海の王さま
昔、豊かな海に囲まれた国に
ひとりの王さまがおられました。
日に焼けた肌に強くしなやかな腕をもつ
元気な王さまです。
王さまは暇さえあれば沖に出て
漁の手伝いをなさいました。
網を引くのも、深く潜って魚をとるのも
たいそうお上手でした。
人食いザメに飛びかかり、自慢の矛で仕留めたこともありました。
深い海色の瞳に真っ白い歯をお持ちで
笑うとこぼれるような愛嬌がありました。
王さまの祖先は古い海賊でした。
強い武力で島を乗っ取り、勢力を拡大したのです。
王さまのお父上は少し粗暴な方でした。
お父上が王であらせられた頃
王を律し、罰する法はなく
父王の所業は熾烈を極めました。
王さまは宴の席で父を討ち、海の底に沈めました。
そして王であっても裁かれる今の御世をお作りになられたのです。
「作った者が使い方を示さなきゃね」
王さまは進んで、父殺しの罰を受けようとなさいました。
王さまを慕う者達は、法の不遡及でそれを止めました。
「私にもまだ利用価値があるか」
王さまは苦笑して、この世に残られました。
旧い王さまから利益を得ていた者達は、今の王さまを恨み
お命を狙うようになりました。
王さまは普段装飾品を身につけておられませんでした。
「魚の餌にもならないから」
潜ると落としてしまうのです。
若くたくましい王さまは
質素な服でも十分魅力がありました。
ただ外交用の正装に身を包まれ、玉座に就かれると
海の果てまで統べておられるかのような
荘厳な美しさがありました。
「私の墓は海にしよう」
王さまはよく仰いました。
「星を灯りに、波の音を祈りに」
「代々の王墓はどうなさいます」
「芋でも植えなさい」
王さまは気楽に仰います。
広い土地ですから畑にすれば無駄がないと思われたのです。
「父祖の血を食らうのも悪くなかろう」
王さまはからりとお笑いになりましたが
皆は食欲がでないようでした。
墓守の司祭のはからいで
王墓は無料の花園になりました。
同じ頃王さまのもとに
美しい娘が訪れるようになりました。
寝室までも入りこみ
鋭い短剣をお胸に突き立てようとします。
王さまは悪くない趣向だと思いました。
裂かれた羽毛の舞う寝室で
娘の手をとると
朝まで遊んでやったこともありました。
王さまにはお世継ぎがおられませんでした。
王冠目当ての求婚は
あっさり断わっておしまいになります。
最初から遊ぼうと言われれば
付き合ってやることもありました。
けれど王さまは終生
公式の世継ぎは残されませんでした。
王さまには王さまになられる前授かった
二人のご子息がおありでした。
貧しい漁師の娘を母に
兄弟はすくすく育ちます。
「お前たちは王の子だが、決して他言してはならないよ」
王さまは二人に教えてやりました。
「ばれると命が危ないからね」
二人はこくりとうなずきます。
「大きくなったら言ってもいい?僕は王冠がかむりたい」
弟はせがむように言いました。
「何もせずに王になることはできない」
王さまは注意深く兄弟を見渡すと言いました。
「王になるには、人食いザメの牙とオオウミウシの角と美しいサンゴで
王冠を作らなくてはいけないんだ」
「自分で作るの?!」
「そうさ」
弟はびっくりしてたずねました。
「父上はお話がお上手だ」
兄は笑ってきいています。
「それから、宴の席で父を殺さねばならない」
兄弟ははっと表情を硬くしました。
「玉座は奪うものだからね」
王さまは昔の自分を思い出していました。
息子たちに殺されるのも悪くないと思います。
「今は法があるから。うまくやりなさい」
王さまは幸せそうに笑っていました。
「父上を殺さなきゃいけないなら、僕は王にはならない」
弟の言葉に兄はうなずきました。
「そうでもないさ」
王さまは二人を撫でてやると
沖へ連れて行ってくれました。
「母さんにどっさりお土産をとろう」
沖の小島に舟をつなぐと
真っ黒に焼けながら
三人は飛んだり跳ねたり
日の沈むまで漁を楽しみました。