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模擬戦(賭け)

「やれやれ。『僕』がこの頻度で出てこないといけないだなんて、とんでもなく異常なことだと思わないかい?」


 この言葉は拳を放った門寺さんに言ったのか。それともなぜか今回は意識を残している俺に言ったのか。


 俺の……ラストの手は門寺さんの一撃を見事に受け止めていた。

 腕はまだ拘束されたまま。


 つまり、クオンごと動かしたということである。

 あきれた力だ。

 

 これには門寺さんの表情にも驚きの色が見える。

 

「へぇ……」


 クオンの声色にも明らかに感嘆がこめられていた。

 拘束されているから見えないけど、おそらく門寺さんと同じような顔をしていることだろう。


 ラストは門寺さんの拳を離し、体から力を抜く。


「そろそろ離してもらえるかな?」


 そう落ち着いた口調で、二人に向かって言った。


 二人はしばらく目を合わせた後、門寺さんが小さくうなずいた。

 そしてやっと、羽交い絞めの状態から解放された。


[やぁ、コーキ。また会ったね]

 

 状況が落ち着いたからか、ラストが俺に話しかけてきた。


[ああ、会うにしてももう少し後になると思っていたんだけどな]


[そんな寂しいこと言わないでよ。僕と君とは一心同体じゃないか]


[正しくは二心同体だけどな]


 ラストとの会話も慣れてきたな。

 今回は体の所有権がラストのほうにあるが。


[それにしても、僕は君が模擬戦の話を聞いていたときから、今か今かと出番を待っていたんだよ。ちょっと遅すぎない?]


 何てことだ。

 つまり模擬戦に出るということが分かっていなかったのは本当に俺だけだったということか。

 

「見事に成功したわね。慣れたら簡単ね」


 そう言うのは門寺さん。

 門寺さんはラストにいやな思い出があるはずだが、そんな様子は一切見せない。

 むしろ余裕があるようにも見える。


「やぁ、久しぶりだね、ルミちゃん」


 ラストの方もそんなことなどなかったかのようになれなれしく接する。

 お前は加害者なんだから、もう少し気を遣いなさい。


「本当に雰囲気まで別人になるのね」


 そうつぶやくのはクオン。

 クオンはラストとは初対面だな。

 ラストを呼び出す計画に参加するあたり、どうやら存在は門寺さんから教えられていたみたいだが。

 

「はじめまして、クオン。よろしく」


 こいつ基本的にはコミュニケーション能力は高いんだよな。

 ちょっと女性相手になると強引になるだけで。


「あら、コーキ君にも言っているけど、「ちゃん」をつけてもいいのよ。私も心は乙女なんだから」


 そう言って、もう定番になった効果音付きのウィンクをしてくる。

 何だろう、攻撃力を感じた。


「そうだね、ちょっとそれも考えるけど保留させてもらうよ。それに、呼び捨ても悪くないでしょ?」


 ラストのほうもとても自然なウィンクを返す。


 きれいに受け止めてさらに返した!

 お前は性別問わずモテたいのか。


 クオンはうっとりした表情でこちらを見つめていた。

 一応これ、俺の体だからね。

 早速厄介ごとが一つ増えた。


「ほら、ラスト。出番がくるわよ」


 門寺さんがラストを促す。


「ほかの人たちはどうでもいいから僕は君と戦いたいな」


「でも私とあなたが戦うには決勝戦まで進まないといけないわよ?」


 二人はにらみ合い、間で火花が散る。


「別に今ここで決着をつけちゃってもいいんだけどね」


 ラストはそう言って少しだけ足を肩幅くらいに開く。

 いつでも動けるようにしているんだ。

 やる気か?


「ちゃんと公式な場でやりましょうよ」


「非公式でも僕は困らない」


 足に力がこめられていく。

 あと少しで飛び掛るぞ。


 この様子を見て、門寺さんは大きなため息をつき、口を開く。


「じゃあ、こうしましょう」


 ラストは攻撃準備を一時停止した。


「決勝戦であなたが私に勝ったら、何でも言うことをひとつだけ聞いてあげる」

 

 なに?

 そんなこと言っちゃっていいのか?

 

 これにはさすがにラストも少し驚いた反応をし、フッと笑う。


「いいのかい? 僕は一度君に勝っているんだよ?」


「前のようにはいかないって言っているでしょ? それに、私が勝ったらあなたは私の言うことを聞くのよ」


 なんだかとんでもない賭けが始まったな。


「本当にいいのかい? それを考えても僕が有利なのは変わらないよ」


 確かに、ラストが活動できる時間は限られている。

 そうなれば、かなえられる願いも少なくなってしまう。


「くどいわよ。これでも不満なの?」


「いや、喜んで受けさせてもらうよ」


〔おいラスト、さすがにこれはお互いにとってよくないと思うんだ〕


 この賭けで一切得をしない俺は、ラストを止めようとする。


「僕もそう思うよ。でも彼女が提案したんだから、断るのは悪いじゃないか」

 

〔じゃあ、わざと負けるのもいいんじゃないか? お前が負けても門寺さんはそんな無茶なことは言わないと思うんだ〕


 ラストが負けた方がリスクが小さいと考えた俺はそう意見する。


〔ダメだよ。彼女は本気の勝負を望んでいるんだ。手は抜けない〕


 ここまでの会話だと、ラストもそれなりにまともなことを言っているように聞こえる。

 しかし……


〔なぁ……さっきから要求を考えているのかもしれないが、卑猥なのが多いぞ〕


 そう。

 俺とラストの記憶やイメージはすべて共有。

 さっきからラストが要求は何にしようかと楽しそうに考えているのは分かっていた。

 だから、門寺さんに勝たせようとしていたのである。


〔……〕


 ラストはさっきまで饒舌にしゃべっていたくせに急に黙る。


〔お前そういうことしか考えてないよな。後処理が大変なんだぞ〕


〔うーん、僕も途中止めにはしたくないんだけどねぇ。なかなかうまくいかないんだ〕


〔別にやってくれなくていいが〕


 確かに今まで面倒な状況で目が覚めたことは数え切れないほどあるが、過ちが起きていたことは一度もない。

 ラストが自粛しているのかもしれないと期待していたんだが。

 残念ながらそうではないらしい。

 時間的な制限か?


〔まぁ、今回はそこまで言うなら我慢するよ。君との信頼関係も大事だからね〕


 信頼関係か。

 確かに大事だな。

 こうやってなぜか今回も話せていることだし。


〔やっぱりそれは、隔たりが小さくなってきているからだろうね〕


 俺の考えを読んだラストが疑問に答える。


〔いつかはずっとこんなふうに話せるようになる日が来るのかね?〕


 少々うっとうしくもあるかもしれないが、でも頼もしくもあるよな。

 ずっと話し相手がいるというのは。


〔正直なところ、わからないね。このまま隔たりが小さくなったらどんな症状が出るのか。それに僕がずっと存在できるという保障もないんだから〕


 いうなれば、俺達は人格が不安定な状態。

 精神疾患に分類される。

 何らかの処置を施さなければならないのかもしれない。

 まぁ、この辺りは俺達だけの力ではどうにもならないから、考えても仕方ないのかも知れないけどな。


 そんなことを考えていたのはいいが、そういえば今考えないといけないことがあったことを思い出した。


〔そういえばラスト、代案は浮かんだのかよ〕


 門寺さんへの要求。

 さっきからもめていたことである。


〔僕の考えがわかるなら、決まっていないのはわかるでしょ〕


〔さっきのはよかったと思うけどな〕


 決まっていないとは言えど、候補はいくつが挙げられていた。

 俺はその中からひとつを取り上げる。


〔ああ、これだね〕


 その候補のひとつがピックアップされるイメージが伝わってくる。

 言わずともどれのことを言っているのかわかるのは便利だな。


〔『僕達がここから出られるように便宜を図ってもらう』。彼女自身の力では出来ないとしても、1位の人間が頼めば周りの人が動いてくれるはずだからね。僕もこんな男女比のおかしいところからは、早く退散したいよ〕


 少々理由に不純さが見えるが、この際どうでもいいだろう。

 二人の意見が一致した。

 ラストには勝ってもらわないとな。


 そしてとうとう、ラストの順番が回ってきた。

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