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同僚の女の子が急に自分のことを僕と言い始めた理由

作者: クロべぇ

「やばい……まじやばいって……」


 祐一は渋滞した道路を眺め、ハンドルを指で叩きながら焦っていた。急いで会社に行かねばならない理由が彼にはあった。時刻は夕方7時、本来であれば家でのんびりしている時間だ。


「ああもう……なんで俺は帰る前に確認しなかったんだ……」


 祐一は趣味で小説を書いている。小説家になろうというサイトがweb上にあり、そこでは誰もが小説を投稿することができる。祐一の小説は人気があるわけでもなく、たいして読まれているわけではない。だが、書くこと自体が楽しいので趣味として続いているのであった。その小説のメモを会社に忘れてきてしまったことが、祐一をあせらせている原因だった


「あれ見られたら会社辞めるしかないか……。くそっ、早く動いてくれよ……」


 普通の小説のメモであれば慌てる必要はなかったかもしれない。しかし、そのメモに書かれているネタは普通とは言い難いものだった。人には絶対言えないような、女の子に対する願望や欲望が書き連ねられているのだ。28歳である祐一には恥ずかしいことこの上ないメモ帳である。


「会社にあるはずだよな……。それ以外思いつかないし……。今日は年明けでみんな残業してないはずから大丈夫だよな……」


 不安から独り言をひたすらつぶやいてしまう祐一。会社に到着するまであと30分以上はかかりそうだった……。



――――――――――――――――――――――――――――――



「あれ? なにか落ちてる……」


 オフィスに置いてある植木鉢に隠れるようにして、メモ帳のようなものが落ちていた。理沙は拾い上げて眺めてみる。メモ帳の持ち主はすぐに思い立った。先輩であり、憧れを感じている高木祐一のものだ。よく真剣な顔でこのメモ帳になにかを書き込んでいるのを見たことがある。その時の真剣な顔が理沙は大好きだった。


「ふふっ、いつもはしっかり者の先輩もドジするんだなぁ。机に置いておこうっと」


 オフィスにはすでに誰もいなかった。1月4日の会社始めであり、みんな定時で帰っていた。何故理沙が残っていたかというと、書類にちょっとしたミスを見つけてしまい大慌てで修正していたのだ。無事に終わって帰ろうとしていたところで、祐一のメモ帳を見つけた。


「何書いてあるんだろう? やっぱり仕事のことだよね。先輩真面目だもんなー。ちょっと見てみたいけど……やっぱりだめだよね?」


 そうつぶやきながら祐一の机に向かって歩いていた理沙は、急に何もないところで転んでしまった。仕事のミスといいい、基本的にドジっ子なのだ。祐一の手帳は宙を舞って開かれた状態で床に落ちた。おそらくは一番よく開かれていたページなのだろう。


「ああ……大丈夫かな?変なしわとかついてないといいけど……」


 そう言って拾い上げる理沙の目に、様々な文字が目に入ってきた。なんだか普段見たことのない単語が羅列され、横には○や×、△などが書かれていた。理沙は見てはいけないと思いながらすぐにメモ帳を閉じた。


「高木先輩ごめんなさい……。目に入っただけで読んでないですからね……」


 慌てたように祐一の机の上にメモ帳を置いた。しかし、先ほど目に飛び込んできた1つの単語の意味を考えてしまっていた。『僕っ娘』……そう書かれた単語の横に花丸がついていたのだ。帰ったらスマホで調べよう……そう考えながら理沙はオフィスの戸締りをして帰宅した。



――――――――――――――――――――――――――――――



 理沙の帰宅と入れ替わるように祐一は会社に到着した。会社の入り口にはまだ警備員がいるようだが、祐一のオフィスの電気は消えていた。予想通り残業している人はいないようだ。少し安心しつつも、早くメモ帳を確認したくて祐一は走って入口に向かった。


 祐一に机に置いた記憶はなかったが、一応机から見ることにした。そしてあっさりと発見する。机のど真ん中に目立つように置いてあったのだ。


「俺……こんなところに忘れたのか?」


 祐一は普段から机を綺麗にしてから仕事を終える。このような忘れ方をすることなど滅多にない。どこかに落としたメモ帳を誰かが拾って、机の上に置いてくれた可能性がある。


「見られてないだろうな……」


 祐一は慌てたようにメモ帳をめくっていく。ふと思いついた小説のネタが箇条書きで記されている。この中で最も見られたくないページを開いて祐一はため息をつく。


「こんなの見られたら何を言われることやら……」


 そのページには女の子の属性というかジャンルというか……思いついたものを書き並べて、横に自分が好きかどうか評価をつけていたのだ。かわいい系や美人系といったものなら問題はないだろう。ドジっ子やアホの子なども……まだいいだろう。しかし、好き嫌いにかかわりなく思いついたものを書いたせいで、アブノーマルとも言えるジャンルが書いてある。女王様、M女、痴女、男の娘、百合……。こんなものを見られたら人格を疑われる……。


「不安だけど目的は果たした……帰ろう……」


 メモ帳を発見した喜び半分、見られたのではないかという不安半分で祐一は帰宅した。明日何も言われませんように……そう願いながら……。



――――――――――――――――――――――――――――――



 次の日、何も問題なく祐一は仕事をこなした。どうやら不安は杞憂に終わりそうだ。


「高木先輩、この書類のチェックをしてもらっていいですか?」

「いいよ、見せて」


 6つ下の後輩である田中理沙が祐一のもとへ書類を持ってきた。理沙はわりと書類のミスをしてしまうため、祐一に頼って確認してもらうことが多かった。祐一はこの少しドジな後輩に対して悪い気持はなく、むしろ好感を持っていた。いつも笑顔を絶やさないような元気な子で、会社内でも人気が高い。ショートカットで目もぱっちり大きいところも祐一の好みである。趣味はジョギングや水泳らしく、日焼けしていることが多い。今は冬でさすがに焼けてはいないが、夏には健康的な小麦色の肌がまぶしかったものだ。


「うん、大丈夫そうだね。田中さんにしては珍しいよ」

「ありがとうございます。でも実は昨日、ミスしていたことに気づいて大慌てで直したんですよー」

「ははっ、でも自分で気づいたんなら偉いよ。成長したね」

「ですよね、じゃあありがとうございました。お礼に後でお茶淹れて来ますね」

「ああ、頼むよ」


 祐一は理沙に頼られているという喜びから、その後の仕事も順調にこなした。やがて10時半となり、小さなチャイム音がオフィスに響く。小休憩の合図だ。祐一の周りの社員はタバコやコーヒー休憩のために立ち上がった。祐一は煙草を吸わないのでいつも机で小説のネタをメモしていたのだが、今日は嬉しい約束がある。


「先輩、お茶持ってきましたよ」

「ああ、ありがとう」


 すぐに理沙はお茶を持ってきてくれた。この子の淹れてくれるお茶が祐一は好きだった。好感を持っている相手だからなのは間違いないだろう。


「ところで先輩……男っぽい女の子ってどう思います?」

「ん? 唐突だね、急にどうしたの?」


 不意の質問だが、祐一は考えてみた。女の子は女の子らしい方がいいかな。でもなんでこんなことを聞いてきたんだ? もしかして女の子を紹介しようとしてくれている? その女の子が男っぽいから探りを入れている? 祐一がそう考えていると、理沙は質問の理由を言ってきた。


「たいした意味はないんですよ。昨日ふと思ったんです。自分のことを僕って言う女の子たまにいるじゃないですか。アイドルの何とか組のなんとかって言う子もそうですよね」

「ああ……たしかにいるね。でもあの子は男っぽいわけじゃない気がするね。ああいった女の子らしい子が僕って言うと、なんだか可愛く感じるかな」

「可愛い……ですか」

「うん、顔は可愛いのに自分のことを僕って言うんだなーっていうギャップなのかな?それに……」


 女の子としての自分に自信がなくて僕と言ってしまうのかもしれないとか、恋している相手に男友達風に近づくために僕という単語を利用しているっぽいところに萌えを感じる……。なんて語りそうになるのを祐一はすんでのところで耐えることができた。こんなことを語ってしまっては、普段真面目で通している自分のイメージが崩れてしまう。


「それに……なんですか?」

「ああごめん、なにか言おうと思ったけど思いつかなかったよ」

「そうですか……それで先輩は自分のことを僕って言う女の子は好きなんですか?」

「え? ああ、嫌いでは……ないかな?」

「そうなんですかー。不思議だなぁ……」


 不思議なのは祐一も同じだった。理沙は昨日ふと気になったと言っていたが、普通そんなことが気になるのだろうか? 祐一は理沙が自分のことを僕と言ったらどうなるか想像してみて……悪くないかもしれないなんて考えるのであった。


「ところで先輩、僕の淹れたお茶はおいしいですか?」

「ぶうっ!」

「きゃっ! 先輩大丈夫ですか?」


 祐一は妄想の中の出来事が不意に起きたせいで、お茶を少し噴き出してしまう。なんとか手で押さえて飛ばないようにしたが、咳き込んでしまう。少し呼吸を整えて、祐一は口を開いた。


「ご、ごめんね……。急にびっくりしてさ、お茶かかったりしてない?」

「わたしは大丈夫ですよ。それより先輩急にどうしたんですか?」

「い、いや……不意に僕とか言うからびっくりして……」

「うふふ、先輩がどんな反応するか試してみたかったんです。あんな驚くとは思いませんでした」

「だってまさか田中さんの口からねえ……」

「ふふっ、ギャップ……ですかね」

「あはは……そうかもね」


 先ほど祐一が言ったギャップという言葉を理沙はうまく利用してきた。それに対して祐一はドキッとしてしまう。今思えば先ほどの僕という言葉……とても可愛く感じてしまっていた。もう一度聞きたいが……そんな要求をしてしまうと変な男と思われてしまうだろう。

 この後祐一と理沙はたわいもない話をして、休憩時間は終了した。


 その日一日……祐一は悶々としながら仕事をする羽目になってしまった。


『ところで先輩、僕の淹れたお茶はおいしいですか?』


 理沙の可愛い顔についている口から飛び出した『僕』という単語。それが祐一の頭で何度もリピートしてしまったのだ。今日はこのネタで小説を書いてしまおうかとメモ帳を開く。女の子の属性をメモしたページを開くと、『僕っ娘』という単語の横に花丸がついている。祐一はその魅惑的な単語の周りを四角で囲むように線を書き、何度も何度も四角をなぞった。



――――――――――――――――――――――――――――――



 やがて定時となるが、予定の仕事が終わってないため祐一は残業することにした。今は忙しい時期ではないため、周りの皆は帰っていくようだ。そこに理沙がやってきた。


「先輩、残業ですか?」

「ああ、ちょっと手間取っちゃってね……」

「先輩にしては珍しいですね」

「あはは……」


 祐一の仕事が遅れたのは理沙が原因なのだが、それを言うわけにもいかない。祐一は照れ笑いを理沙に返す。


「田中さんも残業?」

「そうですね……。仕事は残ってるんですが急ぎではないんです。でも先輩がいるならわたしも残業しちゃおうかなー」

「そんなこと言って手伝わせようとしてるんだろ?」

「あはは、ばれちゃいましたかー」


 祐一は軽い冗談を返してはいるが、心拍数は上がっていた。先輩がいるなら残業……この言葉がまるで俺のことを好きみたいじゃないかと考えてしまっている。でもきっと理沙の冗談に違いないと考えて、祐一は平静を保とうとする。


「さあ、冗談言ってないで仕事しよう」

「そうですね。先輩にお茶淹れてきます」

「え……」


 理沙はそう言ってすぐに給湯室に向かって行った。周りの皆はすでに帰っているようで、オフィスには祐一と理沙の2人きりだ。祐一は邪念を振り払うようにして仕事に集中した。やがてお茶のいい香りとともに理沙が戻ってくる。


「先輩、お茶どうぞ」

「ああ、ありがとう。悪いね」

「お礼は食事のお誘いでいいですよ」

「ははっ……高いお茶だな」

「だってそれだけおいしいでしょう?」


 祐一は理沙の顔を少し見つめてみる。いつも通りの笑顔だが、何故だかいつもより可愛い気がする……。祐一は思い切って誘ってみることにした。


「じゃあ冗談でなく……今日食事行く?」

「ほんとですか!? 行きます!」

「ああ、じゃあ仕事すぐ終わらせるから待っててね」

「はい!」


 理沙がすごく嬉しそうに誘いに乗ってきたことに祐一は驚いていた。魅力的な理沙のことだから、間違いなく彼氏がいると思っていたのだ。今時の若い子は彼氏がいても先輩と食事程度ならするかもしれないが……。

 その後……1時間はかかると思っていた仕事が30分で終了した。



――――――――――――――――――――――――――――――



 祐一と理沙はちょっとお洒落なレストランに来ていた。祐一が普段来ることのないような場所だが、理沙の希望で引っ張られるようにやってきた。座席がそれぞれ区切られるようになっており、まるで個室に2人きりでいるような感覚となる場所だ。

 2人はおすすめと言われるパスタを食べ、楽しくお話しながら時間が過ぎていった。当然のことだが、理沙は自分のことを『僕』と言うことはなく、祐一はなんとかもう一度言ってもらえないかを考えてしまっていた。しかし、チャンスはないままパスタを食べ終わる……。


「おいしかったですね。先輩におごってもらえるなんて嬉しいです」

「うん、俺も田中さんと食事できて嬉しいよ」

「はい……」


 普段であればここで軽い冗談を返す理沙が、少し照れたような顔でうつむいた。祐一はそれを見てドキッとしてしまう。もしかして自分に好感を持っているのかも? と思ってしまっても無理はないだろう。


「あの……先輩?」

「あ、ああ……なに?」

「朝の話の続きですけど……自分のことを僕って言う女の子ってすごいですよね?」

「すごい……のかな?」

「だって、普段からそれを言って過ごすのって普通に考えたら恥ずかしいですよ。先輩だって自分のことをあたしなんて言おうと思ったら恥ずかしいですよね?」

「あはは……オネエになっちゃうね。だから僕って言う女の子はよっぽどの理由があるんだろうね。そういう主義とか……」

「よっぽどかあ……」

「うん……」


 理沙は何かを考え込むようにだまりこむ。祐一もなぜこんなことを言い出したのかと考えてドキドキしてしまい、何も言えなくなる。長い沈黙の後、理沙は口を開いた。


「よっぽどの理由……。好きな相手に振り向いてもらいたいから……っていうのはよっぽどの理由になるんでしょうか?」

「えっと……うん……なると思う……」

「だったら先輩……あの……」

「な……なにかな?」

「ぼ……僕……」


 理沙の口から出てきた『僕』という単語に祐一の思考は停止しそうになる。理沙の顔は真っ赤になっているようだ。それを見た祐一は思考をフル回転させた。先ほどの流れをいいように解釈するならば……理沙は祐一が好きで振り向いてもらおうとしていることになる。その手段として……祐一の好きな女の子……自分のことを『僕』と呼ぶ女の子になろうとしているのではないだろうか。そんな小説のような都合のいい展開は果たしてあるのだろうか? 少し悩んだ末、祐一は自分の予想を信じることにした。顔を真っ赤にしたまま困っている顔の理沙を助けるんだ。恥をかかせてはいけないと思い……口を開く。


「田中さん……、先に俺の話を聞いてくれるかな?」

「は……はい……」

「実はずっと前から……君のことが好きだったんだ。もし嫌でなかったら付き合ってほしい」


 そう言って頭を下げる祐一。先ほどの予想が外れていたら……大恥をかいた上で振られることになる。心臓が飛び出しそうになりながら返事を待った。


「えっと……あれれ? まだ言ってないのに……」


 少し困ったように戸惑っている理沙。祐一もその言葉に戸惑ってしまう。やはり予想は間違っていたのか?


「えっと、いきなり告白なんてしてごめんね……。あの……忘れていいから……」

「いえその……突然で驚いたんであって……嫌ではないんです。わたしの話も聞いてくれますか?」

「う、うん……」

「あの……わた……えっと……僕でよければつきあっていただきたいです!」


 理沙は顔をこの上ないくらい真っ赤にして祐一を見つめている。祐一は今の理沙の返事の言葉に心奪われていた。両想いなのも嬉しいが、その相手が祐一の好みである僕っ娘なのだ。しばし無言のまま見つめ合い……やがて祐一が口を開いた。


「嬉しいよ田中さん……いや、これからは下の名前で読んでいいのかな?」

「はい……できれば呼び捨てがいいです……」

「じゃあ理沙……それであの……どうして自分のことを僕って……?」

「先輩……わたしが先輩のことを好きなのって気付いてくれてました?」


 そう聞かれて祐一は困惑する。理沙は誰にでも愛想よく接していて、社内のアイドル的存在と言ってもいい。まさか自分のことを好きだなんて思ってもいなかったのだ。


「えっとごめん……全然気付かなかったんだ」

「ですよね……。わた……僕はいつも先輩の好みを聞き出そうといろいろ話しかけてたんですよ。それも気づいてなかったですか?」


 そう言われると……たしか聞かれていた気がすると祐一は思った。好きなタイプとか食べ物とか……いろいろ聞かれていた。だけど……若い子はそんな話が好きなんだろうなと思っていたのだ。まさか好きだからいろいろ探ろうとしていたなんて気付かなかった。


「そう言えば……今思えばそんな感じだったね……」

「先輩ってば鈍すぎなんですよ……。それで今日……今朝の会話で、やっと先輩の好みを見つけられたって思ったんです。だから夕食に誘ってもらえるようにがんばって……それで……。あの……僕って……どうですか?」

「すごくいい。前々から好きだったけど……さらに惚れ直した」

「前々から……すごく嬉しいです……。じゃあ……もっと早くに告白したら良かったですね」


 もっと早くに告白していたら、それがどちらからだとしても付き合うことになっていただろう。しかし……今日だったからこそ祐一は理沙の『僕』という一人称を聞くことができたのだ。理沙に失礼だと思うからそのことは口には出さないが、祐一は今日であったことに心から感謝した。


「そうかもしれないね。でも……今すごく幸せだよ」

「はい……僕もです。でも……これやっぱり恥ずかしいですね。先輩の好きな女の子はハードルが高いです」

「理沙、お願いがあるんだけど……」

「なんでしょう?」

「その……自分のことを僕って言う理沙を……俺は独り占めしたいんだ。だから、普段は普通にしてさ……2人きりの時だけそう言ってほしい」

「先輩……。わかりました。僕の秘密は……先輩だけのものですね」

「うん……ついでに言うならさ、2人きりの時は敬語じゃない方が嬉しいな」

「はい……じゃなくて……うん……。僕と先輩だけの秘密だね……」

「理沙……」

「先輩……」


 2人はしばらく見つめ合っていたが……理沙はいつの間にか目を閉じていた。祐一は顔を近づけてキスをする。唇同士が触れた瞬間の柔らかな感触が2人の脳をとろけさせる。キスを終え……顔を紅潮させた2人はまた見つめ合う。


「理沙……大好きだよ」

「うん……知ってる……。僕……すごく幸せだよ……大好き……」


 ここに新しいカップルが誕生した。2人を急接近させたのは、祐一が置き忘れたメモ帳であったことは言うまでもない。2人はそのことを知らないし、これからも知ることはないだろう。祐一は今日のことを小説のネタとして投稿することになる。もちろん理沙に読まれても問題ないように改変をしてだ。その小説の中ではもう少し欲望を押しだして、最後の台詞はこうなっている。


『僕……すごく幸せだよ……大好き……おにいちゃん……』


 偶然この小説を読んで気に入った理沙が、祐一のことをおにいちゃんと呼んでみるべきか奮闘するのは……また別のお話……。

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