模擬戦(準決勝3)
「お手柔らかにね、クオン」
「それはこっちの台詞よ」
ラストとクオンは場内で握手を交わし、決められた位置につく。
〔こうやって改めて対峙すると、クオンってかなり大きいよね〕
〔やっぱり不利なのか?〕
〔うん、もちろんリーチの差が出るからね。僕が大きな人間と戦い慣れていれば何とかなったかもしれないけど、それでもこれは規格外だよね。2メートルはあるかな?〕
そうなると、俺の身長が170センチ弱くらいだから、身長差は40センチくらいか。
体積の差もかなりあるから、おそらく体重差は2倍以上ある。
〔でもこの小さいということを有効に使えないのか?〕
〔それが大きな人間との戦い方だと思うんだけど〕
つまり慣れていないということか。
〔じゃあ駄目だな〕
〔そりゃあ、試してはみるけどね。でもクオンは自分より小さな相手と戦うのに慣れていると思うんだよね。だから、うまくいかない可能性のほうが高い〕
確かにここにも近い体格の奴はいても、クオンと同等以上という奴は1人もいない。
クオンにとってのアドバンテージと、俺たちにとってのディスアドバンテージ。
つまり俺たちは2重に不利ということになる。
〔でもここには俺たちほど小さいやつはいないわけだから、有効なんじゃないか?〕
〔クオンが1人で地道にトレーニングしてあの肉体を手に入れたのなら、ここにはいないはずだよ〕
はい、出た。
ラストは頭の回転が速すぎるがために、必要な会話をいくつか飛んでしまう。
まぁ、俺がわかると思ってやっているんだろうが。
確かに結局は同じ脳みそを使っているわけだから、わからないはずがない。
少し時間がかかるだけで。
あの言い方からすると、おそらく否定。
つまり、クオンには有効ではないということ。
つまり、俺くらいのやつと戦ったことがあるということ。
つまり……
そうか、忘れていた。
ここは常軌を逸した優良な人材を育成する施設だ(ということになっている)が、入るためには招待が必要だ。
そして、招待される人間はおそらく悪い目立ち方をしている。
それじゃないと、俺がこんなに早くつれてこられるはずがない。
クオンはあまり自分からけんかを売るようなタイプじゃないから、俺みたいに争いごとに巻き込まれていたのだろう。
そういうことを経験していたのならば、クオンも俺くらいの体格の人間と戦ったことがあるかもしれない。
〔普通なら考えすぎなのかもしれないけど、今回みたいに一発も食らってはいけない戦闘では慎重すぎるということはないと思うんだ〕
〔それで、慎重になった結果、お前はどういう作戦で行くんだ?〕
試合時間を表示するタイマーに目を向けると、試合が始まるまであと3秒。
ラストは片足を後ろに下げ、姿勢を低くする。
〔3分間、気を抜かず全力で!〕
〔結局、作戦なんてものはないということか〕
タイマーが0を表示し、試合残り時間である3分を表示、同時に電子音が鳴る。
ラストはニヤリとして飛び出していく。
右手を握りしめ、左肩に添える。
そうか、決勝まではこれをやるんだったな。
右腕全体に力を籠め、いつでも力を解放できるようにしておく。
まるで縮んだバネのように。
ダッシュ中にここまで用意したが、この流れはほんの一瞬。
その一瞬でラストはクオンに肉薄していた。
クオンの目の前に到達すると、急停止。
同時に右腕の力を解放する。
人差し指と中指だけを少しだけ浮かせ、クオンの顎を通過するように腕を伸ばす。
〔これが決まりか!?〕
〔いや、これは―――〕
ビュッ、と風を切る音がして腕を伸ばし切ったとき、指に何か触れた感覚は……残っていなかった。
〔―――避けると思っていたよ!〕
ラストは右腕を振るったエネルギーを殺さず、そのまま全身に伝達。
右足を軸にして身体を回転させる。
さらしそのエネルギーを今度は左脚に集約。
クオンに回し蹴りを放った。
息をつかせない見事な連続攻撃。
今度こそ決まったか、と思ったがクオンが想定よりも遠く、それすらも避けられてしまう。
このまま回転するとクオンに背中をさらすことになってしまうので、軸足を使って跳躍。
クオンから距離を取る。
回転の勢いが残ったままだったので、フィギュアスケートのように空中で2回転くらいした。
〔おっかしいな~、さっきので決まる予定だったんだけど〕
ラストはきれいに着地し、すぐに臨戦態勢に戻る。
〔最初の攻撃はフェイクだったということか〕
〔決まるに越したことはなかったんだけどね。まぁそれでも避けると思っていたよ〕
〔いつからだ?〕
〔あの技について避けられるかどうかの話をクオンとした時だよ。避けるのが簡単だとわかっていないと、あんな言い方はしないと思うから〕
確かに思い返してみれば、自分は避けられると言わんばかりの口ぶりだったような。
〔まぁでも、本当に確信したのは接近して目が合った時かな〕
〔なんでだ?〕
〔もともとあの技は、スピードにものを言わせて相手の目に捉えられないことが前提だからね。でも近づいた時には『目が合った』んだ〕
〔なるほどな。じゃあ、クオンをスピードで翻弄するのは難しいわけだな〕
〔いや、実はそうじゃないかもしれない〕
俺の推察はことごとくはずれるな。
同じ頭を使っているとは思えん。
〔確かにクオンの目の動きは僕についてきているけど、身体の動きはそうとも限らない〕
〔でもさっきの攻撃は避けられたじゃないか〕
〔1撃目はちょっと前に話した通り、避けるのは難しくないんだ。少なくともここにいる戦闘員は一部を除いてほぼ全員、あれを避けられる身体能力を持ち合わせている〕
〔2撃目は?〕
〔あれは……ちょっと計算外だったな。どうやらクオンは僕が思っていたより大きなモーションで避けたみたいで。クオンの動きはしっかり観察してたんだけど〕
〔まるでちゃんと観察してたら動きが読めるみたいな言い方だな〕
俺が鼻で笑うと、
〔できるよ〕
ラストが平然と返す。
冗談だろ、と勘繰るがラストに嘘をついた感じはない。
マジですか。
〔利き手、利き足、利き目がわかっただけでかなり攻撃パターンを絞れるけどね。あとはその人の身長や体重、柔軟性とか身体能力を把握してしまえば、相手の気持ちになって次にどこを狙うのかを当てるなんて難しくないさ。もちろん避け方に関しても〕
〔でも避けられたじゃないか〕
〔まだ言うか!〕
俺が面白がってしつこく言うと、ラストもさすがにイラッときたらしい。
〔ラストはさっきまでの試合、必要最低限の動きで避けていたから当たると思ったんだよ〕
〔でもそうしてこなかったというわけか〕
〔そういうこと。一体なにを読み違えたのかな。避けられた直後はそんなに大きな動きはしていないと思ったんだけど。蹴りのために一瞬目を離したら、遠くなってた〕
〔もしもクオンがお前並みに頭がいいなら、2つ目の攻撃まで読まれたという可能性があるけど、確かめようがないしな〕
〔確かにそれは考えられるんだよね。何せあの攻撃が避けられるかどうかの話を持ち掛けてきたのはクオンのほうだから〕
でもラストがそんなに頭がいいとなると、非常に厄介な相手ということになる。
〔でもたぶん、それは違うんだと思う。もしも読まれていたのなら、もっと上手く回避して反撃をしていたはずだから〕
〔それすら油断させるための計画だとしたら?〕
ラストだったらそういうことをしかねないと思うが。
〔いや、もしも本当に頭がいいなら、今僕たちがそういう可能性に気づくところまで計算しているはずだよ。反撃をするならさっきのタイミングが一番だったんだ。そこで何もしなかったということはそうじゃないんだと思う〕
まさか、たったあれだけの攻防でこんなにも悩まされることになるとはな。
ラストが考えすぎなだけかもしれないが。
〔いちいち攻撃の度にこんなに思考していたら身体よりも頭が先に悲鳴を上げそうだな〕
〔じゃあちょっと、無心に攻撃っていうのも試してみようかな〕
宣言通り、さっきまでいろんな思考が渦巻いていた頭の中が急にすっきりしたのがわかった。
〔さて、仕切り直しだ〕




