番外編
私は、路面電車に揺られながら「午睡町」という名前の駅で降り立った。駅のホームにいるのに、客を寄せるための呼び声が沢山聞こえてくる。改札口を抜けると視界一面に小さなお店が沢山並んで建っていて、夕飯のおかずを求めて沢山の人がひしめき合っていた。作りたての惣菜や揚げたてのコロッケなど……書いていったらキリがない。とは言え、このまま立ち止まっていたら最後は買ってしまいそうなので、足早に奧へ奧へと進んでいった。
私の目的は午睡商店街の最果て。その行き止まりになっている裏路地の一番奥に建っている白い外装のお店だった。自分の足で歩いてきたことで実感したが、ここは常連客達が言うように「最果て食堂」という名前が似合っている。
開け放たれたドアから店内に入ると、今日はウェイターばかりだった。「月曜日はウェイターだけなんですよ」と店長が恥ずかしそうに頭をかく。ウェイトレスオンリーは水曜日なのだそうだ。
「どうして、店長と彼女たちだけ登場しているんですか?」と、スープを運んできた若いウェイター。
「彼女たち以外にも色々登場しちゃったから、次の機会があれば……」
と適当にお茶を濁すことでどうにか許してもらえた。ウェイターとして登場させる保証は無いけど……多分書くよ!
頼んだ料理が出来上がるまで本でも読んでいようかと思っていたら、テーブルを挟んだ反対側に誰かが腰掛けた。顔を上げると、ジャムの回で望ちゃんが働いているコーヒーチェーン店に勤めている最年長の男性スタッフがいる。
「あのぅ……、確か私が主役の回もあったと思うのですが?」と恨めしそうな彼。
彼の名前は「大島浩輔」さんと言い、年頃の娘を持つバツ一パパだ。離婚した事で料理教室に通いだし、すっかり料理にのめり込んでしまっているらしい。
「そういえば、この間かっぱ橋商店街で台所ナイフ一式を買って娘さんに怒られていましたね」
「ここで暴露しなくても」と苦笑い浮かべる大島さんに、私はグッと親指を突き出して見せた。
「はい、ページと予算の都合です」
「そんな、あっさりと……」うなだれる大島さん。
今回の在庫が無くなったら、あなたも次に書きますよ……と心の中で思っておいた。
「はい、鍋ごとチキンライスとなります」と、別のウェイターが現れる。
彼は深い鍋いっぱいに入ったチキンライスをテーブルの中央に置いてくれた。料理から立ち上がる湯気を嗅ぐと、美味しそうなトマトソースの匂いが身体中に染み渡る。
「これですよ、これ。原稿の横に積んでいた料理本をペラペラめくっていたときに、この写真が凄く印象に残ったんですよ。だから絶対に食べたかったんです」
私が真っ白いお皿にチキンライスを盛ると、大島さんやウェイター達に手渡していった。
「おし、今日は食べるぞー」
私の夕飯は、彼らを巻き込んで賑やかに始まった。
猫は、ありとあらゆる世界を自由に行き来できる。
………
……
…
多分ですけど。
おおよそ1日の出来事かもしれない物語。
これは、ここで一旦閉幕です。
ただ、文字となって読まれていないところで彼らの日々は続くはずです。
昔の自分の物語を振り返るのは、中々恥ずかしい。いや、本当。
ではまた、別の物語で。