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検査

「……眠れん」


 そりゃあ、転校初日を迎えるとなれば、眠れないこともあるだろう。

 だが、俺が眠れない原因は他にある。


 さっきから外のほうで騒動が起こっている。

 外国語だから、なんて言っているのかはさっぱりわからないけど。

 でもここは高い階だし、全くうるさいというわけではない。

 ただし、これは声だけの話。

 

 声とは別に響く音。

 これが尋常じゃない。

 さっきから爆発のような、何かが吹き飛ぶような音が何度も続いている。

 まるで爆弾でも用いて戦争しているようだ。

 

 なんで他の奴らは文句のひとつも言わないんだ?

 俺みたいに外の様子を見に行くのすら怖いなんて人はほとんどいないだろうに。

 一瞬、それはさすがに偏見かと思ったが、外で爆音響かせながら喧嘩しているふたりがいる時点で、そうでもないことに気づく。


 これが日常茶飯事だから、という理由はやめてほしいところだが、たぶんそうなんだろう。

 普通じゃないことに耐性がつき始めた自分が嫌になってきそうだ。


 あれやこれや考えているうちに、声がひとつ増えた。

 少し低い声だ。

 例えるなら、怖い体育の教官みたいな。

 俺の元担任がそうだった。


 その声が怒鳴るのが聞こえる。

 次の瞬間、さっきまでの爆音よりも大きな爆音。

 これこそ爆弾かと思った。

 ちょっとこのあたりも揺れた気がするし。


 そこからは静かになった、

 たぶん、沈静化してくれたんだろう。

 これから俺はすべての先生にびびることになるだろうがな。

 そう思いつつも今回ばかりは先生に感謝しながら、眠りにつくのであった。



 俺は外からの話し声で目が覚めた。

 今回は前のような口論ではなく、大勢の雑談だが。

 

 もともと部屋についていた時計を見ると、8時15分。

 みんな寮から登校を始めているんだろう。

 走っているような足音も聞こえる。

 この時間なら遅れることはないと思うが。

 

 俺の荷物いつ届くんだろう。

 目覚まし時計がないのは結構致命的だぞ。

 

 外の話し声に耳を傾けてみるが、声質がまた日本語じゃない。

 日本人が話す日本語ほど、聞き取りにくい言葉はないと思う。

 外国人が日本語を話そうとすると、発音ははっきりするからな。


 不意に机のタブレット端末のバイブが鳴り響く。

 いや、いつも着信は不意なんだけどさ。


 遠くの音に集中していただけに、近くの後に敏感に反応してしまう俺。

 今後こんなので生き延びることはできるのだろうか。

 ますます心配になってきた。


 このタブレット端末は昨日、渡されたものだ。

 島内ではこの端末でしかインターネットを使用できない。

 他には、この島や学校についてのデータが詳しく入っている。

 たとえば、生徒や先生の顔写真とクラス、出席番号などだ。


 ……ここの情報が外に漏れないのであれば、ギリギリセーフか。

 学校にいちはやく馴染むために顔と名前を覚えないといけない人間にとってはありがたい。


 画面をのぞいてみると、メールが届いていた。

 配達のお知らせ?

 

 何が?

 どこに?


 とりあえず、扉についている郵便受けには…ない。

 扉を開けてみると……あった。


 廊下の壁に立てかけてある。

 どうするんだ、盗まれたりしたら……

 あちこちに監視カメラが設置してあるから大丈夫だと思うけど。


 ここの監視カメラの台数と言ったら、尋常じゃない。

 自室に入らない限り、常に二台以上に見張られている。

 死角を探そうとしたが無駄だった。


 届いた箱は縦横には大きいが厚みは十センチくらいだろう。

 ダンボールでできている。

 

 開けてみると、中身はジャージだった。

 なんだ?

 これを着ていけばいいのか?

 まぁ、そうなんだろうな。

 このタイミングで届くということは。


 着てみると、サイズはだいたい合っていた。

 まぁ、俺の体格を知る機会なんていくらでもあっただろうから、今さら何も言う気はないが。

 

 部屋の中に居ても何もすることがないので、とりあえず外にでる。

 厳重警備の中、必要ないだろうが鍵を閉める。


 まだまだ約束の時間まであるが、学校探索でもしよう。

 この敷地は結構広いし、建物も多い。

 ここの地理を覚えるのには苦労するだろう。


 俺はエレベーターを降りながら、タブレットで地図を表示する。


 この島は3キロ四方の人工島だ。

 そのうち南側3分の1は滑走路になっている。

 残った部分で人が生活している。

 これはいくらなんでも大きすぎる気がする。

 衛星からの情報を断っても、肉眼でははっきり見えるからな。

 もしも遭難した船やら飛行機やらが来たらどうするんだろう……


 考えているうちに1階まで着く。

 もう生徒の姿はない。

 こんな広いところでひとりになると落ち着かないな。


 表に出ると、地面の一部にブルーシートが掛けられていた。

 昨日来たときはこんなものはなかった。

 おそらく昨日の晩にあった騒動のせいだろう。

 ブルーシートの様子からみると、地面に穴があいているようだ。

 本当に爆弾を使っていたんだろうか。


 それにしても……

 ここまでのことをしておきながら、情報が一切流れてこないとは……

 俺の『日常茶飯事だから騒ぐことない』説が有力になってきたな。

 

 なんとかその説を否定しようと、タブレット端末をいじってみる。

 お、あった。

 お知らせの欄に。


 破壊行為により、以下二名を処罰する。

 

 ご丁寧に、クラスと名前が書かれていた。

 こういうことにはなりたくないな。

 やろうと思ってもできる自信ないけど。


 『破壊行為』というのがなぁ……

 これって、破壊さえせずに喧嘩すればお咎めなし、ということだろ?

 誓約書に書いてあった内容が脳裏によぎる。

 

 処罰の内容は隔離棟という建物に、名前の通り隔離されるらしい。

 地図を見ていたときに一番印象深かったところだ。

 

 隔離される日数は違反の程度によって違う。

 今回の二人は二日ほどで解放されるそうだ。

 

 ちなみにこいつらみたいに解放されるやつはいいが、中には永久的に隔離されるやつがいるらしい。

 何をしたのか調べることもできたが、さすがにそれを見る勇気はなかった。

 

 永久隔離された奴はどうなるのか。

 考えただけでもぞっとする。

 

 学校が連れてきたんだから、そんな扱いはしないはず。

 俺は最初そう考えた。

 

 だが、ここが危険人物を一般社会から隔離するための場所だとしたら?

 俺自身が危険人物であることを肯定してしまうようだが仕方がない。

 本当のことだからな。

 そもそも社会から隔離されて、さらに隔離されるなんてどういうことだとは思うが。


 俺も何人もの人間に危害を加えているのだ。

 充分、危険だという認識はされる、というかされている。


 社会からはみ出した人間が集められ、その中からさらにはみ出した人間。

 確実に精神的、肉体的どちらか、あるいはどちらも狂っているだろう。

 精神的問題の場合は分からないが、肉体的問題の場合必ず調べられるだろう。

 解剖でも何でもして。

 

 これはさすがに他人事だから関係ない、とは言い切れないのが事実だ。

 認めるのは悔しいというか虚しいが、俺は体質的に特殊すぎる。

 おそらくそれはここも感づいているんだろうが、なるべくおとなしくしていないとな。

 

 時計を見ると、8時40分。

 いろいろ考えごとをしているうちに時間が経ってしまったようだ。

 予定より早いが、そろそろ多目的教室を探すか。

 遅れるよりマシだ。

 


 9時ちょうど。

 なんとか俺は多目的教室の前にたどりついていた。

 早めに動いて正解だったぜ。

 こんなに時間がかかったのは別に迷ったわけではない。

 

 広すぎる。


 この一言しか出てこない。

 確かにここの学園の広さは承知していた。

 滑走路を除けば、この島の敷地は3㎞×2㎞。

 これがすべて、学校の敷地なのだ。


 しかも、俺が出発した男子寮は、島の端。

 走って登校していた生徒たちにも納得がいく。

 もしもこの教室がある建物が、島の反対側にあったりしたら、初日から遅刻していただろう。

 もう少しで、俺の勝手な教師陣への恐怖が現実になるところだったぜ。


 俺は汗をぬぐいながら扉をあける。


「うおっ」


 目の前の光景に思わず声をあげてしまう。

 とりあえず、広い。

 高さはないが、面積だけなら小学校の体育館並みある。

 本当の意味で多目的な部屋だな。


 そしてそこにあったのは本当に体育で使いそうなものばかり。

 というより、スポーツテストで使うものばかりだ。

 まぁ、ゲームセンターのパンチの重さをはかる機械を一回り大きくしたようなものもあるが。


「時間ぴったりですね。もう少し早くてもいいと思いますが」

 

 そこにあるものにばかり気をとられて、そこにいた人に気づくのが遅れた。

 居たのは男女ひとりずつ。

 男のほうは、昨日のスーツの人だ。

 今回はジャージを着ているが。


「あ、すいません。思ったより広くて……」


 とっさに対応したが、はたしてこんな話し方でいいものか。

 俺の想像しているここの教員達は、少しでも機嫌を損ねてはいけない気がする。

 いや、損ねてはならない。


 てか、スーツの人改め、ジャージの人(もう片方の女性もジャージだが)。

 この人、やっぱり教員だったのか。

 体格がよかったからまさかとは思ったが。

 

「あなたが空色光輝?」

「は、はい」


 もう一人の女性に声をかけられる。

 きれいな人だが、思ったより荒っぽい話し方だった。

 いや、きれいな『人』というより『娘』だな。

 若い。

 たぶん俺くらいだ。

 ジャージが俺と同じだから、たぶんここの生徒なんだろう。

 流れで敬語で答えたが、俺よりも年上ということはないと思う。


 俺が彼女のほうをジロジロみていると、ジャージの人はそれを察したのか解説してくれる。


「彼女には急遽、頼んで来てもらいました。私一人では人が足りませんし、残りの教員は日本語が話せなかったので。」


 そうか。

 どこかでこの娘の顔を見たと思ったら、昨日見た唯一の日本人だ。

 名前は門寺留美だったか。

 予想だが、授業を抜けてこういうことを頼まれる人間は、成績がいい。

 そういう雰囲気もなんとなく感じられる。

 

「さて、早速本題ですが」

 

 ジャージの人が話を切り出す。

 言われなくても察しはつく。

 体力測定だ。

 こういう学校なら当然だろう。

 

 ただ、俺みたいに数値が一般の平均に限りなく近い、というケースはまれなんだろう。

 一般施設では測定できないような結果ばかりだから、ここで正確な数字をだす、というのが本来の目的に違いない。

 さっき説明されたときに「本気でやってください」と念を押されたしな。


 期待しても無駄だ、というのは聞いてもらえないだろうから、とりあえずやってみる。

 本気かどうか測定するためか、小さい機械がつけられた。

 脈拍を測るようだ。

 俺的には、本気なのが伝わって、ありがたいことだ。


 俺の理想は、この測定で俺が大した人間ではないというのをアピールすること。

 そしたら、一般社会に帰ることができるかもしれない。

 





 2時間後。

 俺は真っ青になっていた。

 スポーツテストのメニューを連続で全部こなしたら、当然そんな状態にもなるだろう。

 だが、今回要因はそれじゃない。


 門寺さんは何度もため息をつきながらも、ちゃんと測定と記録をしてくれていたからいい。

 問題はジャージの人だ。

 

 名前はもう覚えていない。

 というより覚えたくない。

 人生のトラウマになりそうだ。


 とりあえず、怖かった。

 恐ろしかった。


 あの変貌は伝えきれない。

 というか思い出したくない。

 

 泣き泣き走りながら後ろからの声を聞いてわかったことだが、昨日の騒動を鎮静したのはこの人だ。

 本気モードになると、口調どころか声まで変わるらしい。

 見事、俺の人生で怖い人ランキング2位にランクインした。


 おかげさまで、すべての競技で自己新記録を出したけどな。


 最後はパンチの重さを測るらしい。

 俺はこのようなものをやったことがなかったので、実際にやるところを見せてもらうことになった。


 挑戦するのは門寺さん。

 さっき、ジャージの人に「加減しろ」と言われていた。

 俺には本気出せと言ったくせに。


 門寺さんは、結構小柄だ。

 たぶん、日本人女性の平均に足りていない。

 ただ、ここに呼ばれるような人だ。

 体格からは想像もできないような数字が飛び出すと思う。


 彼女は機械の前で上体をねじって力をためている。

 いい構えだ。

 と言いたいところだが、本人のほうがそれはよく知っているはずだ。


 大きな深呼吸。

 

「はっ!」

 

 短いながらもはっきりとした大きな掛け声とともに、拳を突き出した……はずだった。

 気がついたときには爆音が響き、機械は重量を感じさせないほど揺れていた。

 門寺さんの姿勢は変わっていない。

 

 機械が爆発でもしたのかと思った。

 だが違う。

 素早く突いて、素早く戻したんだ。

 その瞬間が俺の目でわからないほど速く。


 物体の持つエネルギーは重さと速さで決まる。

 彼女は重さがない代わり、速さでそれを補ったということだ。

 

 機械の表示はエラー。

 あの光景を見た人間からすれば、当然といえば当然である。

 この人の次にやるの嫌なんですが。


 嫌と思っても言うわけにもいかず、俺も挑戦する。

 基準がどれくらいかはわからないが、ジャージの人が怒る気にもならないようだったので、それだけひどかったのだろう。


「お疲れ様でした。体力面での検査は終了です」


 門寺さんが棒読みで告げる。


 お疲れ様でした。

 俺もそう返そうとした……が。

 体力面での?

 

「ええと、まだ何かやるんですか?」

「ええ。あなたの場合、ここからが本番ですよ」


 今度はジャージの人が告げる。


 マジかよ……


「一体何を――――」


 ドスッ、という音とともに俺の声はさえぎられる。

 俺の腹にジャージの人の拳がめり込んでいた。

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