謎の組織
俺はいま飛行機に乗っている。
いや、乗せられている。
迎えに来た彼らは任意であることを強調していたが、あれはほぼ強制だ。
だって長身、黒服、グラサンっていう黒づくめの恰好だったし。
さらに外に停めてあった車は黒塗りの高級車。
運転手は同じく黒づくめで、ガタイのいい丸刈りで顎髭を生やしたオジサンだった。
完全に怖い組織の人たちですよね?
彼らは飛行機には乗ってこなかったが、別の人が飛行機で出迎えてくれた。
黒づくめとかではなく、サラリーマンのように普通のスーツを着こなしている。
見た目も普通。
特筆した特徴もない。
その人が好きな場所に座っていいと言ったので、とりあえず真ん中のほうの左側に座る。
そのスーツの人は、俺と同じ列の右側に腰かける。
ちなみに、俺が乗っている飛行機は中型の飛行機で、30人乗りってところか。
中央に通路があって、その両側に座席がある。
かなり長いこと外を眺めているが、しばらく海しか見ていない。つまり太平洋の上を飛んでいるということだろうか。
こうなってしまった原因に心当たりはない……と言えば嘘になる。
実は昨日、俺は学校を退学になってしまった。
厄介なことに、その退学の原因となった事件のことを俺は何も覚えていないのだが、目撃証言があるのだからやったのだろう。
この覚えていないという理解不能の症状にはひとつ心当たりがあるのだが、ここでは触れない。
だがその事件と、国外に連れていかれるのが関係あるのか?
不安は募るばかり。
そうやって、一人で緊張感を高めているとスーツの人が話を始めた。
「空色さん、この度はご同行いただきありがとうございます。この飛行機は太平洋上の人工島、ある施設に向かっています。詳細はこの書類をご覧ください」
聞きたいことはいろいろあるのだが、まずは読んでからだな。
俺は渡された紙の束を読み進めていく。
書類の内容は、これから連れていかれる施設についてのもの。
施設の目的は、世界中から能力が優れた人員を集め教育し、世界で活躍する人材を育てることだ。
ここだけ見れば、まっとうな組織だな。
問題は『世界中から能力が優れた』人員を集めているのに、なぜ俺が選ばれたかということである。
俺は決して何かが特別できるというわけではない。
あるとすれば、少し厄介な体質を持っているのと、その体質のせいで問題を起こしがち、というだけである。
資料を読み終えたところで、最後に一枚紙を渡された。
書いてあるのは以下の通り。
施設と組織の存在について部外者に口外しないこと。
組織に所属している限り、起こった事件、事故は自己責任である。
組織に所属している限り、あらゆる国の法律は適用されない。
わざわざ飛行機の中で読ませた理由はこれか。
これは、施設の中で生き死にが懸かってくるんじゃないの?
たぶん懸かるんだろう。
なるほど、だんだんわかってきたぞ。
要はその施設は、能力は優れているがコントロールできない人材を閉じ込めて管理する施設だ。
それなら、こんな太平洋のど真ん中に人工島を作るのも納得できる。
そして悲しいことに、俺がそこに連れていかれるのもな。
実際俺自身がコントロールできていないわけだから。
これは、思ったよりも大変なことになってきた。
まさかどこにでもいるような日本の高校生にこんな世界的な組織からお誘いが来るなんてな。
いや、実際警察には何回もお世話になったし、近所では有名になってしまっていたから、どこかから情報が回ったのだろう。
「何か分からないことはありましたか?」
俺が資料を読み終えたのを確認すると、スーツの人が聞いてくる。
「これって、拉致ってやつじゃないですか? バレたらまずいんじゃないですか?」
「いえ、この組織は世界の各政府から公認されています。実際、運営資金は各国の軍事費や防衛費から捻出されています。もちろん、この組織は秘密組織なのでその事実は国の上層部しか知らないことですが。日本は世界の中でも上位出資国ですよ。ですから、たとえ誰かが通報したり、捜索願を出したりしても、実際に捜査が行われることはありません」
せ、政府が関係しているのか。
確かに人工島を作ってしまうくらい大規模な組織だ。
むしろかかわっている方が自然だろう。
「じゃあ、俺は永遠に行方不明ってことですか? せめて家族には一言言っておきたいんですけど」
「申し訳ありません。そこにも書いてある通り、組織の存在については一切口外できません。そのために人工島の中では情報の受信はできますが、発信はできないようなっています。ですからご家族とは連絡が取れません。私共のほうでご家族に心配をかけないように、しばらく連絡が取れない旨をお伝えします」
やっぱりだめか。
「分かりました。あの、そのうち家には帰れるんですかね?」
表向きは人材を育成して世界に派遣するということだが、実際はどうなるのかわからないぞ。
「はい。すぐにとは言いませんが、必要なカリキュラムをこなせば施設から出ることができます。その時には就職先も決まっていますよ」
「ちなみに、カリキュラムを受けることを拒否した場合は?」
少しだけ、スーツの人の表情が冷たい感じになる。
「組織の方針に従わない場合は人工島から出るのが遅れるだけです。もしも無理にでも逃走を図ろうとすれば、拘束しなければなりません。空色さんはそうならないことを祈ります」
なるほど。
やはり抵抗は出来なさそうだな。
一番早くそこから出るには、真面目に施設のカリキュラムをこなすのがいいわけか。
飛行機が到着したのは夜だった。
フライトの時間は7時間くらいだった。
聞いてみると日本との時差はマイナス19時間らしいので、時計を合わせておく。
えーと、離陸したのが朝10時で、7時間フライトしたから……前日の22時か。
時差19時間ということは、日本が東経135度で世界標準時からプラス9時間。
つまり、ここは世界標準時からマイナス10時間。
西経150度±7.5度ってところか。
いや、それがわかったところで世界地図上で西経150度がどのあたりだったか覚えていないから意味は特にないんだけども。
とはいえ、今度は星の位置を確認して緯度を見ようとしてしまう。
「おお……」
周りが暗いから、星がよく見える。
絶景で思わず声が漏れてしまった。
星座は日本で見えるものとあまり変わらないな。
北斗七星の向きから北極星も見つけられたし、その高さも見慣れない位置というわけではないから、緯度はたいして日本と変わらないのかもな。
最初に案内されたのは寮だった。
佇まいは普通の日本のアパートって感じだ。
出資は日本は多いと言っていたが、もしかしたら建設にもかかわっているのかもな。
日本の建物は基本的に頑丈だし。
ありがたいことに部屋は5階建ての4階。
あまり下のほうの階はいろいろと怖いからこれくらいがちょうどいいだろう。
見た感じ部屋はいくつか空いているようだ。
「この施設の人はみんなここに住んでいるんですか? ずいぶん少ないみたいですけど」
「いえ、ここは男子寮です。ここのほかに女子寮と、職員の寮がありますよ。安全を考慮してそれぞれ離れた場所に建設されていますが。とはいえ、まだ生徒数は少ないです。あなたは78人目ですね」
78人目……
あれですよね、俺がただ目立ちすぎでなおかつ捕まえやすかったってだけですよね?
俺が世界で78番目にデンジャラスだったってわけじゃないですよね?
鍵の代わりに端末を渡される。
なんでもこれは、部屋のキーの役割だけでなく、島の中でほかの人と連絡したり、島の中限定の電子通貨を管理したりできる、生徒手帳の代わりらしい。
早速その生徒手帳を使って部屋のドアに触れてみると、ロックが解除された音がする。
部屋は広い。
今まで俺が住んでいた部屋の3倍くらいある。
こういう生活環境はちゃんと整えられているんだな。
ちょっと安心した。
俺が日本においてきた荷物は、明日持ってきてくれるらしい。
何の準備もしていないけど、別に見られて困るものもないからいいか。
それから、明日やることは朝、生徒手帳にメールで指示があるみたいだ。
もろもろ一通り説明を受けて、俺はやっと一人になった。
これからのことについて不安は募るばかりだが、もう夜も遅い。
とりあえず、今日は寝よう。
俺は部屋に備え付けてあったベッドに飛び込み、眠りについた。