あ……」


 振り向けば、茶色の髪を一房の三つ編みにして胸元まで掛かった、体が細めの女性が立っている。彼女とよく似た目を細め、右手で口許を押さえていた。左手には、竹細工の買い物籠を持っている。 


「お帰り、ゼニシエンタ!」


 ゼニシエンタの母、カジェリカだ。


「ただいま、母さん……」

「お帰り」

「母さんも、どっか行ってたの?」

「うん、ちょっと買い物をね」


 そう言うと、手に持った食材の入っている買い物籠を、ゼニシエンタに見せるようにして少し揺らす。


「そっか」

「――ん? どうしたの? 元気ないね?」

「…………」


 カジェリカは、娘がいつもと違う様子に気付いた。普段なら籠を奪い、食材の吟味でも始めそうなもの。それもない。お腹を、ただ空かしているものかとも思ったが、何か違った。どうしたのかしらと首を傾げながら、我が子の様子を窺う。


「ゼニシエンタ?」

「はあ……。うん、実はね――」


 溜息をついたゼニシエンタは、先程の経緯いきさつをゆっくりと話し始めた。

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