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その2 バイト先へ

 私のバイト先は、路面電車に乗って二駅先にある「午睡町」にあった。駅を中心として広がっている午睡商店街の最果てにある裏路地の一番奥に、白い外装のお店が一件建っている。そこが私のバイト先だ。そのお店は食堂で、和食や洋食などのレパートリー豊かな料理を食べる事ができる。ただ、この食堂……どこを探しても看板らしきものは見つからなかった。店長曰く「窓から店内を見れば食堂だってわかるでしょ?」とのこと。

 常連客の間で、この食堂は「最果て食堂」と呼ばれていた。まぁ、商店街の最果てであることに間違いはない。しかし、バイト中に古い常連さん達から聞いた話をまとめると、このお店は商店街ができる前からこの場所で食堂をやっていたようだ。どれも古い常連さんが酔っ払っているときに聞いた話なので、いまいち真実味に欠けるところがある。

― やっぱり、店長がちゃんとした看板を出すべきなのよね…… ―

などと思いつつ、私は小さいため息を一つ漏らした。

 駅の駐輪場へ預けている自転車に乗って、「最果て食堂」へ辿り付いたのは……バイト開始一時間前。

「おはようございます」

 店の前に自転車を止めて店内へ入ると、今日も白い壁と一体化している一面の棚を埋め尽くす大量の本が目に飛び込んできた。漫画に小説やエッセイ、地図に旅行雑誌、イラスト集や写真集など、世界が水没する前に発売されたレアなモノから、今時の本まで色々な本が揃っている。

 店内を見渡すと、四人用のテーブル席が三つと二人用のテーブル席が六つ、壁に沿ってL字状になるようにセッティングされていた。カウンターの奥には加熱のいらないサラダや前菜を作ったり、デザートやパンを切り分けたり、飲み物を出すための小さい厨房が見える。壁を隔てた奥には火やオーブンを使う本当の厨房は店の一番奥にあった。

「うん、おはよう。今日も遅刻せずにやってきたな、感心感心」

路地に面している窓際のテーブル席に腰掛けている男性が、テーブルの上に向けていた視線を私の方へ向ける。コックの白衣を身に付けたこの男性こそ、この食堂のコックにして店長である宇奈月さんだ。

「何を真剣な顔をして見ているんですか?」

“チョイチョイ”と擬音を付けたくなるような店長の小さな手招きにつられて、私は店長が座っているテーブルへと近づいてみる。テーブルの上には、何か細かい文字がビッシリ書いてある紙の断片が置いてあった。紙が破れているから文章と不完全で、何かのレシピであるとしかわからない。

「これがね、僕の部屋の前に落ちていたんだよ。何だか、捨てるに捨てられなくてね」

宇奈月さんは腕組みをしながら、椅子の背もたれに体重を預けるように自分の背筋を伸ばした。

「何かのレシピですよね……これ」

宇奈月さんは“うんうん”と頷きながら、身を乗り出すようにして再びレシピを眺める。

「しかも不思議な事にね。この紙切れを拾ってあたりを見回したときに、去っていく小さな黒猫の尻尾を見かけたんだ」

― ま、まさか…… ―

私はその言葉を聞いて、今日の朝の出来事を思い出した。そして、小指にはめているエメラルドグリーン色をしたプラスチックの指輪にそっと触れてみる。

― 同じ猫……だったりして…… ―

「さぁ、もうすぐ開店だ。早く着替えておいで」

 プラスチックの指輪とレシピの紙切れに、私は何か不思議な縁を感じていた。

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