模擬戦(決勝3)
〔これどうするんだ? いっそのことわざと場外へ出るか?〕
〔まぁ、最後の手段としては悪くないんだけど、後が怖いんだよね〕
〔ああ……それもそうか〕
確かにそんな逃げの手段を使った日にはあとでどんな仕打ちを受けるか分からない。
ラストの考えは正しいだろう。
〔じゃあどうするんだよ?〕
〔確認するけど、勝ちはもう諦めるという方向でいい?〕
〔狙えるなら狙うという方向で〕
無茶言うよなぁ、とつぶやきながらもラストは身体に力を込めていく。
回避からのカウンター。
無茶だとわかっていても挑戦するつもりなのだ。
〔失敗して大怪我したらごめんね〕
〔どうやっても同じような結果になるだろうよ〕
〔確かにね〕
覚悟は決まった。
こうやって意見が最終的に一致するあたり、やっぱりラストは俺の一部であるということを実感させられる。
歩み寄ってきていた門寺さんがとうとう間合いに入った。
これでいつ攻撃が来てもおかしくない。
「意外ね。降参してくれるかと思ったけど」
門寺さんはラストの目の前1メートルのところで立ち止まり、話しかけてくる。
まだ攻撃の気配はない。
「君はそれで許してくれるの?」
「さぁ、どうかしらね。でももうできないわよ」
肯定しなかったから、あの仮説はあながち間違ってなかったか。
やらなくてよかった。
ピリッ、と空気に緊張が走る。
門寺さんから殺気があふれ出しているのだ。
〔上手いな〕
そうつぶやいたのはラスト。
門寺さんはすでにラストがどうやって攻撃を予測しているのか見抜いている。
そしてその予測をさせないための対策をしてきた。
視線は固定、殺気も分散させて動き始める前に攻撃を読まれないようにしている。
スピードは彼女のほうが上なのだから、ラストが後手に回れば間違いなく攻撃を食らう。
ならば、ラストは今持っている材料だけで先手を打つ。
門寺さんがもし、最初からこの手を使ってきたらラストは手も足も出なかっただろう。
しかし、今は違う。
門寺さんはここに来るまでにラストに情報を与えすぎた。
利き手、利き足、利き目、動きの癖、好む動きと嫌う動き。
さらには現在お互いの右腕は動かすことができない。
これらの情報からラストはすでに門寺さんの攻撃をかなり絞り込んでいる。
あとは確率と勘に頼るしかない。
しかしこの状況で最も大事なのはタイミングだ。
早すぎても遅すぎても不発に終わる。
ラストは視覚、聴覚、触覚に加えて第六感まで使って攻撃のタイミングを探る。
既にいつもの集中状態でスローの世界に入り込んでいる。
スローの世界に入り込んだことによって、どれくらいの時間が経ったのかわからなくなったころ、その時はやってきた。
攻撃の気配を感じ取ったのは、聴覚だった。
門寺さんが全身に力を入れるために呼吸を止めたのを聞き取ったのだ。
その瞬間からラストは回避を始めた。
このタイミングなら、門寺さんは攻撃をキャンセルできない。
万が一したとしても、隙を作るだけだ。
おそらく門寺さんは威力を多少殺してでも攻撃を当てることを目的としていた。
彼女が繰り出した攻撃は腹への正拳突き。
しかし、ラストも門寺さんのその目的を読んで、完全にその手は分かっていた。
問題は門寺さんの後出しの最速の突きと、ラストの先出しの回避のどちらが速いかだ。
正解は……
〔くっ、間に合わないか!〕
ラストがそのことに気付いたのは門寺さんの攻撃が始まったときだった。
拳の迫ってくる速度から予測するとほんの少しだけ時間が足りない。
このままでは少し掠る。
掠る程度なら大丈夫だと思いたいが、相手が門寺さんならそういうわけにもいかない。
ここまでか。
俺もラストも敗北が頭をよぎった。
しかし、ここで、奇跡は起こった。
「え?」
ラストは驚きのあまり声を漏らした。
俺は起こったことが一瞬理解できなかった。
当たると思われた攻撃を回避できたからだ。
〔ハハッ、ここでやっと馴染んできたか!〕
ラストも何が起こったのかわかっていなかったようだが、すぐに思い当たる節が見つかったらしい。
原因は分からないが、起こったことは理解できた。
ラストが、自分が想定していたより速く動けたのだ。
ほんの少しだけであったが、それが回避につながった。
〔これで勝機が見え――〕
ラストは歓喜に満ちた声を上げたがそこまでしか続けられなかった。
身体が突然地面と水平になったからだ。
そして気が付いたら地面に仰向けに倒れ、目の前には門寺さんの拳が寸止めされていた。
その拳の向こうでは、門寺さんがこちらを怖い笑顔でのぞき込んでいた。
「私の勝ちね」
ラストは自分の身体が半分ほどラインからはみ出していることを確認し、
「……うん」
冷や汗と苦笑いを浮かべて返事をした。
こうして、ラストと門寺さんの対戦は門寺さんの勝ちで決着した。
これにて模擬戦は終了となり、即時解散した。
俺は門寺さんと一緒に、クオンのもとへ帰る。
〔理解より事態が動くのが速いから結局何が起きたのか分かってないんだけど〕
〔うん、じゃあ説明するよ。回避できたあたりからでいい?〕
ラストが言うには『俺の身体がラストの意思についてきた』ということらしい。
ここ最近の度重なるラストの登場によって俺の身体はかなり筋肉痛になった。
その結果、俺に筋力がついてきて思ったより速く動けたということらしい。
〔速くなった、って言っても5%くらいなんだけどね〕
自分の速さが1.05倍になってもそもそも門寺さんの速度は2倍。
彼女の前ではほんの誤差でしかない。
〔それで、僕が調子に乗って集中力をちょっとだけ切らした隙に綺麗な足払いをもらった、というわけ〕
学校の柔道の授業で経験があるが、技は上手い人がやると痛くも何ともない。
気が付いたら倒れている。
今回食らったのはそれが極端になったものだ。
身体が90度回転するほどのな。
「二人ともお疲れさま。なかなか見ごたえのある試合だったわ」
クオンは気を利かせてタオルを用意してくれていた。
門寺さんの分も用意していたようだが、彼女は受け取らなかった。
実際そんなに消耗して汗をかいている感じでもないしな。
かなりの激しい試合だったように感じるが、実際の手数は少なかったし。
門寺さんに殴られた右腕はまだ痛むので左腕で汗を拭きながら、ラストはクオンに話しかける。
「クオン、なんで留美ちゃんが本気じゃないこと教えてくれなかったのさ?」
二人が会話していた内容から察するに、クオンはおそらく門寺さんの能力や発動条件をわかっていた。
「ラスト君を驚かせたかったのよ。それに能力はむやみに人に教えるものじゃないわ」
「僕らの能力についての情報はすぐにクオンに渡ったようだけど」
「まぁ、チームだしね。それにルミちゃんもあなたに能力を教えたでしょう?」
確かにそうだった。
もしかしたらあれは、この後チームとしてやっていく仲間として教えてくれたのかもしれない。
勝利を確信していたから。
「じゃあ、僕はクオンの能力について聞いてみたいな」
ラストは驚きべき力の片鱗を見せたクオンについて、探りを入れる。
確かにこの話の流れなら自然に聞くことができるし、むしろ隠したほうが不自然だ。
「特に何もないわよ? 私は生まれつき、遺伝子の変異でこうなったの」
めちゃくちゃあるじゃん。
そりゃ、何も特別なことはしていないという意味ではあるんだろうけど。
この集団の中では特に珍しいことではないんだろう。
「ふうん……」
ラストはその答えに少々納得がいっていないようだった。
〔どうしたんだよ、特に疑問を持つような答えじゃなかっただろ?〕
〔うん。嘘をついたら微妙な変化でわかるし、その兆候もなかったんだけど……〕
〔けど?〕
それなら完璧じゃないかと思ったが、続きがあるらしい。
〔ちょっと、何かを考えるような気配があったから。嘘ではないけど、全部は語っていないような〕
そんな細かいところまで話しただけで分かるというのは、明かさないほうがいいだろうな。
いろいろと不都合が生じそうだ。
〔話したくないようなこともあるだろうよ〕
〔……そうだね〕
俺の言葉でラストが何かを考えかけたが、すぐにそれをやめた。
なんだったんだ?
「ちょっと」
ここで、門寺さんがここに来て初めて口を開き、俺は考えるのをやめる。
「それで勝利の報酬についてだけど」
そうだ、忘れていた。
この試合の勝利報酬、それは相手の言うことをなんでもひとつ聞くことだった。
つまり俺たちは門寺さんの要求を聞かなければならないのだ。




