6、痛みの記憶をシンゲツが照らす
私は保健室の中で携帯を持って立ち尽くしていた。
その理由は妹やかーくんの友達の和泉くんからのメールの内容。
[アヤが誘拐された。場所は戌神デパートB塔建設現場17階。今『シンゲツ』と救出に向かっている]
誘拐事件…『シンゲツ』……
それは二年前の事件に酷使していた。
■■■■■■■■■■■■■■■
二年前、私達姉妹は誘拐された。
私達と一緒にいたかーくんも一緒に。
かーくんは私達を守ろうとして何度も殴られて気絶した。
私達は布を口に当てられて眠らされた。
起きた時には、私達は手足を縛られた状態で暗くて油臭い場所にいた。
救けられてから分かったけど、そこは廃工場だった。
そこで私が見たのは、私達を誘拐したらしい柄の悪い人達。
暗闇の中、何十人もいるその人は、既に地に伏せていた。
その中心に誰かが立っていた。
暗くてよく見えなかったその人は、私達に近づいた。敵か味方分からないけど、その人から安心感を覚え、私は抵抗しなかった。
その人は私達の縄を解いてくれた。
妹は縄が解かれた時に起きたようだったけど、すぐ寝てしまった。
だから、この後を見たのは私だけ。
その人の後ろには、一つの陰が黒く冷たい光を持っていた。
その光は私に向けられていた
それは拳銃だった。
私は反射的に目を瞑る。
パンッ
乾いた破裂音。
その音を聞いた時は死んだと思った。
だけど、私は生きていた。
恐る恐る目を開いた時には陰はなく、その人が倒したようだった。
しかし、その人も倒れた。
その人は、私をかばって弾を受けた。
私はその人に近づいて手を取る。ぐったりしている顔に、私は見覚えがあった。
その人…彼は私の身近な人だった。
手に感じる冷たい感覚。
私は自分の手を見る。
赤に染まる私の手。
私の手を染めたのは
血、血、血…
彼ハ死ヌ?
私ノタメニ?
私ヲカバッタ?
何デ? ドウシテ?
……ヤ
……イヤ
「いゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
■■■■■■■■■■■■■■■
思い出すたび、忘れられないほどの恐怖に、私は飲み込まれそうになる。
あれ以来、私はうまく話すことが出来なくなった。
背中にじっとりと汗をかいている。
無意識に握り締めていた手が痛い。
手を見ると、爪の跡がくっきりついていた。
……絶叫した後、私も放心状態になって何も出来なくなった私達は、駆け付けた警察に救けられた。
私達を救けてくれた彼は、銃弾の他にも致命傷になりかねない傷を多く負っていた。
それでも彼は一命を取り留めた。
その後分かったのは、和泉くんが私達の居場所を警察に連絡したこと。
私達を誘拐したのは、身代金目的の地元暴力団だった。
そして、私達を死にそうになりながらも救ってくれた彼は、一部で『シンゲツ』と呼ばれていた事…
「…妹を、救けて」
私は保健室の窓の外に向かい祈る。
それは妹の無事ではない。
彼が必ず救けてくれるから祈る必要はない。
「自分を、犠牲にしないで。…生きて、帰ってきて」
私は彼の無事を窓から見えた夕日に祈る。
もう、傷ついてほしくない彼のために。
―――――――――――――――
「…ここドコ?」
目を開けた私は、見慣れない場所に放り出されてた。
時間は真っ赤な夕日が射し込んでるから五、六時ぐらい。
私の手足は縄で縛られて、身動きが取れない。
埃っぽいコンクリートに横たわってたせいで、下になってた左腕が痛い。
「…私、何してたんだっけ?」
ホームルームが終わってから、カケルを待ち伏せするためにいいスポット探してたんだ。
そしたら、いきなり黒服のハゲ頭に声かけられてから…どうしたんだっけ?
「お? やっと起きたようだな、嬢ちゃん」私の思考を邪魔した、ごつい声のした方を見ると……
「あぁ!! 私に馴々しく話し掛けてきた変態巨大タコヘッド!」
「変な呼び方するなボケ! てか、俺は変態じゃねぇ!」
目の前の変態(以下省略)は怒鳴りながら、見る見るうちに顔が赤くなっていく。
「変態巨大タコヘッドが、ド変態超巨大ツルピカ茹でダコヘッド変身したぁ!!」
「人を怪人みたいな扱いするんじゃねぇ!!」
まったく、冗談の通じないド変態(省略)だこと。
「じゃあ、タコ」
「タコじゃねぇ!」
「タコ」
「タコって呼ぶな!」
「クソダコ」
「だからタコじゃ」
「慈悲深い神様でも救う気も失せる腐れ下道のクソカスダコ」
「………タコでいい」
「じゃあ、タコは誰なの? 私をこんな所につれてきてなんのよう? 私を誰だか分かってるの?」
泣きそうだったタコが、頭を抱えながらため息を吐く。
「…ったく四谷財閥のご令嬢、四谷彩貴ってのがこんなに毒舌だとは思わなかったよ」
やっぱり分かってたわね。
「じゃあ、目的はお金…」
「悪いが目的は金じゃねぇんだ」
「ぇっ?」
私の予想してない答え。
「嬢ちゃんは覚えてないかな? 俺たちはニ年前に嬢ちゃんを誘拐したんだぜ」
…ニ年前、私達姉妹…あと、カケルが被害者になった誘拐事件。
私は大体を寝てしまってたからよく分からない。
だけど、姉が対人恐怖症になった原因でもあり、カケルの少し入院するぐらいの怪我した事件。
「驚いてるみてぇだな」
さっきまで気にしてなかったタコの笑みが、ミンチにしてやりたい程クソ憎たらしくなる。
そして、いつのまにかタコの周りには、鉄パイプやらナイフを持った黒服の男が何十人もいた。
「そういや、あれからお姉さんは大変らしいなぁ。…っと話がそれたな。じゃあ本題に入る」
…大変らしい?
このタコ…殺す!
今すぐ顔面殴り飛ばしてその口踏み潰してやる!!
「そう恐い顔しないで笑いなって。なんせ譲ちゃんには『シンゲツ』って人を誘き寄せるエサになってもらうだからよ」
…はぁ?
「『シンゲツ』って誰よ!? 私知らないわよッ!」
なんで、私が知りもしない人のエサにされなきゃならないのよ!
タコの頭に『?』が浮かぶ。
「知らないわけないだろ? 『シンゲツ』は嬢ちゃんと一緒に捕まっ…」
ニャァ〜
「「……猫?」」
いきなりのことに、私はタコとハモってしまった。
その原因は、黒い猫がスタスタと私とタコの間を割って歩いてきたから。
それも呑気にあくびまでしてる。
「兄貴!!」
タコの後ろから部下らしき人がこちらに走ってくる。
「兄貴! ヤツが来ました!」
その言葉に静まり返った空間。
耳を澄ませばリズミカルな足音と人の声が聞こえる。
コツコツ…
「…あーぁ、足の小指がまだ痛てぇ」
コツコツコツ…
「さすが戌神デパートのコンクリだ、頑丈に出来てる」
コツコツコツコツ…
「木のタンスだったら木っ端微塵にして無効化出来るんだけどな」
コツコツコツコツコツ…
「嘘だって? だったら試してやろうか? お前の顔面で」
コツコツコツコツコツコツ…
「分かった。じゃあ、デパートのB塔の17階で待ってるぞ」
コツン
「おっ? こんな所でサキが不様な姿してる。これがいわゆる誘拐ってやつか?」
部下が来た暗闇から現われた人は携帯で話ながら、片手にぐったりしている黒服の男を引きずっていた。
いつのまにか、目の前にいたはずの黒猫がその人の足に擦り寄っていた。
「………っ!?」
全身黒づくめの服
後ろ髪だけを一本にまとめたしなやかな黒髪。
日が沈み、薄暗い中で金色に光る瞳。
いつもと姿は違うけど、その顔と声は私がよく知るものだった。
「やっぱり食い付いてきたな…『シンゲツ』」
私とタコ達の目線の先には…カケルが立っていた。
カケル「アレッ? 作者の気配がない」
アヤ「さっき、武器庫、入ってった」
カケル「武器庫?」
アヤ「いろいろ、武器、ある。デザートイーグル、対戦車手榴弾、スカットミサイル、コロニーレザー……」
カケル「…アハッ…俺、今度生きてるかなぁ?」