拡散と集中
「でも、それにしたってちょっと揺れすぎじゃなかったか?」
たとえ、体当たりをしようとあんなにサンドバッグが揺れるとは思えない。
「ええ。実はさっきの攻撃にはもうひとつ特別な要素があったんです」
マジか。
ただでさえ、難易度が明らかに高い攻撃術を使っているのに、さらにそれに上乗せをしているとか……。
「そのもうひとつの要素っていうのは?」
「力の伝わり方です。力の伝わり方には力の働いた点から真っすぐに進む貫通型と、力の働いた点から全体に広がる拡散型に分かれます。普段意識しなければこのふたつは半分ずつ作用するんですけど、今回は拡散型を高めにしました」
師匠の解説によれば、拡散型は相手を動かす作用、貫通型は相手にダメージを与える作用があるらしい。
今回のような、サンドバッグを大きく揺らすという目的のためには拡散型を高く設定するのが適切だったということだ。
「私はまだ修行が足りないので、拡散型や集中型を100%にすることはできないんです。今は90%くらいですね」
「それでも十分すごいと思うけどな」
例えばさっきのようにサンドバッグを揺らすのだって、本来なら50%しか発揮されない拡散型の力を、90%まで出しているのだ。
つまり1.8倍。
もしも100%の力を発揮できるようになれば2倍だ。
「ちなみになんだけど、集中型の比率を高くすることはできるの?」
さっきの話し方からするに、たぶんできるよな。
「ええ、これから見せようかと思っていました」
そう言って、師匠はサンドバッグのほうに身体を向ける。
そして力を溜めるように大きく息を吸い、拳を放った。
その瞬間はやはり見えなかったが。
そこまではさっきのものと同じだったが、違ったのは音だ。
さっきしたのは爆発したような音だったが、今度はほとんど音がしなかった。
そしてサンドバッグもほとんど揺れていない。
「すげえ……」
あまりの光景にそんな感想しか出てこなかった。
師匠の腕がサンドバッグに『刺さっていた』のだ。
そしてさらに、師匠が殴った地点のちょうど反対側から、サンドバッグの中身が出て行った。
つまり中身が押し出されたということだ。
なるほど、貫通型と言っていたのも納得がいく。
力の作用点から一切分散せずに真っすぐ貫いているんだからな。
「こちらのほうが実戦的でしょうか。小さい力でも確実に相手にダメージを与えられます」
師匠はそういいながらサンドバッグから腕を引き抜く。
サンドバックにはちゃんと穴が開いていて、そこから砂が流れるように落ちていく。
ていうか、これ壊しちゃって大丈夫だったんだろうか……
「ダメージを与えるっていうか、さっきのサンドバッグみたいに身体を貫通させることもできるんじゃ?」
「身体を貫通……もできるでしょうけど、力の作用点の先にある臓器にダメージを与えたりするのが主な使い方ですね」
「な、なるほど……」
どっちにせよ、超攻撃的な技ってことですね、わかります。
なんでここにいる女の人はみんな可愛かったり美人だったりするのに、こうぶっ飛んでいるんだろうね。
ここのそういう人の集まりだからか。
そりゃ仕方がない。
「それではさっそく始めましょうか。ちょっと手を出してみてもらえますか」
「こうか?」
俺は手を師匠のほうに伸ばす。
「はい。それで、手のひらをこちらに向けるように開いてください」
俺は言われたように手を開く。
「これから、拡散型と集中型で小突くのでその違いを確認してください」
百聞は一見に如かず。
どんなに説明聞いたって、分からないものは分からないからな。
確かにこれは体感してみるほうがいいかもしれない。
「じゃあ、いきます」
師匠は俺の手のひらを軽くグーで叩く。
「おお!」
俺は思わず、声を出してしまう。
その握りこぶしにはほとんど力が入っていないように見えたが、俺の手のひら全体にはじかれるような衝撃があった。
しかし、全く痛くはない。
これはまさしく、さっき説明していた拡散型だ。
「じゃあ、次は集中型です」
「おう」
俺はまた手のひらを師匠に向け、師匠はそれをまた全く同じ動きで叩いた。
すると今度は、軽い痛みが一気に肩のほうまで走った。
その代わり全く衝撃はない。
まさしく貫通。
〔あれ、この感じ……〕
ここでラストには頭によぎったものがあったらしい。
〔どうした?〕
〔似ているなと思ってね。僕の技に〕
ラストの技っていったらあれか、あの痺れさせるやつ。
確かあれは殴った衝撃を相手の神経にまで伝えて、一時的に麻痺させるって技だったな。
そういわれてみれば、この技には貫通型が組み込まれているんじゃないか?
〔そうだろ? あれには結構な集中力を必要とするから、出力を大きくできなくてああいう使い方をしているけどね。貫通型の使い方のひとつだったわけだ〕
つまりラストは図らずも限定的に貫通型を修得済みってわけだ。
貫通型に関しては、あとはもっと出力を大きくできるようにすればいいってことだ。
〔まぁ、それが簡単じゃないんだけどね。それに彼女ほどそつなくできないから、それも課題かな〕
あと、俺も使えなきゃいけないんだけどな。
そうやって考えると、スタート時点にやっと立っただけでゴールまではまだまだ遠い。
ほかの技に関しては、スタート地点にも立てていない。
こりゃ長くなるぞ。
「どうですか? 明確に違うでしょう?」
「ああ、それはよくわかった。修得するのが難しいっていうのもな」
「そんなに気負わないでください。まずは60%の壁を破ることを目指しましょう?」
師匠の説明によると、並の人間でも拡散型、集中型をそれぞれ60%までは調整できるらしい。
その壁を破るのがまず最初の難関。
そのコツさえつかんでしまえば、あとはひたすら反復によって比率を上げていくという感じだそうだ。
ちなみに、力の変換率はその反復によって自然とわかるようになるとか。
いったいどれだけやったらそんな風になるんだろう。
本当に師匠の強さは、才だけでなく鍛錬によるものが大きいとわかる。
「その60%の壁を突破するためには何をすればいいんだ?」
「ええと……」
師匠は顎に指をあてて首を傾げ、しばらく考える。
あー、ちょっと難しい質問しちゃったかな。
「……コントロール……でしょうか?」
「コントロール?」
「ええ。身体をイメージ通りに動かすこと、それが一番大切だと思います。つま先から頭のてっぺんまで、ミリ単位でのコントロールができるような人が、この世の達人と呼ばれる人たちなんだと思います」
なるほどな。
さっき俺がサンドバッグを探るときに感じた、身体が思った通りに動く感覚か。
それをもっと煮詰めていけばいいわけだな。
「問題はそれをどうやるかだな」
「それが動きの反復しかないんです。動かせば動かすだけ、身体がその部位の動かしかたを覚えていくっていうんでしょうか」
やっぱそんな都合のいい方法はないよな。
それこそ、俺が身体を少々思い通りに動かせるようになったのだって、ここ最近で筋トレしたり、その他トレーニングを積んできた結果だ。
「もうひとつの攻撃術もやっぱり反復ですね。こっちは少し精密さに加えて瞬発力が必要になってきますけど」
もう攻撃術とは師匠が拡散型、集中型を見せてくれる時に併用していた技術。
殴打に最大速度と全体重を乗せる技術のことだ。
その仕組みは一歩の踏み込みで一気に加速して、対象にあたる瞬間に最大の速度、さらには全体重が乗っている状態を作るということらしい。
口で言えば簡単だけど、なんか難しいことをふたつ同時にやってません?
どちらか一方ですら、修得するのに苦労しそうなんだけど。
俺の考えたことはあながち間違っていないようで、まずはその両方ができるようになってから、それを同時にするという方法らしい。
こうして、師匠との鍛錬はより険しいものになっていった。




