王者の風格
次の日の朝、俺は校舎に向かっていた。
始業時間は8時40分だとルナ先輩から聞いていた。
この時間が俺が日本にいたころと同じなのは、この施設の建設に日本企業が多くかかわったからだろうか。
結局自転車は無難なデザインなものを選んだ。
歩いていた時は気付かなかったのだが、進むコースが直線かつ平坦な道なため、3kmという距離はあまり遠いとは思わなかった。
目的地が出発する時点で見えているからな。
ただ、遮るものが何もないためか、風が強かった。
島中にある風車がよく回っている。
こうして考えことをしながら自転車で走っていると、今までのことが嘘のようだ。
俺の部屋は間取りが違うだけで家具や生活用品はすべて俺のものだ。
そのあたりにある建物も日本のものと変わらない。
こういう描写をするとただ単に日本のどこかに引っ越しただけのようにしか思えない。
問題は今走っている土地だな。
地面はすべてコンクリート。
土どころかアスファルトすらない。
そのコンクリートの地面からコンクリートの建造物がまるで生えているかのようだ。
完全にこの島はコンクリートの塊なのだ。
世界のどこに行っても見られない奇妙な光景だろうな。
実に殺風景ではあるが。
そのコンクリートの地面の向こうには大海原が広がる。
見渡せば島は一つもなく、水平線がよく見える。
一種見渡して水平線がつながる。
こういう景色が見られところも日本にはないだろう。
何もないというのはやはり殺風景だが。
さっきも言ったが直線コースというのは楽で、気が付いたら目的地に到着していた。
すでに何人かの人が校舎に入っている。
生徒数が多くないから、まばらではあったが。
校舎前で門寺さんと待ち合わせすることになっているのだが、まだ着いていないようだ。
俺は自転車を置き場に持って行き、校舎前で彼女を待つ。
新入りは他の生徒の注目を集めるかと思ったが、自意識過剰だったかもな。
見向きすらされなかった。
新入りという存在が珍しくないからか、それとも他の理由か。
生徒たちは俺の想像通り、大きくて筋骨隆々のやつが多い。
正直怖い。
中にはさほど大きくないやつもいたが、非戦闘員か俺や門寺さんみたいな戦闘員だろう。
見た目だけでどちらかを判断するのは難しいな。
そうやって歩いていく人たちを眺めていると、ひとりが何かに気づいたように後ろを振り返った。
それからだんだんとほかの人も同じような反応を示し始める。
な、なんだ?
なにが起こるんだ?
あるものは急いで校舎の中へ入っていき、あるものは逆に校舎から出て待ち構える。
その人たちが見ている方角を向くと・・・人影がある。
こちらに歩いてきている。
まだ遠くて顔は見えないのだが、ほかのやつらはわかったのか・
服装は・・・スカート。
つまり女子生徒だ。
髪の色は黒。
・・・。
近づいてくるにつれてわかったことだが、あの容姿、ものすごく見覚えがある。
それならこの状況も納得がいく。
なんたって彼女は徒手格闘戦において最強、すなわち人類最強といっても過言ではないのだからな。
そりゃ逃げもするだろう。
まぁ、つまり俺が待ち合わせている人間、門寺さんだったわけだ。
まさかここまでの影響力を持っているとは思わなかったけど。
今表に出てきた連中はどうするつもりなんだ?
まさか朝から喧嘩を始めるわけじゃないだろうな?
周りが殺気立つ中、門寺さんは悠然とこちらへ向かってくる。
何だ、この余裕は。
門寺さんも俺の姿に気付いたらしく、手を振ってくれた。
しかし同時に、周囲の注目を集めてしまった。
やめて~!
こっち来ないで~!!
なんてことを心の中で訴えても分かるはずもなく。
門寺さんは結局俺のところへ来て「おはよ」とあいさつしてくださった。
気軽にあいさつしてくれたのはいいことなんだけど、俺と彼女との間には本当にいろいろあったわけで。
どういう態度をとればいいんだろう?
よくわからなかったので「お、おはよう」と、ぎこちない返事をしてしまったが。
校舎の中に入るように促されたので、彼女についていく。
・・・。
やっぱり見られてるな。
一体俺をどういう風にみているんだろう?
門寺さんの彼氏・・・という発想はないだろうな、ここでは。
親戚か、友達と言ったところか。
「ほら、ここの教室よ」
視線をさんざん浴びて緊張がピークに達し始めたところで、門寺さんが立ち止まる。
案内されたのは普通の学校と変わりない雰囲気の教室だった。
変なところがあったら困るんだけどね。
「ここはみんな転校みたいなものだから、新入りがいても別に珍しくないわ。だから特別な待遇があったりしないわよ」
彼女は教室を見まわしながら言う。
俺は緊張でガチガチになって口が聞けないので、黙って聞いている。
「そこの席がひとつ足されているから、そこがあなたの席ね」
指をさしたその席は、一番右の列の一番後ろだった。
出口が近いから、いざとなれば逃げられるな。
戦闘能力が皆無なことは隠さないとな。
いったいどんな扱いをされるかわからない。
下手すると死んじゃう。
すぐに始業時間になった。
これでしばらくは安全か。
門寺さんの席は俺とは反対側、前方左だ。
気付かれないように注意しながら、俺は周囲の人間の観察を始める。
まず、ほとんどが男だ。
女性は門寺さんを入れても数えるほどしかないな。
そしてみんなでかい。
俺と同じくらいのサイズの人間も数えるほどしかいないぞ。
一番後ろの席でよかった。
こんなのに囲まれたら息が詰まる。
予想に反してみんなおとなしいな。
もっと騒々しいものだとばかり思っていた。
?
俺の隣に座っている格段大きな男が不審な動きをしているのが視界の端に映る。
何をしているんだ?
不審に思って、チラっと左に目を向ける。
コンパクトの鏡を見ながら化粧をしていた。
あー、なるほど、そういう感じね。
雰囲気的にはアジア人かな。
確か東南アジアの方には彼(女)みたいな人たちが活発だったはずだ。
そんなことを思いながら彼を見ていると、目が合ってしまった。
やべ、気付かれた。
彼はコンパクトを閉じると、バチンという効果音が似合う豪快なウインクをした。
お、おう。
嫌な意味で刺激が強すぎる。
俺は苦笑いを返すことしかできなかった。
「あなた、どこから来たの?」
彼は小声で話しかけてきた。
「に、日本から」
何というか彼の言葉はオカマ特有のイントネーションが含まれていた。
こういうのって、どこの言語でも一緒なんだね。
「やっぱり! 日本の男の子は可愛いからそんな気がしてたのよ!」
「・・・」
うむ、こういうときってどういう風に受け答えしたらいいんだろう。
気に入られるのもまずいし、かと言って遠ざけて反感を買ってもまずい。
つかず離れず、一定の距離を保つことが必要だ。
コミュニケーション能力が試されるときである。
「つまり、あなたは日本のことわざで言う『能ある鷹』というわけね」
「? それってどういう?」
なんだか不思議なことを言われた。
なぜ突然そんな話になるのか。
「あら? 日本の言葉じゃなかったかしら? 『能ある鷹は爪を隠す』って。力あるものはその力をおおっぴらに見せないって意味よ」
「いや、意味は分かっているんだけど、なんで俺がそれなんだ?」
俺は今、何もない一般人と同じだ。
もしもラストのことを言っているのなら、なぜわかった?
「だって、ここにいる人たちはみんな大物のオーラが少なからず出ているものだけど、あなたからは一切感じないもの。それなのにルミちゃんがあんなに警戒していたから」
「警戒? 俺はそんなの感じなかったけど?」
むしろ行動を共にしてくれたのは彼女の方だ。
「私は人間観察が得意なのよ。あなたと一緒にいたとき、彼女はいつでも臨戦態勢に入れる状態だったわ。今最高のコンディションのルミちゃんを、あそこまで警戒させる人はなかなかいないわよ?」
俺を喜ばせようと言ってくれているのかは知らないが、全然嬉しくねーな。
逆に落ち込むぜ。
まぁ、この情報が真実とも限らないし、そもそも俺が信じたくないから、後で本人に聞いてみるか。
そんなことないって言ってくれると思うけど。




