模擬戦(三回戦)
「本気を出そう」
この言葉ははっきりと認識できた。
おそらく口に出していたのだろう。
この言葉の後は一瞬だった。
どこかで聞いたことがあるかもしれない風を切るビュッ、という音。
それと同時にラストは迅速でありながら、しなやかにひらりと離脱。
相手は飛び込んできたまま減速も着地もせず、ごろごろと転がっていった。
予想外な展開に見学者たちは騒然としていた。
数名が何が起こったのかと敗北者のほうへ駆け寄る。
俺たちも遠くから様子を確認したが、失神しているようだった。
ラストは満足した様子でその場を後にする。
試合後はラストはかなり警戒の視線を向けられていた。
戻ると、クオンもほかのやつら同様に驚いているようだった。
「ラスト君、あなた今何をしたの?」
「秘密だよ」
クオンにも分からなかったのか。
今俺はラストの意識を通して視覚を得ているから認識できたが、どうやらよほど高速な攻撃だったらしい。
ラストの動体視力はクオンすら上回っているということだろう。
〔なぁ、ラスト。さっきの攻撃って〕
〔うん、ちょっと留美ちゃんの攻撃を参考にさせてもらった〕
そう、ラストはさっきから門寺さんがやっているあごを掠めて気絶させる技を再現していたのだ。
しかも昇華させて、予備動作を消していた。
そのせいで何をしたのか認識できなかった奴が多いのだ。
技の持ち主はさすがに気づいていたようだが。
そりゃあもう、いやそうな顔でこちらを見ていた。
〔やっぱり、あの作戦が有効だったのか?〕
〔うん。あの瞬発力を生むためにはね〕
あの作戦というのは、さっきの一回戦でラストが実行していたもののことだ。
タイミングをずらすことで相手に勝つというのは、その場でラストが思いついたことで作戦の副産物でしかない。
作戦は動き回って対戦の時間をなるべく引き延ばすこと。
その目的はウォーミングアップだ。
〔僕は役割上、出てきた瞬間に戦えるようになっている。だけどそれでも発揮できるのは80%。残り20%を発揮するためにはかなりの運動量が必要だったんだ〕
〔それで、戦闘員をウォーミングアップ使うっていう、大胆でデンジャラスな作戦に出たわけだな〕
言い出したときにはどうなるかと思ったが、これを難なくこなすあたり、さすがラストといったところか。
〔そういうこと。さて、彼女と戦うまではずっとこの技でいかせてもらおうかな」
そしてとうとう3回戦。
ここまでくると欠員はなくなり、16人が生き残っている。
その中に門寺さん、クオン、俺とチームが3人とも残っているのだから、このチームはなかなか優秀だと言えるだろう。
戦っていないのが1人と、実質戦っていないのが1人いるが。
門寺さんはいつも通りというべきか、あの技でまた相手を一発ノックアウト。
相手も回避か防御を試みたようだが、門寺さんの速度の前では無意味だったようだ。
さてこの3回戦、ラストが楽しみにしていたことがある。
クオンが戦うのだ。
ここまで幸運の女神に好かれたクオンのお手並み拝見というわけだ。
「ランキング5位を相手に、やるわねルミちゃん」
さっきのやつは5位だったのか。
確かにここまで人数が少なくなれば、、順位が高いやつばかり残るだろう。
欠席者や俺みたいな初参加のことを考えても、20位以内に入るはずだ。
すでに1位との戦闘経験があるから、何位が相手でも驚きはしないが。
ここでやっとクオンが準備運動を始めた。
ラストは試合を眺めながら、背後にいるクオンに話しかける。
「ねぇ、クオン? 君はかなりランキングとかの事情に詳しそうだけど、注目の試合はあるかい?」
「そうねぇ、たぶん準決勝でランキング1位と2位がぶつかるんじゃないかしら。やっぱりそこが注目ね。それと、決勝でラストくんとルミちゃんがどんな戦いをするのか楽しみだわ」
その準決勝は門寺さんが勝つこと前提なのか。
確かに順位的に見れば彼女が勝つのだろうが。
あと、ラストも決勝に行くという予想だが、クオンがこの試合に勝てばもうひとつの準決勝はラストとクオンという組み合わせのはずだ。
〔さりげなくクオンの実力について探りを入れたんだけど、さりげなさ過ぎたかな?〕
〔クオンなら、わかってて答えたってこともありうるよな。でもまぁ、すぐにわかるだろ〕
そう言った矢先、ランキング2位が勝利を収めた。
次はクオンの出番だ。
「あら、もう順番なの? みんな早く決着つけすぎなのよ」
クオンは文句を言いながら場内へ向かう。
クオンは戦闘員のランキングを上半分くらいは記憶しているらしい。
クオンの対戦相手はランキング9位だそうだ。
1桁が見え始めたな。
〔やっぱりクオンは強いと思うよ。ランキング9位が相手でも、全く動じていない〕
確かに無駄口たたく余裕すらあるんだもんな。
そもそもクオンは初対面の時から強そうな雰囲気はあったんだ。
ただでさえ大きい戦闘員より一回り大きいんだからな。
イメージとしてはボディビルダーをその体格のまま身長2メートルにした感じだ。
圧倒的な体積。
もう筋肉量がどれほどあるのか想像もつかないが、体重は150キロくらいはあるんじゃないだろうか。
そして試合が始まった。
最初に動いたのはクオン。
相手に向かって突進していく。
相手はそれに対してカウンター。
ここまではお決まりの流れだ。
重要なのはこの後。
クオンも相手も互いの攻撃をよけた。
2人の攻撃はそれだけでは終わらず、その場で激しい技の応酬が始まる。
しかし、どちらも回避が得意なのか攻撃がさっぱり当たらない。
相手はともかく、クオンは体格的に力押しの攻撃に特化した戦闘スタイルだと思っていたが。
〔大きくなる筋肉は瞬発力があるからね。パワーだけでなくスピードもあるんだよ〕
ラストがそんな解説をしてくれる。
そう言われてみればそんな話をどこかで聞いたことがあるような気がする。
どちらも回避ばかりしているから、優劣がついていないように見えていたが、試合が進むにつれてそうでもないことがわかってきた。
クオンのほうが余裕のない回避をしている。
これは時間的にも距離的にもギリギリだ。
〔ちょっとクオンが押されているか〕
〔あれが本当に追い詰められてやっていることならね〕
〔どういうことだ?〕
なんだか意味深なことを言ってきたな。
〔攻撃側がもう軌道修正できないタイミングで彼は回避してるんだよ。しかも必要最低限の動作でね。もしもこれが偶然ではなく、意図してやっていることなら〕
〔回避能力が高いということか〕
俊敏性だけでなく、優れた動体視力を持っているということだな。
試合展開は、ラストが注目していた彼女のものと似ているな。
彼女は途中でスタミナが切れてしまったが、クオンは大丈夫か?
あれだけの巨体を高速で動かせば、それなりに体力を消耗するはずだが。
しかし、先に動きが鈍ったのは相手のほうだった。
考えてみれば戦闘員はほぼ全員巨体だ。
クオンの対戦相手も。
持久戦が得意じゃないのは同じだろう。
しかもクオンは動きを少なくしているし、これが初戦。
相手のほうは連戦の後だ。
試合が始まったときから優劣がついていたということか。
そしてとうとう、クオンの攻撃が相手をかする。
まだかすめただけ、と思ったがその直後に相手が吹き飛んだ。
いや、どちらかと言うとその部分が弾き飛ばされた。
その慣性を抑えきれず相手は飛んで行ったのだ。
何というパワーだ。
〔いや、普通に殴っただけであんなふうになるとは思えない。何か別の要因ありそうだね〕
〔まぁ、確かにな〕
ラストが言うのならそうなのだろう。
どうやら戦闘員にはスピードやパワーだけではなく、特殊な技術を使うやつもいるみたいだからな。
結局、クオンのその攻撃により相手が場外へ出てしまったので、クオンの勝ちとなった。
「やっぱりクオン、強いんじゃねぇか」
「当然よ」
俺の独り言に返事があった。
後ろから。
振り返ると門寺さんだ。
「クオンは他人のことはよくしゃべるくせに、自分のことはさっぱりなのよ。どうせ、言ってなかったんでしょ?」
この問いに対して俺は首をかしげる。
この反応を見て、彼女はやっぱりねとつぶやいた後、続ける。
「クオンがランキング3位だってこと」




