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師匠の技

 筋トレをラストがやるようになってから、明らかな変化が起きた。

 筋肉痛の期間が長いのだ。

 完全に痛みが引くまでは1週間もかかるようになった。

 それだけ筋肉に負荷をかけているということである。

 ただ、それだけ筋肉が育っているという感覚はある。

 そういうわけで、トレーニングのメニューも少し変わった。

 

 筋肉には速筋と遅筋という2種類が存在する。

 速筋は持久力はないが瞬発力とパワーがある筋肉。

 つまりはバーベル上げのような大きな負荷をかけると育つのがその速筋だ。

 この筋肉は大きくなりやすいので、ボディビルをやる人なんかはその速筋を鍛える。

 

 もうひとつの遅筋は、速筋とは対称的にパワーはないが持久力のある筋肉。

 この筋肉はあまり大きくならない。

 長距離走の選手なんかはこの筋肉を多く持っている。

 

 いままで俺は速筋ばかり鍛えていたわけだが、それに加えて遅筋を鍛え始めた。

 そもそも、特殊な鍛え方をしない限りは速筋と遅筋のバランスはほぼ1:1だ。

 しばらくはそのバランスを維持しつつ限界まで育てていくらしい。


「バーベルが100㎏上げられるようになったら、そこからは遅筋を集中的に鍛えるわよ」


「それはなんか理由があるの?」


 ラストは留美と一緒にバイクのトレーニングをしていた。

 ちなみに負荷は最大に設定されている。

 それを二人は涼しい顔で漕いで、会話しているのである。


「速筋は大きくなるから、隠せなくなるのよ。クオンみたいな体格をしているなら仕方がないけど、私たちみたいに一般的な体格の場合は、それを活かした任務が来ることも多いの。隠密とか、潜入みたいなね」


「なるほどね」


「それに関係ある話だけど、体脂肪率は10%以上を維持してよ。そんな筋肉質だったら目立つでしょ」


 そういえば、筋トレをするときは脂質糖質を抑えて、たんぱく質を多くとるものだが食事制限なんか言われてない。

 俺はそんなに食べるほうじゃなかったせいか、筋トレを始めてからは脂肪は落ちる一方。

 体脂肪率は5%を切った。

 身体はバキバキである。

 もっと食わねぇとな。


 確かに言われてみれば、留美は俺よりもはるかに筋肉がついているはずだが、そんな感じはしない。

 せいぜい、引き締まっているというくらいである。

 まぁ、前に聞いた話だと留美はかなり特殊で、遅筋と速筋のいいとこどりで良質な筋肉が全身についているらしいが。




 筋トレのほうは順調にいっている。

 問題はもう一つの修行。

 師匠との鍛錬だ。


「こんちわー」


 俺はいつも通り道着に着替えてから、師匠との待ち合わせ場所に顔を出す。

 これもいつものことだが、師匠は俺より先に来て1人で準備運動をしていた。


「こんにちは、光輝さん。大丈夫ですか? なんだか疲れてません?」


 師匠はこちらに駆け寄ってきて、心配そうにこちらの顔を覗き込む。

 

 近いっ!

 俺はドキッとして固まってしまう。

 師匠とはこの1か月でかなり良好な関係を築けている。

 やっぱり一緒に何かをするっていうのがいいんだろうな。

 

 ただ、師匠は世間から離れて生活していたせいか、人との距離の取り方がわかってない感じがする。

 最初は人見知りで距離感も遠かったんだが、ここ最近は近すぎると感じることが多い。


「あ、ああ。最近筋トレのほうがしんどくて……」


 その辺の距離感については教えたほうがいいんだろうか。

 そりゃ、師匠が将来的に施設から出て、外の世界で生活していくなら必要なことだ。

 でも俺が口を出すべきなのか。

 しかし俺だけならいいが、他の人にもこんな感じで接するとなるとそれはやっぱり心配になる。


「たまには休息も必要ですよ。今日私との修業はやめておきます?」


「いや、やらせてほしい。大丈夫だから」


 強がったものの、実際はかなり体にこたえている。

 今までもそうだったが、ラストが出てきた後っていうのはものすごい疲労に襲われる。

 ラストだった時間が長ければ失神してしまうほどに。

 一応ラストが筋トレ後も動けるように余力を残して戻ってくれているみたいだが、それでも筋肉が悲鳴を上げている。

 部位ごとに鍛えているわけだから、この痛みが尋常じゃない。

 筋肉痛のレベルではありえない。

 それに回復も長い時間がかかるから、部位ごとに鍛えていてもひどい筋肉痛が半分、残りは治りかけかさっき鍛えたところだ。

 万全な部位がないじゃん。


「そうですか? でも、今日から次の段階に移ろうと思っているんですけど……?」


「やろう」


 受け身の練習を続けて2か月。

 今はどんなに難しい投げでも受け身は取れるようになった。

 そりゃ2か月もやっていたらさすがに体が勝手に反応するようになってくるんだが、師匠が俺の修得度を見て、難易度を段階的に上げてくれていたような気がする。

 ありがたい話だな。


 今気づいたんだが、いつも修行している部屋にいつもないものが置いてある。

 サンドバッグだ。


 師匠は俺をそちらのほうへ誘導する。


「ここに来る前に用意してもらったんです。私の流派はは攻撃、防御において特殊な技術を要します。今回は特に攻撃について説明しますね。その前に、ちょっとこれを殴ってみてもらえますか? 思いきり」


 師匠がそう言うので、俺はサンドバッグの前に立ち力をためる。

 大きく深呼吸をして、一歩足を前に出す。

 イメージするのはこの島に来て最初に見た留美のパンチ。

 

 そこから一気に力を開放。

 俺の拳はサンドバッグを揺らした。

 

 そして……


「痛ーーーい!」


 俺は右腕を抱え込んでうめいた。

 そりゃそうだ。

 筋肉痛がひどいんだもの。


 しかし、自分が思っていたよりもうまくいったな。

 筋力が強化されていて威力があったのも実感したんだが、それよりも身体をうまく使えたという感覚が大きい。

 まるで歯車がかみ合ったかのような感覚だ。

 おそらく、これもラストが筋トレをした効果だろう。

 

 今まで日本で生活していたときは、イメージ通りに動くっていうのは、意識ばかりが先行して身体がついていかなかったから難しかった。

 しかし今回は意識と身体がほぼ等速。

 もしも身体が全快だったなら、身体のほうが意識よりも速く動いた可能性だってある。

 

「すみません、無理をさせてしまって。今のサンドバッグの揺れ方をよく覚えていてくださいね」


 そう言って、今度は師匠がサンドバッグの前に立つ。

 そして俺と同じように力を溜める。


「いきます」


 師匠がそう言った直後、ドーンと衝突音がした。

 あまりの音の大きさに俺は身をこわばらせる。

 

 な、なんだ?

 何が起こった?

 

 見てみるとサンドバッグが見たことないくらい大きく振れている。

 さっきのは師匠のパンチの直撃音だったのか。

 動きが速すぎて全然攻撃の瞬間がわからなかった。

 それにこの威力。

 どうなってんだ?


「これが私の流派に伝わる攻撃術です。攻撃力は質量と速度が大きいほど大きくなります。つまり、攻撃に体重を乗せるほど、攻撃が速いほど、攻撃力が大きくなるわけです。私達は理論上最大重量最大速度を短い動きで再現しているんです」


 まさかここで力学の話が出てくるとは。

 確か運動量だったか。

 

 体重を最大乗せた最速の攻撃、つまりは体当たりに近いか。

 簡単に言えば、師匠は体当たりの威力をただの殴打で再現しているのだ。

 これは案外馬鹿にできない。

 体当たりというのは助走が必要になるし、読まれやすい。

 殴打の動きで再現できれば、威力も十分だし奇襲性が高い。


〔問題は修得できるかどうかだよねぇ。あれは見たから真似できるなんてものじゃないよ〕

 

 ちなみにラストは筋トレを始めてから毎日出てきているので、それからずっと繋がりっぱなしである。

 

 しかし、留美から攻撃を盗んだこともあるラストがこう言うのだから、やはり師匠は高度な技術を扱っているんだと改めて感心させられる。

 本当にこんなの修得できるのか?

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