早すぎる再会
部屋に帰ると、日本にあった俺の荷物が玄関の前に積まれていた。
これでは通路の邪魔になってしまうので、とりあえず全部部屋の中に入れた。
ここが太平洋のどのあたりにあるのかわからないが、あまり南のほうではないらしい。
結構な力仕事をしても汗が出なかった。
日本は丁寧に荷物を包んで壊れないようにしてくれるが、他の国ではそうはいかないらしい。
通販も届いた時点で壊れていることがあるとか。
俺はドキドキしながらダンボールをあける。
「……ふぅ」
なんとか無事だった。
まぁダンボールの大きさと量からして、安定するように入れてあったのはわかったけど。
日本のサービス業はすごいね。
それにしても、俺の荷物少ないなぁ。
生活の質にこだわらないとこんなにも物がなくなるのか。
結果、見られて恥ずかしいものすらなかったんだから、よかったが。
「あれ?」
ひとつ覚えのないものが混じっている。
よく見るとこれだけ箱に何も書いていない。
俺の部屋から届けられたものは引越し業者の箱だったので、部屋からではないということである。
確かジャージが届いたとき、こんな箱だったような。
中身を確認すると制服だ。
ブレザーの。
荷物が少なかったので、いつもよりかなりダラダラとした動きで荷ほどきをする。
終わった時には昼を過ぎていた。
腹が減ったな。
一応、もってきた携帯栄養食でしのいではいるのだがそれも量に限りがある。
段ボールの中にも保存食しか入っていない。
たぶん、食堂か売店でどうにかするしかないだろう。
つまり外に出なければならないということだ。
できるなら今日は外に出たくなかったんだがな。
いつもそうなんだが、もうひとつの人格が出てくると猛烈に腹が減る。
おそらく今日を何も食べないで乗り切るのは不可能だろう。
恐る恐る外をのぞいてみる。
よし、誰もいない。
まぁ、他の生徒はまだ授業を受けているだろうし。
俺は部屋の扉を閉め、エレベーターに向かう。
エレベーターはちょうど上ってきている最中だった。
扉が開くと、ひとり乗っている人がいた。
たぶん歳は同じくらいだろう。
身体は細くて身長は高いとは言えない。
俺から見ても小さいから、160センチくらいか。
服は少し大き目のを着ていて、身体のラインがわからない。
性別が判別できる材料はなかった。
エレベーターが開いた直後にここまで分析できた。
男と仮定して、彼。
彼は大きめの帽子をかぶり、うつむいていたので顔までは見えない。
彼はエレベーターを降りようと一歩踏み出したところで俺の足元が見えたらしく、ハッと顔を上げる。
彼のきれいなブルーの瞳を俺の視線がとらえた瞬間、息をのんだ。
何という美貌だ。
大きな目に長いまつげ。
整えられた眉。
ここまで人間を美しいと思ったことはない。
男だと仮定したのが恥ずかしい。
彼改め、彼女。
何かあいさつしたほうがいいのだろうかと思いめぐらす前に、彼女は走り去ってしまう。
あれ、なんで?
呼び止めようかとも思ったが、日本語が通じないということに気づき、言葉に詰まる。
結局俺は彼女の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
太陽光に反射して、きらめく金髪が揺れていた。
俺は外に出てまた長い距離を歩かなければならなくなった。
あの寮は島の端すぎる。
しかも周りに何もない。
完全に寝るためだけの建物だ。
どこに行くにもこの距離を歩かねばならない。
俺はまたタブレット端末の地図を見ながら進んでいる。
ちなみに、このタブレット端末。
ここではかなり重要な役割がある。
もう何回かあったが、この施設からのメール受信。
それから部屋のオートロック解除。
島内限定の電子マネーの管理。
この電子マネー、月に一度支給されるらしい。
俺のにはもういくらか入っている。
ここの相場がわからないから、どのくらいなのか知らないが。
自転車があれば早く着くだろうなぁ、などとのんきに考え事をしていると、横の建物で人が出入りしていた。
あ、ここか。
ちょうど昼休憩の時間だったようだ。
見知らぬ顔がいるということで、変に視線を集めるようなことはしたくなかったので――制服は着てきたからばれなかったかもしれないが――建物の影で待つことにした。
むしろそちらのほうが目立つのかもしれないと思ったが、自分が来た方向には建物がほとんどないから心配ないだろう。
「あ」
「ん?」
正面から声がして、そちらを向いた。
目が合う。
門寺さんだった。
俺は無意識に反対方向に走っていた。
たぶん人生史上最速のスタートダッシュ。
自分でも速さにビックリした。
だがしかし、あっという間に肩を掴まれた。
突然触れられたことに驚き、門寺さんの速さに驚き。
「なんで逃げるのよ?」
不機嫌そうに問う、門寺さん。
「午前中の件もあったので」
もうがちがちになって答える俺。
「午前中のことはそりゃ怒っているけど、それは後回し。ちょっと上司から頼まれごとをされちゃって、そっちを優先するわ」
残念ながら怒っているのは確定らしい。
上司というのはあのときの電話の相手だろうか。
おそらく、彼女はその電話の相手に呼び出されたんだろう。
「その頼まれごとに、俺は関係あるんですか?」
「ええ、むしろあなたへの用事よ」
面識のない彼女の上司が俺に対して用事があるとすれば、内容は限られてくる。
おそらく、体力テストを指示したのと同じ立場の人間だ。
もしかしたら、同一人物かもしれない。
あまりいい予感はしないな。
「その用事というのは?」
腹が減っているから手短に終わらせてほしい。
「あなた、英語話せるの?」
すごいタイミングで聞いてきたな。
ちょうど今日困ったばかりじゃねぇか。
「いえ、全く」
……あ、ため息つかれた。
「じゃあ、ちょっとついてきなさい」
彼女はそう言うと、勝手に進んでいく。
ついていかないといけないんだろうなぁ。
見送ってもすぐに気づいて連行されるだろう。
さっきのダッシュが追いつかれた時点で逃げられないのはわかった。
「……」
有無を言わされないのはわかっているので、俺は黙ってついていく。
本当は今やばいんだけどなぁ。
カロリーが足らない。
もしもうっかり、もうひとつの人格が出てくるようなことがあったら飢える。
結局、俺は寮とは反対側の島の端に連れてこられた。
中に入ってみて、抱いた感情は寂しいだ。
窓が一つもない。
入口もひとつ。
人が出入りした様子もあまりない。
「ここは?」
「ここで英語を覚えてもらうわ」
あれ、俺は建物の用途を聞いたんだがな。
勘違いされた?
それともわざと?
ごまかしたのか?
それにしても、こんな建物に来たくらいで英語ができるようになるものかね。
まさか、できるようになるまで帰れないというパターンじゃないだろうな?
「それっていつ終わるの?」
「まぁ、あなたしだいね」
うわ、嫌な予感。
俺は一番奥の部屋に通された。
この建物は結構小さい。
部屋が2、3あるだけだ。
途中でエレベーターがあった気がしたが、一階建てだし、階段もなかった。
気のせいか。
それにしても、改めてさみしいところだな。
ここはまだ機械が置いてあるが。
これを使うのか?
門寺さんは奥のロッカーをあさっている。
一体これから何が始まるんだ?
「ちょっと、目を閉じてくれる?」
門寺さんは自分の身体で何かを隠している。
言われた通り、俺は素直に目を閉じる。
結果。
一瞬で後悔した。
手首に何かが触れる感覚とともに、ガチャという金属音。
目をあけると手錠を掛けられていた。
「……」
さらにこの手錠は天井とつながっているらしく、門寺さんが天井につってあるロープを引っ張ると、俺の腕は頭の上に。
やべぇ、捕まった。




