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成長の兆し

 一方、師匠との鍛錬は技術面が中心。

 特に最初のほうは受け身だ。

 やはり受け身ができなければ、怪我ばかりしてとても鍛錬どころではなくなるしな。

 とりあえず、条件反射で受け身が取れるようになるまではひたすらその練習だった。

 受け身にもいろいろあって、単純に右や左に手をついて衝撃を軽減するものもあれば、前に回りながら受け身をしてそのまま起き上がるというものもあった。


 とりあえず受け身の修行だけで1か月が経った。


 俺はその間、留美たちと師匠の両方と同じくらいコミュニケーションをとるようにしていた。

 昼食なんかは一日ごとに交代で一緒に食べていた。

 本当は師匠を二人と接触させたかったんだが、上手くはいかなかった。

 留美とクオンのほうには問題ないんだが、師匠が結構人見知りなのだ。

 なんでも、山奥で彼女と彼女の師匠の二人だけで修行していたらしく、知らない人としゃべったという経験そのものがあまりないんだそうだ。

 よくもまぁそんな状態で俺としゃべってくれたもんだ。

 やっぱりこっちからアクションをとることが大事なんだろうな。

 とはいえ、留美やクオンにわざわざそんなことを頼むのも忍びない。


 あと一番の問題は言葉の壁。

 師匠はまだ英語を修得できていない。

 俺がいるときは同時通訳ができるかもしれないが、いつも一緒というわけにはいかないからな。

 ほかにも中国語を話す人はいるんじゃないかと思って、教室内で聞き耳を立てていたんだが、居るには居たが、もう彼らでグループができてしまっていた。

 師匠があの中に飛び込んでいくのはまぁ無理だろうな、と察しがついた。

 あと少しは現状維持のままでも良いかな。


 ラストとは中国語修得から3日くらいは交信できる状態だったが、やはりそこで途切れてしまった。

 そしてそれ以降はラストと交代していないからしばらく話していない。

 ラストが言うには、俺が見聞きしたことはちゃんとラストにも伝わっているらしいから、俺が師匠や留美たちから習ったことはちゃんと覚えているだろう。


 一応師匠にはラストについての説明はしてあるが、会わせる気はない。

 また厄介ごとを起こされたらたまらないしな。

 


 こうして2種類の鍛錬を繰り返していたある日、ちょっとしたハプニングが起こった。


「じゃあ70㎏に挑戦してみましょうか」


 俺はクオンに補助してもらいながらバーベルに挑戦していた。


「やっと70㎏か。100㎏は遠いな」


「でも順調に進んでいるわよ。ほら準備して。気を抜いたらつぶれちゃうわよ」


 俺は意識を集中させてまずバーベルを下げて胸の前まで持ってくる。

 そしてそれを上げる!


「ぐ……」


 キツイ……が、上がるぞ。

 

 しかし、少し心に余裕を生んでしまったせいか、止めていた息を少しだけ漏らしてしまう。

 そのせいで力が少し抜け、ギリギリで上げていたバーベルが降ってくる。


「やべっ!」


 焦りと恐怖で心臓が跳ねる。

 その瞬間、少し意識が遠のく感覚があった。


「ほら言わんこっちゃない。気を抜いたらダメでしょ」


 ちゃんとクオンが補助してくれていたので、実際にバーベルが降ってくるということはなかった。

 

「ごめんごめん。ちゃんと光輝に言っておくよ」


 え?

 この言葉を発したのは俺じゃない。

 と、いうことは!?


〔やあ、久しぶりだね。ほんと、僕もさっきのは予想外だったかな〕


 やっぱりラストだった。

 お互いに全く意図しないタイミングで交代してしまったらしい。


〔こんなことあるんだな。こりゃ気を付けないと、うっかりってことがあるかもしれないな〕


〔そんなに僕を表に出したくないのかい? 心配しなくても、今日は筋トレして終わりにするよ。君の身体がどこまで鍛えられて、それがどこまで僕に影響があるのか気になるしね〕


 俺に筋肉がつくと、ちゃんとそれはラストにも影響する。

 それは模擬戦の決勝戦、留美との試合の最後で発見した。

 俺が強くなればなるほど、ラストも強くなるはずなのだ。


「あら、もしかしてラスト君に変わっちゃった?」


 クオンはすぐに気づいたらしい。


「うん。久しぶり。あ、クオン手を放してもいいよ」


 クオンがバーベルから手を放してもそれが自分に降ってくることはない。

 むしろラストは涼しい顔で何度も上げ下げを繰り返す。

 ラストにとって俺が苦戦した70㎏は軽いらしい。

 おかしいな、同じ身体がやっているんだけど。


 実際、ラストは俺の何倍くらいの力が出せるんだ?

 ラストは上限いっぱい100%の力を出せるが、俺は普段何%の力を出しているのか。

 この数字は結構情報によってバラつきがあるんだが、俺が聞いたことあるのは『火事でタンスを背負って逃げた』とか『車に挟まれた人を助けるために、数分間車のタイヤ部分を上げ続けた』とかいう話である。

 これらを踏まえると4から5倍くらいは出ていそうだな。

 つまり普段の出力は20%くらいか。


 確か留美は普段50%までの力を出せるが、100%を出したいときは一定時間20%に出力をとどめておく必要があるんだったな。

 20%という数字がここでもでてくるあたり、あながちこの推察は間違っていなさそうだ。


 ラストはその後順調に重量を上げていき、俺の目標である100㎏はおろか、その倍の200㎏を上げてしまった。


「すごいわね。次は何㎏足しましょうか?」


 ほんとにすごいな。

 いったいどこまで上がるんだ?


「いや、今日はここでやめておくよ」


「あら、そうなの? まだ余裕ありそうに見えるけど?」


 実際ラストからはまだ疲労したような感情は読み取れない。

 いけるんじゃないのか?

 本当に俺の5倍の力が出力できるなら、300㎏は上がりそうだが。


「確かにまだいけると思うけど、やっぱりこの細腕じゃ先に骨折や肉離れを起こしてしまいそうでね。それにこれ以上は疲労を蓄積しないほうがいい」


「そう。じゃあもっとコーキ君には頑張ってもらわないとね……ところでラスト君、あなたが筋トレをしたら、効率が良くなったりするんじゃないの?」


「そりゃ光輝が普段上げられない重量を上げるんだから、当然効率は……よくなるよ」


 ちょっと待てそこの二人。

 何か嫌なこと考えてません?


「じゃあ、毎日筋トレの時にラスト君にやってもらえば!」


 ほらやっぱり!

 

「でも光輝と留美ちゃんがなんて言うか」


「ダメもとで二人で説得してみましょ」


 ちょうどそこで一旦席を外していた留美が帰ってきた。


「やあ、留美ちゃん久しぶりだね」


 ラストが気さくにあいさつすると、


「げぇ、ラスト!?」


 留美はめちゃめちゃ嫌そうな顔で、女の子にあるまじき声を漏らす。

 お気持ちはお察しします。


「なんでラストが出てきてるのよ!?」


 ラストとクオンが二人で、経緯を説明すると、


「ふーん、案外簡単に出てこれるのね。そのうち自由に出入りできるようになるんじゃないの?」


 いや、それは甚大な被害が出ると思う。

 

「ハハッ、だといいけどね。でも真面目な話、もうちょっと簡単に出てこられるようにはなっておきたいんだよね。今の状態だと光輝が一回危機を認知しないと出てこられないから。でもそんな都合のいい危機ばかりとは限らないから。それに、他人の危機にも反応できないし。せめて光輝の意思で出てこられるようにはなりたいかな」


 確かに、ラストが出てくるのがどちらの意思でもないっていうのは少々問題ではある。

 俺が恐怖を感じることによって自己防衛本能のようなものが働いて、ラストを出現させているのだろう。

 恐怖みたいな原始的な本能は理性じゃどうしようもないが。


「それで、どう思う? ラスト君に筋トレをさせてみるっていうのは?」


 クオンは留美にラストが鍛えることによる効果の可能性を熱弁し、感想を求める。

 いや、ダメだと思うよ。

 留美は2回もラストに痛い目にあわされてるし。


「いいんじゃない、別に? ちょっと面白そうだし」


 いいのかい。


〔さて、あとは君がOKと言ってくれればいいんだけど〕


 ラストが嬉々として、俺に聞いてくる。

 俺がなんて答えるか、わかっているくせに。


〔言うわけないだろ……と言いたいところだが、俺も興味があるな〕


〔決まりだね〕


〔ああ〕


 俺たちは顔を合わせることはできないが、俺たち両方に顔があったなら、2人とも同じような笑顔を浮かべていただろう。

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